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今日も修羅場

 俺たちは芝田の領国に入っている。

 しかも、今いる場所は頻繁に越国の侵入にあっていた国境に近い位置とあって、なおさら寂れている。

 今は芝田が越国を押し返し、主戦場は越国の領内となっていて、つかの間の平和が訪れてはいるが、いつまた芝田が押されるか分からない。

 そんな不安定な状況だけに、民は暮らしてはいない。


「姫様。次の八犬士は近いのですか?」


 八犬士の気配を姫様と八犬士たちは感じる事ができる。その姫様が八犬士の気配を頼りに先頭を歩いている。


「もう少し先かな。

 さすがにこんな寂れた何もないところには、普通の人はいないかな」


 道の左右にはススキが揺れていて、視界を遮っているため、この辺りの状況は分からないが、確かにさっきから同じ光景で、しかも人とは出会わない寂れた土地だ。

 そんな場所には、姫の言うとおり普通の人はいないのだ。


「確かに、普通の人はいなさそうですね」


 俺が話を姫に振った。

 ススキの向こうで多くの人が蠢いている気配はあるのだ。


「そうね。

 動きも気配も忍びっぽくないから、ただの盗賊かな。

 出てきやすくする?」

「どうやってですか?」

「男たちは別行動。

 どう?」


 それは危険だろう。と、俺の顔が曇ったのを姫は感じ取ったらしい。


「あ、じゃあさ。

 梓を危険な目に遭わせられないから、梓は連れてっていいよ」

「佳奈。ちょっと待ってください。

 私はだめなんですか?」

「緋村に聞いてみて」

「緋村様。私はご一緒できないのですか?」

「いえ。そんな事はございませぬ。

 と言いいますか、姫様と別行動なんてそもそもあり得ません」

「じゃあ、そう言う事で」

「いや、俺の話、聞いてました?」


 語気が強くなってしまった。さすがに、これは八犬士たちも止めるだろうと思って、意見を求めた。


「八犬士の方々。

 この姫の作戦はだめですよね?」

「姫様の仰せのままに」

「我らは姫様のお力を信じております」

「敵が現れれば、すぐに駆けつけますので」


 こんな危ない作戦でも忠犬ぶりを発揮しやがった。

 それで忠犬なのか?

 それとも、それほど姫の力を信じているのか。

 八犬士の反応に戸惑っている内に、姫はすたすたと来た道を一人で引き返し始めた。

 ススキの向こうに潜んでいた人の気配は、姫の動きに応じ、俺達から離れ始めた。


「では、犬飼殿。

 私と共に姫の後を追いますか?」


 犬川が手にした槍を高く掲げ、くるくると回しながら言った。


「うむ。では、梓殿と松姫を頼みましぞ」


 犬飼はそう言うと、八犬士たちが頷くのを確かめ、犬川と二人ススキの中に入って行った。

 怪しげな連中と同じく、ススキの中に身を隠し、姫の下に向かうらしい。


「では、私も」


 そう言って、ススキの中に向かおうとした俺の服を梓が掴んだ。

 梓が俺を見上げ、瞳で離れないでと訴えている。

 これは大きな問題だ。

 私と姫とどっちをとるの?

と、俺に迫っている。だが、答えは簡単だ。まずこれは仕事だ。


「梓。姫の警護は俺の仕事だ。

 分かるな」


 そう言って、俺の服を掴んでいる梓の手をとり、ゆっくりと俺の服から外すと、梓に頷いてみせる。

 再び、ススキの中に向かおうとすると、やはり梓が俺の服を掴み、瞳で行くなと訴えている。


「いや、仕事だから」


 と言ったところで、俺は気づいた。

 梓は私より仕事の方が大事なの? と訴えているのかも知れない。

 これはさらに難しい問題だ。

 俺も梓といたい。だが、仕事には生活がかかっている。どっちも選べない。

と思ったところで、気づいた。

 今、俺は姫から俸禄をもらっていなかった。

 とすると、これは仕事でなく、奉仕作業か。

 なら、行かなくてもいいか。


「緋村様。

 行かれなくていいのですか?」


 松姫が俺の手を掴む梓の手を取って、俺に言った。


「姫様の身の安全は緋村様がいてこそですよね?」


 痛い所を突かれた。もし、俺が姫の警護として働かなければ、忠犬たちで事が済む。とすれば、俺には存在価値が無い事になるじゃないか!


「もちろん」


 そう言い、俺はススキの中に飛び込もうとしたのだが、また服の裾を掴まれた。


「梓。分かってくれ」


と言いながら、俺の服の裾を掴む手を見たら、それは松姫の手だった。


「私と一緒にいて」


 松姫が右腕にしがみつき、異常に接近した状態で上目遣いで訴えて来た。


「いや、さっき松姫、私に行けって言いましたよね?」

「行かなくていいのですか? とお聞きしただけです。

 梓ちゃんの願いなら、行くのを躊躇するのに、私の願いならあっさりと断られるのですか?

 私じゃあ、だめなんですか?」

「いや、だめとか、そう言う話ではなくて」


と、もごもごしていると、梓が左腕にしがみついてきた。

 二人の顔に視線を行ったり来たりさせ、戸惑っている内に姫たちが戻って来た。

 そして、俺を見るなり、姫が言った。


「いやあ、今日も順調、変わりなく修羅場だねぇ」


と。

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