船虫強襲
姫の言葉に、俺も気を引き締めた。
それは八犬士たちもだ。
が、今すぐ姫の所に駆けつける訳にはいかない。
なにしろ、今、姫たちは裸なのだ。
「残念だったね。
ここでは邪魔な男どももいなければ、お前たちに獲物はない」
「船虫!」
姫の声だ。襲って来たのは船虫らしい。とすると、狙いは松姫。
「私が浜路姫と知っての狼藉か!」
「いやいや、あんたはただの旅のご隠居だろ?
それに、あんたは大人しくしていたら、何もしない。
のはずだったんだがねぇ。
私の素性を知ってしまっている以上、あんたら三人とも死んでもらうよ!
かかれ!」
このまま、突入するしかない。
そう一歩踏み出した時、あの禍々しい気を感じ、俺の背が凍り付いた。
やはり、船虫が妙椿!
「梓!」
姫の声がした。梓の身に危険が及んだに違いない。
止まりかけていた足を再び動かす。
「犬飼さん!」
続いて、姫は犬飼の名を呼んだ。
「着替えるまで、入って来ないでよ!」
姫の言葉に俺や八犬士の足は止まった。
その時にはさっき感じたあの禍々しい気は消えていた。
「お前たち、やけに入って来るのが早いじゃないか。
こいつらも合わせてやっちまいな」
船虫らしき女の声だ。
「てやぁ」
「てぇぇい」
中で乱戦が始まった雰囲気だ。
「おのれ」
「くそう。手ごわいぞ」
「何を手こずっているんだ!」
彼らの敵は一人もいないはずなのに、楽しく斬り合っている。
犬飼の幻は恐ろしいものだ。
「いいよ。やっちゃえ!」
姫の許可が下りた。
俺も八犬士たちもなだれ込む。
そこにいたのは多くの忍びたちと女、船虫だ。
「勝手に暴れられると面倒だから、犬飼さん術解いて」
「分かりました」
その瞬間、突如目の前の敵が消えた事に、敵たちは呆然としている。
「な、な、なんだ?」
「かかれぇ」
そんな敵にも容赦なしだ。姫は犬王の剣を振り下ろし、俺達に敵の討伐を命じた。
犬川は百裂槍で物理的に敵を葬って行く。
犬塚、犬飼もここは術無しで、敵を葬る。
犬田は元々攻撃の術じゃないので、術無しで敵を葬る。
犬山と俺は異様な跳躍を見せる忍びたちを姫言うところのかまいたちを使い空中で葬る。
数で優っていれば勝てると言うものではない。
俺達の圧勝で戦いは幕を閉じた。
「あちゃあ。
あまりの多さの忍びに気を取られてたよ。
船虫に逃げられた」
姫が最初に気づいた。
「佐助!
いないの?
船虫を捕まえてきなさい」
と、姫が言ったが、佐助からの返事はない。
すでに船虫を追って行ったのかも知れない。
「あっ、一旦ケリがついたみたいなので、男性陣は一度外に出てね」
そう言われて、姫たちを見た。
姫はいつもどおりのセーラー服姿だが、梓や松姫はとりあえず着物一枚を羽織って、なんとか帯をしたと言う感じでしかなかった。
当然、忠犬たちは「承知」とか言いながら、何の躊躇も未練も見せず出て行った。
「しかし、姫様。
そのセーラー服と言うものは着るのに時間がかからないんですね」
「あん?
ノーパン、ノーブラでスカートとセーラー着ただけだから。
だから、私達は今から、ちゃんと服を着るの。
出てけ!」
相変わらず姫の言葉の意味は分からないが、ますます姫の俺に対する扱いがぞんざいになって来ているような気がしてしまう。
少しして、姫たちが服を着て出て来た。
「佐助!」
姫の第一声は空に向けてのそれだった。
「姫様。お呼びで!」
「じゃないでしょ。
船虫を捕まえて来いって言ったでしょ。
どうだったのよ?」
「みません。
逃げられてしまいました」
「で、あの忍びたちはどこの者?」
「すみません。
分かりません」
その言葉に姫は不機嫌そうに腕組みをした。
が、その次の瞬間、考え直したみたいで、にんまりと微笑んだ。
「ま、これが諸国漫遊の旅よね。
シリーズ終了まで、若侍に扮した姫様を突け狙う悪役の親玉っていたりするもんね。
そして、もっと大物 黄門様でも倒せないラスボス柳沢吉保。
ますます諸国漫遊の旅になって来たよぅ」
また意味不明な事を言っているが、忠犬たちは真顔を崩しもしていなかった。