妖は使い捨て!
「いやあ。こんな場所があるなんてねぇ」
「佳奈、これが温泉って言うものなんですね。
十分な水の無い申世界では考えられません」
「梓ちゃん。私の猿飼の地にも無かったです」
「でも、どうして女湯だけがあるんだろうねぇ。
ところで、梓。その右腕の痣は大丈夫なの?」
「えっ? ええ。だ、だ、大丈夫です」
姫は梓の痣を今知ったらしいが、俺は梓の全てを知っている。と、姫に自慢しても仕方ない事なのだが。
姫たちの会話の中に参加したい気もしない事はないのだが、俺達は脱衣場と姫が呼ぶ服を脱ぐ部屋の外で辺りを警戒している。
しかし、姫の言葉じゃないが、こんな場所を俺は見たことも聞いたことも無い。
確かに温かい湯が沸き出ていて、そこに入って体を癒す習慣はあるのはあるのだが、男女別でもなければ、着替えのための建屋などと言うものもないのが普通である。
そんな事を考えている俺の耳にとんでもない姫の発言が飛び込んできた。
「佐助も入らないの?」
なぜ、佐助?
もしやして、別の世界から来たと言う姫は、年下趣味だったのか?
この世界ではあり得ない年下男子。それを受け入れさせるための布石だったとか?
などと、その言葉に混乱するのは俺だけではなかったらしい。
「佳奈。どうして、佐助なんですか?
本当に来たらどうするんですか?」
松姫が狼狽気味だ。そりゃあ、そうだ。自分の裸も見られてしまうのだから。
「いいじゃない。
来たら、あいつの胸、見てやろうじゃない。
いつも、いつも、いつも、いつも、私の胸が無い事をちくちくと言ってるから」
そこを根に持っていたのか!
だとしても、相手は男子。こんなかわいい三人の裸を見れるなら、お得に決まっている。
「でも、佐助は男の子なんだから、元々胸なんてないじゃないですか」
今度は梓が言った。
「梓。目に見えるものが全てじゃないんだよ。
それだけを信じちゃダメ」
「じゃあ、佐助は実は女の子だって事ですか?」
いや、ないない。
そう思ったのは当然俺だけじゃない。
「それはないんじゃないですか」
松姫だった。八犬士たちもさすがに呆れているだろうと思い、近くにいた犬飼にたずねてみることにした。
「犬飼さん、姫の話どう思う」
「姫様仰せの佐助が女子であると言う話は、さもありなん」
「左様ですか」
忠犬たちはきっと、黒色を差して、姫が白色だと言えば、きっと白色ですと言うに違いない。
八犬士たちの忠犬ぶりに呆れている内に、姫たちの話は変わっていた。
「本当にそんな殿方がいるのですか?」
「松さん、私だって聞いただけだから、本当かただの噂か知らないよ。
自分が好きなアイドルって言われるかわいい女の子はおしっこも、ましてや
うんこもしないんだぁぁぁって、思ってるなんて、普通じゃあり得ないでしょ」
「人や動物はもちろん、実体のある妖だって、何か食して、排せつしますよ」
梓の声だ。
「梓。実体のない妖はどうするのか知ってる?」
姫の問いかけに梓の返事が聞こえない。きっと、梓は知らないから、悩んでいるんだろう。
「佳奈。でも、八房と伏姫も妖力を使うと、何か力を消費してしまうんですよね?」
松姫の声だ。
「それで、しばらくは出て来れないって言っているのに、無理やり呼び出されたんですよね?
もしかして、佳奈って鬼ですか!」
「それはね。
社会のためなら、身を粉にして働くのが妖ってものよ。
政治○は使い捨てって、名言吐いた人もいるんだから、有益な妖は使い捨て!
その前にあほな政治家、じゃなかった害なす妖は全てなんとかしていなきゃ」
「せいじか?」
「そこは気にしないで」
「でも、聞いた話では単に体をきれいにしたかっただけなんですよね?
社会をよくするのとは関係なかったんですよね?」
「それも気にしないで」
「ともかく、有益な妖たちにもこの世のために働いてもらうのよ。
そして、最後には平和な世にして、一緒に消えてもらうの」
「妖が消えるんですか?」
梓の声だ。
「妖の力をさらに強大な妖の力で封じ込める事はできるらしいの。
でもね。それだけじゃあ、その力は残るんだなあ。
あの伏見稲荷みたいに封印しないといけなくなるし、封印は破られるかも知れないしねぇ」
ちょっと待て!
今、姫はとんでもない事を言わなかったか?
同意を求めたくて、八犬士たちを見たが、忠犬たちは顔色一つ変えず黙っている。
「そこで、麒麟だよ」
「麒麟ですか?」
「そう、梓。
麒麟に封印した妖の力を食べてもらうと、この世界から妖の力は無くなってしまうの」
「じゃあ、麒麟さえくればいいんですね?」
「梓。
それは他力本願って言うんだよ。
何もしないで、成果は得られないんだよ。
妖たちを倒し、本来の力を封じ込めていなければ、麒麟だって食べれない。
だって、草食動物だしね」
「はい?」
「ともかく、妖たちを倒し、戦争も終らせて、この世界に平和をもたらすの。
それが私たちの仕事」
「分かりました」
「はい、佳奈」
なんだか分かったような分からない話だと言うのに、梓と松姫は納得したらしい。
あの二人も忠犬になり始めているのかも知れない。
「それが終わったら、私は別の世界に行くの」
「佳奈。その話、よく分からないんですが、まあそうだとして、その別の世界とは元の世界の事なんですか?」
松姫の声だ。
「ううん。別の世界だと思う」
「佳奈。元の世界に未練はないんですか?
例えば、好きな人とか」
「あー、松さんいるもんね。好きな人」
「そ、そ、そうですか」
「見れば分かるよ」
「えぇぇぇぇっ」
松姫には好きな人がいた!
誰なんだ。それは問題だろ。明地と結婚する気ないとか言っているが、その理由がもし他に好きな人がいるとなったら、そいつの命危なくない?
「そ、そ、そう言う佳奈は」
「私は今、こっちの世界にはいないなぁ」
やはり、俺の事は好きじゃないんだ。改めて、認識させられた。
「元の世界ではいたんだけどね。
大野輝って言うんだけどね。
あ、全然話変わって悪いんだけど、梓の誕生日って7月7日でいいのかな?」
「あ、はい。
言った事ありましたっけ?」
何と言う偶然か。姫と同じ日だ。
「そうねぇ」
と言ったところで、姫が言葉を止めた。
「油断しすぎた!」
姫の緊張した声がした。