遭遇 葉芝秀吉
新たな八犬士を迎え、次の八犬士の気配を目指し、多岐川の領国を俺たちは目指している。
多岐川も芝田と同じで、その領国は決して繁栄しているとは言えない。
それだけに、葉芝の領国で十分な食事をして、力を蓄えて国境を越えたいものだ。
「姫様。このまま行くと、夜には多岐川の領国にたどり着けるかも知れませんが、多岐川の領国では旅籠とかも期待できないと思われます。
今日はこの宿場町で宿を取りませんか?」
「そうしますか」
「仰せのままに」
「御意」
いつもの通り、忠犬たちは姫に賛同した。
「さて、姫様。
お宿探しは得意でしたよね?」
「緋村、しつこいと嫌われるよ」
なんて会話を交わしながら、めぼしい旅籠を探す。
葉芝の領国とあって、人の数だけでなく、荷を積んだ荷車も多く見かけ、物流も活発に動いているようだ。
そんな事を考えながら、旅籠を探していた時、事件が起きた。
荷を結んだ紐が緩んだのか、路地を曲がって現れた荷車の荷が崩れた。
「危ない!」
離れすぎていて、俺にできるのはそう言葉を出す事くらいだった。
が、続いて俺の視界にそれでは済まされないものが映った。崩れて行く荷の先に数人の子供の姿があった。
このままでは下敷きになる。
さすがに無理と分かっていても、足が一歩動いたが、そこで止まった。
大柄な男がどこからともなく駆け寄り、子供たちに覆いかぶさったのだ。
ドドドドドサッ。
いくつもの荷が荷車から落ちて、地上に落下し、そのいくつかは男を直撃していた。
土埃がまだ収まらない中、男は子供たちに覆いかぶさったままだ。
「大丈夫ですか?」
「お怪我はありませんか?」
荷車を押していた男たちが子供たちを庇っている男に駆け寄った。
「ふぅ。
君たち、怪我はないか?」
起き上がった男が子供たちに言った。
どうやら、男もそれほどの痛手は受けていなさそうだ。
「あ、あ、ありがとう」
「大丈夫です」
半べそではあるが、子供たちの方も怪我は無さそうだ。
「荷崩れするのは積みすぎなんじゃないのか?」
男は荷車を押していた男たちに向き直り、諭すように言うと、荷車と荷を調べるかのようにぐるりと荷車を一周した。
「すみません」
「本当に大丈夫ですか?」
大柄な男に荷車を押していた男たちは平謝りだ。
「過積載で速度を出して曲がると崩れるわ。
しかし、子供たちが無事で何よりだけど、あの男の人も無事だなんて、体をかなり鍛えてるんじゃないかなぁ」
姫がそう言った時、大柄な男がこちらを向いた。俺はその顔に見覚えがあったが、最初に反応を示したのは犬山だった。
「姫様。あれが葉芝秀吉様です」
「サル?
なんで総大将が戦場を離れてるの?」
「お話をされますか?」
「そうねぇ。
浜路姫としてではなく、旅の隠居として話したいかな?」
「なんで、そんな若い方が隠居なんですか!」
意味不明な発言に、俺は反応した。
「胸が無いから、もう娘じゃなくて、ご隠居さんなんじゃないですか?」
「佐助、口縫ってあげようか?」
なんて会話に割って入ったのは葉芝だった。
「おお、道節。久しいの。
それはそうと、こちらの方々は?
おや? これはこれは、亡くなられたはずの緋村将軍ではないですか。
生きておられたのですね。それはなによりです。
あなたのような豪傑がご存命とは、頼もしい限り。
とすると、こちらのお方は浜路姫様ですな?」
「いいえ。
私は越後のちりめん問屋の隠居です」
姫の意味不明な言葉に、葉芝が一瞬唖然としたが、すぐに笑い飛ばした。
「はっはっはっはは。
なるほど、亡くなったはずの身ゆえ、正体を明かせぬと言う事ですな。
その奇抜なお姿も身分を隠すため。
なるほど、聡明なお方じゃ」
葉芝は姫のセーラー服姿を勝手に解釈し、視線をその服装に向けないでいるが、俺は知っている。葉芝は無類の女好き。特に高貴な女が好きなのである。
とすると、欲望を抑え、姫のスカートなるものからのぞくすらりとした足に視線を向けずにいる事は、葉芝には拷問を受けているに近い状態のはずだ。