転生先の世界
背後には木の板でできた壁、左側は襖、前面と右手は障子と言う和風の十畳ほどの部屋。でも、床は畳ではなく、板。
突然、前世の意識にこの世界での意識が完全に塗り替えられたのか、それともこの世界に突如転生したのか、よく分からないけど、この世界が何なのか分からない状態で私は板の床に正座している。
直前の記憶は前世で道路に飛び出した子犬を救おうとして、事故に遭ってしまった。
前世での私のモットーは一日一善。その積み重ねた善行が認められ、願う世界への転生が叶えられると言う話になった。私が望んだのは姫への転生。
その姫とは人種にこだわりはないけど、長くストレートな髪には輝くティアラ、ひらひらの美しいドレスを痩身に纏い、にこやかな笑顔で過ごす日々。
食うものに困る庶民たちに、「パンが無ければケーキを食べればいいじゃない」などと言う無知なことなく、人々から愛される姫を望んだはずだったのに……。
それなのに、これはどうしたものなのか?
身に纏っているのは和服だけど、元の世界で言う着物レベルの華やかさはなく、色も鮮やかさがなくてみすぼらしい。まとめた髪に刺しているのはティアラではなくかんざし。辺りを見渡してもかしずく女たちもおらず、部屋の中には私だけ。
どうやら転生したことだけは確からしいけど、私は姫なんだろうか?
「あっ、痛てててて」
外の様子を確かめるため、立ちあがろうとして、私はよろめいてしまった。思考が現状の分析でいっぱいいっぱいで、神経からの信号を遮断していたらしい。ずっと正座していた足は限界を通り越し、痺れで自由に動かす事すらできなかった。
「姫様! 大丈夫ですか?」
何やら、頭上から声がした。
見上げてみると、天井の板をずらして誰かが顔を出していた。
「あなた、誰?」
「佐助ですよ。姫様の護衛をしている。
頭打って、ばかになりました?」
「頭は打っていないので、大丈夫だけど、ちょっと降りて来てくれないかな」
とりあえず、姫に転生している事は確からしい。一応、警護もついているらしい。その警護についている少年の私に対する口にきき方はなっていないけど。
なんて思っている間に、天井の上にいた忍びらしき少年は私の前に降りて来た。
私より背が低い? いや、今の私の容姿は不明だったので、そこは置いておくとして、私の警護をしているのは子供?
「あなたいくつ?」
「12です」
まだ子供じゃない。その言葉は飲み込み、まずは状況把握。
「今の元号は何?」
「げんごうって何ですか?」
「子供には難しかったかな。
なら、幕府を率いているのは誰?」
「ばくふって何ですか?」
「うーん、忍びの人には関係ないのかな?
なら朝廷を除いて、この国で一番偉いのは誰?」
「ちょうていってのは知りませんが、一番偉いのは陛下。里見光太郎様です」
「里見○太郎?
諸国漫遊して、世直しするとか?」
「世直しまでは知りませんが、出歩いておられるのは確かです」
何の話よ。昭和のテレビかっ!
なんて、思考回路が笑いの方向に向かっていて、気づくのが遅れたけど、この少年はさっき”殿”ではなく”陛下”って言った。
「ちょっと君。さっき陛下って言ったよね?」
「はい。姫君の父上の事ですが」
「陛下って、誰が任命するの?」
「陛下を任命するのは、その父上、すなわち先代に決まっていますが」
「と、言う事は、つまりこの国で一番偉いのが私の父上って事だよね?」
「当たり前でしょ」
この少年、口のきき方がなっていないけど、そこはまぁ置いておいて。
「と言う事は、逆ハーも可能って事なんじゃない?」
「ぎゃくはーって、何ですか?」
「それはね。
かっこいい男の子たちに囲まれた、きゃっきゃわいわいと楽しく暮らす事よ」
「こんな感じですか?」
少年がそう言い終えた時、私の目の前は多くの男の子で埋め尽くされた。
それも、みんな同じ姿をした。
「あんた、忍びなんだよね?
これって、分身の術?」
「そうですよ。
いっぱいでしょ?」
少年の声はいろんな場所から聞こえてくる。きっと、分身の術と言うのは、人の動きを超越した速さで移動しては少し止まり、すぐに別の場所に移動しては止まると言うのを繰り返しているのだろう。
「確かにいっぱいだけど、かっこいい男の子でなきゃだめなんだよね」
「それは私がかっこよくないとでも言いたいのですか?」
「うん」
「私も怒りますよ。
それより、も、も、もういいですか?
は、は、はっきり言って、つ、つ、疲れるんです」
なんか息も切れかけている。
「こんなに素早く動いていたら、そりゃあ疲れるでしょうね。
でも、これって、何の意味があるの?」
「私の本体が分からないので、攻撃できないでしょ?」
「そうかなあ」
足の痺れも治まったので、立ちあがって、何人もいるように見える少年の姿の一つに近寄る。少年の顔は私のほんの少し下にある。私の方が年上らしい。
素早く動いているのだから、いつかは私の拳のところにも少年自ら飛び込んできて、当たるに違いない。
「えい!」
幻とも言える目の前の少年の姿の顔を軽く殴ってみた。
ドタッ!
「痛ってぇぇぇぇ」
少年は床に倒れ込んだ。
「ほら、攻撃できるじゃない」
私の拳が命中したのであろう頬を押さえて倒れ込んでいる少年を見下ろしながら言った時、新たな声がした。
「何事ですか、姫様」
障子を開けて、飛び込んできたのは20前っぽいイケメンな男の子だった。