ほんとはね
冬の空。
冷たい風が肌を刺す。そんな頃。
人気のいない裏庭に、彼に呼ばれて着いてきた。
乾燥した空気に、枯れ葉の匂い。土埃。
「君に、気持ちを伝えることができてよかったよ」
優しい顔して、穏やかに笑う。その顔は、
私の一番 大好きな顔だ。
「これからも、友達として仲良くしてね。花宮さん」
冷たい風に、揺れた前髪。
そこから覗く彼の瞳は。真っ直ぐ私を見つめていた。
彼、三森 遙くんは。格好よくて有名だ。
整った容姿に穏やかな性格。勉強もできてスポーツもできて。ファンクラブもできるほどの有名人。
ついこの間だって、美人な先輩に告白されているのを目撃した。
そんなみんなの憧れで、王子様みたいな彼が
私のことを、好きだと言った。
「………」
「…花宮さん?」
「……えっ あ、…あの」
ビックリしすぎて。嬉しすぎて。言葉がでなかった。
だって、あの三森くんが?私を?好きだなんて…、
夢かと思った。
「─────…」
少しの沈黙の後。
冷たい風が彼と私の間を通って
かさかさと枯れ葉の転がる音だけが響いていた。
──…私も。私もだ。
私も好きだよって、言わなくちゃ。
これといってなんの取り得もないけど、私もずっと。ずっと三森くんのことが好きだったよって、言わなくちゃ。
ぎゅうっと掴んでいたスカートの裾を緩めて
彼の顔をみた。と同時に、ふと、思ってしまった。
私なんかが相手で、本当にいいのだろうか…と。
「──…花宮さん」
優しい声で、私を呼んだ。決して急かしているような声じゃなく、ただただ優しい。
けれど普段の声とは少し違う。誰にでも聞かせているような声じゃないことぐらい、すぐに判った。
ずっとずっと、彼のことをみていたから。知ってる。
慈しむような声。その声だって、大好きだ。
「………あ の、」
だけど、こんな教室の隅にいるような。人の顔色ばかり伺って、なんの取り柄もない私なんかが。
彼の、隣に立ってもいいのだろうか?
「好き」って、言ってもいいのだろうか。
そう思うと、臆病な私は躊躇ってしまって。
「──…っ」
彼の問いかけに、答えられずに俯いた。
そんな私を見つめていた彼は「ゆっくりでいいよ」
って、気遣ってくれて…。
けれど黙ったままで、素直に気持ちを伝えることのできない私をみて。少し、困ったふうな表情をすると
「……やっぱり、迷惑だったよね。ごめんね、急に呼び出しておいて、困らせるようなことを言ってしまって…」
と、悲しげな目つきをみせた。
それをみて、私も切なくなる。
──…そんな表情をさせたいわけじゃないのに。
「…あ、あのっ 違うのっ!そうじゃ、なくて…」
そうじゃないのに、私は──…。
「…………ごめん、なさい…」
震えた声で、先にこぼれ落ちたものは それだった。
「あ、あの……わっ 私は…っ」
私なんかじゃ三森くんと不釣り合いだろう、とか。
そういうのをいろいろと考えてしまって
──…『好き』って、素直に言えなくて。口を噤んでしまう。
「…………っ」
「……無理、しなくても いいよ…?」
上手く、言葉にできなくて……本当にごめんなさい。
臆病な私で、ごめんなさい。だけど私も
『あなたのことが、好きなんです』
そう言おうと、口を開きかけた瞬間──…
「──…大丈夫だよ。ありがとう 花宮さん」
と、静かに頷く 彼の声が先に届いた。そして
「君に、気持ちを伝えることができて よかったよ」と。
穏やかな声で、真っ直ぐ私を見つめると
「……これからも、友達として 仲良くしてね。花宮さん」
微笑みでありながら、彼の目には、悲しみが透けていた。
そうして踵を返す 彼のことを
引き止めることもできずに──…。
「………っ」
遠のいてゆく、彼の背中は、滲んでみえた。
静かに響く 嗚咽の音。
誰にも知られず
冷たい空気に、溶けていった──…。
消せない想いを、抱いたまま──。