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何も無いよ。  作者: 苔煉瓦
4/5

帰路

RUINERのNEWGAME+クリアを断念した。ついでに生じたナイーブな感情を活かすために暗い話を書いて更新ですよ

「今日は付き合ってくれてありがとう。色々驚かせて悪かったな」


「全然気にしないで良いって。こっちこそ久し振りに話せて楽しかったよ。色々助けられたし、こちらこそありがとう」


 二人は帰り道でも一緒だった。昼食の時からそうだったが、彼の中では元来彼女は不愛想で無口な方だというイメージが強く、それ故に帰りの電車の中でも楽しそうに話を振って来たりスマホで連絡先を交換しようとグイグイ来るその姿はかなり意外に感じられた。


 話の内容は多岐にわたり大体の話題では所謂『地雷を踏む』事は無かったが、彼が車窓に映る風景を眺めていた時に雅美は「久方振りの外出だから珍しいのか」と聞いてきた。「何度かは不健康だからと姉に外へ連れ出されたけども、こう長々と見るのは久し振りだ」と答えた。姉の名前を出すと彼女は不機嫌そうに話題を変えてしまった。昔から姉と雅美は仲が良くなかったなと思い出したが、その様子は顔を合わせていなかった数か月、ほぼ一年の期間を経て二人の関係は更に悪化している事を匂わせた。


「ホイ。明日なり明後日なりにコレに書いてある場所に時刻通りに行け、其処がお前の仕事場だ。必ずあたしの紹介で来たって言う様にな」


 最寄り駅の改札を通り、駅前の広場に出るなり無造作にノートの切れ端を突き付けられる。大雑把ながらも再会した駅からツテがあるという店への道が描かれていて、その隣に『10:00』とあった。時刻の事だろう。


「分かった。じゃあ、今日は此処ら辺で」


 紙ありがとね、と軽く手を振って小さな背中を向けた彼。さり気無いその動きに彼女は疑問に思った。


「…おい待てよ。あたしと方向同じだろ?そっちは逆じゃないか」


「あれ、言われてないかな?僕今一人暮らしだけど」


 雅美の眉間に浅からぬ皺が入った。今日この日まで何度も何度も要の家を訪ねて、少しでも良いから彼に会わせてくれないかと頼んだ。何時もにこやかに応対する家族に彼は体調が優れないから、誰とも会いたくないそうだから、部屋に引き籠って外へ出ようとしないからと言ってやんわりと追い返されたが。


 その理由付けは飽くまでも「要はまだこの家に住んでいる」体で為されたのであって、住処を移したが何処かは教えられない。又は会わせられないからと説明された事は一度も無かった。つまりは彼等は嘘を吐いていた事になる。転居の事実を知られまいとしてそうしたのだろうか。


「…そうだったっけな。すっかり忘れてた。帰ったらスマホ、試しに掛けてみてくれよ。ちゃんと繋がるか確認したい」


 知らなかった、お前は厄介払いに家から追い出されたのだとは言えなかった。要の状態から考えてみてもそれ以外に家族と別居させる為の理由付けが見付からなかったが、それを態々口に出す必要性もまた無い。


「物忘れなんて珍しいなあ…まあ良いや、必ず連絡する。一段落したらまた何処かで逢おうか」


 要もその事実を言われずとも理解していた。それでも言葉にして言われるかそうで無いかでは大きく違いがある。彼は彼なりに彼女の気遣いを感じ取り、それを有り難く思っていた。


「ああ、絶対にまた逢おう。それじゃあな」


「うん、また今度」


 最後に挨拶を交わし背中を向け合った二人は駅を後にする。互いにこの光景が何れは日常に組み込まれる様に願いながら。


 *


 奇跡は現実に起こり得るモノらしい。両の腕で抱き留めた『サイアイの人』の感触が鮮明に思い出され、身体は歓喜に震えそうだ。東屋雅美は傍から見れば不気味極まりない歪んだ笑みを左の掌で包み隠しながら両端がブロック塀に仕切られた住宅街を早足で歩いていた。周囲に誰も居なかったら柄にも無くスキップを踏んでいたかも知れない。


 それ位今日という日は彼女にとってはめでたい日だった。正しく苦行と言っても等しい始業式を終えて、昼時に路上でひしめき合い、あちらこちらへ移動する人の波に揉まれながら帰ろうと言う時にその人の波の中で身を縮めて、キョロキョロと辺りを見渡すシルエットを見つけたのだ。忘れようも無いその姿こそ十五の冬に最後に見てから探し求めて止まない親友ないし初恋の人の姿。僥倖に巡り合わせた雅美はこの機会を決して逃がすものかと奮起しすぐさま目標を捕捉した。


 一度声を掛けてみると勘違いされたらしく逃げられてしまった。思ったよりも逃げ足の素早かった為見失ってしまい、此処かと予想して駅まで行ってみると改札近くで地に手を突きしゃがみ込む(神崎要)を発見。迅速に拉致…確保した。更に勘違いして抵抗を試みる獲物()を一言で()()()()()る。背後から回した腕や少年の身体を支える自身の胴、無意識に彼の頸や頬に擦り付けた手の甲から伝わる温度、震え、意識せずともハッキリと聞こえる荒い息遣い。あたかも己がこの惨め且つ狂いそうな程愛おしいいきものの生殺与奪の権を授けられた様な暗い、暗い愉悦が雅美の心を支配した。


 しかし簡単にそれに呑まれて腕の中で(獲物)を弄ってしまえば苦労は水泡となり消えてしまう。衝動を振り払って誤解を解き、漸く再会の喜びを分かち合う事が出来た。そしてやや強引に飲食店へと彼を引っ張り込むと互いの昔話や近況報告をしながら昼食を摂った。今まで貯め込んでいた分話が雅美から要への一方通行になりがちだったが、彼は嫌そうにはせず寧ろ楽しそうに話を聞いてくれた。彼からも今までどのようにして過ごしていたか、今日はどうして外出したのか等といった話を聞く事は出来たものの、彼から彼女への会話は長く続かなかった。


 永らく情緒不安定な状態で屋内に閉じ籠っていた故に話題に出来る事は少なく、有ったとしても話したいかどうかは別だろう。そう推測した彼女は気に掛けず指摘もしなかった。金が必要だが稼ぐ手立てが無いと聞き、伝手がある所を紹介してやった。その後はまた二人きりで電車に乗り帰った訳だが、電車の中でもやれスマホのIDを交換しようだとか昔話だとかでグイグイと攻めてしまった。彼は若干驚いていた様だった。無理も無い。昔は二人で居る時はあまり言葉を交わさず、ただ近い距離で静かに、たまにみょうちきりんな会話をして過ごすのが彼等の関係だったからだ。彼女はそれに魅力を感じていたし、彼だってきっとそうだ。しかし、その時だけはただ再び逢えた事に高揚した感情をぶつけさせてもらった。幸い彼は不愉快そうにはしていなかったので良かった。次からは今まで通りに戻すつもりだ。


 駅の改札出口で別れ際に交わした二、三言で彼が半ば厄介払いの形で家族と別居させられているのが分かった。内心怒りがこみ上げて来たが口には出さなかった。彼もそれをある程度理解している様だ。やはり自身と彼は相性が良いのだと彼女は改めて実感すると、努めて冷静に振る舞い、再び逢う約束を取り付けて要と別れた。


 東屋雅美はこれからの事を妄想し、にやけながら道を行く。自分の他にも彼を探す邪魔な連中は居るが、恐らく先んじて彼を見つけ、捕まえ、そして住処まで突き止めたのは彼女が初めてだろう。先手は打たせて貰う。言い方は悪いが先ずはアルバイトの紹介で恩を売った。元々良かった好感度は更にプラスの方向へ上昇しただろう。これから彼が会いたがっているであろう旧友達にも引き合わせてやる。それから一緒に色んな場所へ行って、一緒に時間を過ごして、それから彼の新しい部屋に行って、色んな事を教えてやって、少しずつ少しずつ、心も身体も距離を詰めてゆこう。


 もしも邪魔が入ったら、ペースを速める。もしもペースを速めても危なかったら――――その時はもう、知らない。その時に使えるあらゆる手段で強引に、彼の頭頂から爪先まで自らの色で染め上げ、心に杭を打ち、彼女無しでは気が狂ってしまう程雁字搦めに縛り付けるまで。全ては持ち主の意のままに踊る人形は嫌いだが、そうせねば手に入らぬのなら壊してでも手中に収めてしまえ。


 鞄からスマートフォンを取り出すと、雅美は何処かに電話を掛ける。


「もしもし、あたしです。…はい、新しいのを見つけて来たんですけれども―――」


 もう何処にだって逃がしてやるものか。もう誰の手垢にも汚させるものか。

この物語を考えた時の自分は何故よりシンプルで話を作り易いヤンデレSSを書こうと思わなかったのか。

コレガワカラナイ

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