その男、口下手につき
放送設備はまだ生きていた。
お市は機材の上のCDやら菓子のゴミをよけ、校内にむけて放送した。
「六花工業高校のみなさん、こんにちは。これより全校集会を行います。すみやかに校庭に集まりましょう。なお、従わない場合、臨時スクールカウンセラーの平先生が教育的指導に向かいます。口下手な先生ですので、素直に従ってください」
――全校集会?
生徒はひさしぶりに、めずらしい言葉を聞き、顔を見合わせた。
だが、誰ひとり腰をあげようとはしない。教師たちですら、放送を信じなかった。
しかし、最上階の三階から異変が起きはじめた。
「変な坊主が、電気棟で暴れてる」
「今、機械棟に移った」
「見に行こ」
見物に集まりかけた生徒たちは、鼻血を垂らして逃げてくる生徒たちとぶつかった。
「下行け。やべえ」
「あれヤク中だ」
逃げてくる集団に、尋常ならざるものを感じて、下の者も校舎から逃げ出す。
テツは片っ端からひっつかんでは廊下に放り出した。
もちろん高校三年生ともなれば、それなりに体格のいい生徒もいる。ケンカ慣れした者は向かってきたが、テツはそれらも畳むように転がし、廊下へ蹴り出した。
三階がカラになると、二階もすでに風通しがよくなっていた。それでも数人、目つきの悪い少年たちが残っている。
テツは一応、命じた。
「集会だ。校庭に行け」
生徒はふんぞりかえったまま、腰をあげない。ナイフをチラつかせている者もいた。
が、叩きおとすと犬のような甲高い悲鳴をあげた。
「何すんだよ」
ほかの生徒がわめく。
「暴力ふるっていいのかよ! 法律で体罰禁止ってあんだろ!」
テツはハハッと笑い、
(アンパーンチ!)
ゴンとその頬骨を殴りつけ、廊下に蹴り出した。生徒がすべて出ると、教室の戸を閉める。
片端から教室を洗っていく。
(今、一人隠れた。階段に五人)
逃げる生徒は、無言で追う。久しぶりに伸縮する筋肉が心地よい。笑えてしかたなかった。飯を腹いっぱい食べたせいで、力がみなぎっていた。
逃げた生徒たちは、もちろん校庭に並ぶ気などない。
パニックを起こしかけ、バイクに乗って脱出しようとしたが、バイクがなかった。校門の前にバイクが山と積まれ、バリケードとなっていた。
「おれのヨンフォアーッ!」
不良少年とはいえ、自分のバイクはかわいい。わめき、掘り出そうとしていると、放送が鳴り響いた。
『校庭の生徒たち。朝礼台の前に集合しなさい。仏罰がそっちに向かっています。集合しなさい。くりかえす。仏罰が今、ダッシュでそっちに向かっています!』
殴られた生徒たちの顔に怯えが走る。
しかし、ただ逃げてきた生徒たちは怖さを知らない。バイクを見て、頭に血が上っていた。
「かまわねえ。殺す」
集団の勢いをたのみ、彼らは二階の中央昇校口へ続く大階段を駆け戻った。
『おまえらやめろー。死にてえのか』
放送は窓から見ているらしい。
『退け。退け。朝礼台の前に集合。本気でケガすんぞ。てっちゃんも、もうやめろ。最近の子は骨が弱いんだから!』
しかし、テツはニコニコ笑いながら走っていた。階段を登ってきた先頭を蹴り上げると、宙を駆けるようにして次の生徒に襲いかかる。踏み潰し、殴りかかってきた拳つかんでは投げ転がす。頭突きを食わせる。
(わっほーい)
放送室がややあわてていた。
『てっちゃん? てっちゃん、もういいよ? おいテツ、もうやめろ! 警察呼ぶぞ。先生に言いつけんぞ。ガキは座れ。座れえ!』
興奮した生徒たちも次第に、勝手が違うと気づいた。囲んではいたが、近づけない。近づいた者は鞠のように転がされてつぶれた。
『座れ。おまえら座れ。控えおろう! そのお方をどなたと心得る。水戸のただの阿修羅です。座れ。座りなさい。集会です』
お市は朝礼台に立ち、挨拶した。
「みなさん、こんにちは。ずいぶん男らしい出会いになりました。今日からみなさんの生活指導を担当する、臨時スクールカウンセラーの平鉄舟(たいらてっしゅう)先生と、わたくし寒川市安(さんがわしあん)です。気軽に、てっちゃん、お市と呼んでくれてかまわないよ」
お市がしゃべる間、テツは教頭の新垣と、生徒たちの持ち物検査をしている。
名前を聞き、携帯やゲーム機を見つけると、マジックで名を書き込み、片端からゴミ袋に入れて行った。
生徒たちは一様にふくれ面をしていたが、何も言えなかった。睨み返すことさえできない。
「これからね。キミたちもきちんと教育を受けられるよう、学内の風紀を改善していきます。何か言われたら、素直に耳を傾けてください。正当な理由なく従わない場合、ペナルティがあります」
「――」
おそらく、とお市は言った。
「冗談じゃないと思う人が大半だよね。ふざけんなって思ってるよね。でもさ。ふざけてんの、きみらなんだよね。学校は保育施設じゃなくて、学問をするところ。時間つぶすために学校来てる人は、いさぎよく辞めてください。ま、学生の身分欲しくているんだろうけど、資格に値しないんだよ。来てるだけじゃ。そんなんで高校生って、偽装表示だよね。さっぱり辞めて、ワイルドに中卒で人生切り拓けえー」
唸るような咳払いがした。テツの細い目がじっと見ている。
「――なので、授業受けたくないなら、退学届けを出す。来たかったら、人の迷惑になる態度をとるなってことです。でも、中卒もいいよ。ホント、おれなんか実質小卒だぜ」
生徒たちがはじめて、お市を見た。教師たちもおどろいて見る。それらの顔にはすぐに侮りが浮かんだ。
テツが壇上に飛び乗り、お市を追いたてた。
「平です。この学校、授業できる環境じゃないので、まず、掃除をします」
テツは言った。
「机と椅子を全部、教室から出して、掃いて拭く。そして戻す。時間は、今から午前十一時五十分まで。では始めます。はじめ!」
「――」
生徒たちは突っ立っている。ちらちらと互いを見たが、動こうとはしない。
テツは眉をひそめた。
「はじめ、と言ったんだが」
「――」
「走れえ、くらあー!」
壇上から飛び降りた途端、生徒たちがわっと退いた。彼らは浮き上がるように校舎へと駆け出した。