花
冬の夕暮れは早かった。
客が去り、校庭の照明がつけられた。
生徒たちは紙コップのしるこを手に、野外舞台を囲んでいた。
舞台では、有志の生徒が和太鼓を叩いていた。
腹に響く太鼓の音に身をゆだね、生徒たちはものによりかかったり、地面に腰を落とし、くつろいでいた。
みな心地よく疲れていた。
嵐のような日々を終え、安堵してもの憂かった。声を発する者も少ない。
「ありがとうな」
ブンブンは太鼓組を見送り、挨拶した。
「ここでね。おれたちを引きずりまわした張本人、坊主ブラザーズに、ひとことお願いしようと思います」
テツはしぶしぶ立ち上がった。
いつもしゃべるほうはお市に任せるのだが、これに限っては、
「兄弟子のお役目でございます」
と助けない。
テツはしかたなく壇上に立った。口笛と拍手、親しみのこもった野次があがる。
テツは即席で用意した文句を言おうとして、少年たちの顔を眺めた。
「……」
生徒たちは待った。
その間が少し長かった。
テツが顔をしかめたまま、立ち尽くしている。
ブンブンがあやしみ、
「テツさん?」
泣いてるのか、と思いかけた時、テツの人差し指がロボットのように浮き上がった。
「ながみね、みかな」
生徒たちはハッと後ろを振り返った。
ライトの照らす中に、女ふたりが校庭を歩いていた。片方はピンクのコートを着て、おもちゃのように細かった。
生徒たちはおどろき、わっと立ち上がった。
波のように走り、ふたりを取り囲む。すぐに誰かがステージへ、と叫んだ。生徒たちは誰に言われずとも、ステージへと道をあけた。
「あ」
付き人らしい女のほうが、少しあわてた。
「ごめんなさい。すぐ失礼しますので、すぐ移動なので」
ミカナはおどおどと言った。
「あの、六花高のみなさん。たくさんのお手紙ありがとうございました。とっかん祭、出られなくてごめんなさい。でも、これだけ渡したくて」
彼女は手に色紙を持っていた。
生徒たちはどよめいた。この色紙を受け取る幸運な男は誰なのか。
すぐに、
「ホロ」
と声があがった。ホロの名が連呼された。
ホロは突き飛ばされるように前に出てきた。
ミカナはぺこりと頭を下げ、
「これ、みなさんに」
両手で色紙を差し出した。
ホロは立ち尽くした。花がしゃべったかのように、目をしばたいていた。
ミカナが戸惑い、さらに色紙を押し出す。
ホロ、と誰かが叱った。
ホロは糸であやつられるようにそれを受けた。
怒号のような歓声があがった。
翌日は休校だった。
新垣はふと予感がして、河原に駆けつけた。
ふたりはいなかった。竈にしていた丸石も崩され、わずかに焦げ跡を残したのみで砂利に混ざっていた。
新垣はお市に電話しようとして、石に押えられた封書に気づいた。
がっきーへ、と宛名が墨書されていた。
平鉄舟と署名した紙には、一行、
――がっきー、校長になれ。
また、寒川市安と書いた紙には、プレゼント、と書かれ、サイトのURLが走り書きされていた。
新垣はスマホを出し、サイトのURLを打ち込んだ。
――『とっかん祭への道』
という写真の多いサイトが出てきた。
テツはお市に聞いた。
「いつからサイト作ってたんだ?」
お市は肩に食い込むリュックのベルトを親指でいじりながら、
「わりとすぐ。もともと、県に送ろうと思って写真は撮ってたんだ」
窓のない校舎の写真を撮り、県から予算を引きだすつもりだったという。
とっかん祭が具体的になってくると、集客のためにサイトがいると思い、コツコツ写真をアップしていたらしい。
「でも、テレビに出たからね。必要なくなった」
お市は言った。
「けっこうさ。あんなにメチャクチャでも、人って、やる時は運、引っぱってくるんだね」
「だな」
「おれら実際なんもしてないもんね」
「うん。お布施だけもらって」
テツは満足げにリュックを揺すった。ふたりのリュックの上には白菜がひと玉ずつ乗っていた。
お市が言った。
「これ笠があたって、前が見えないんだよね」
「うん。早く食べないとな」
からっ風の吹き渡った空は青々と晴れている。
ゆるやかに円を描くトンビの下、ふたりは白菜を背に、機嫌よく北関東の田舎道を歩いていくのだった。
―― 了 ――




