そうだ。東京、行こう
ホロは芸能事務所に、一七七通のファンレターを送った。
誤字やひとりよがりな作文は、すべて直させ、田所にも御墨付きをもらった。
――まごころがこもってる。きっとだいじょうぶでしょう。
しかし、事務所からは何の反応もない。
ホロが電話をすると、女の事務員が自動音声のようなそっけない声で出た。タレントの文化祭出演は受け付けていない、と言った。
(……終ったじゃねえか)
ホロはお市に相談した。
「そんな言葉は信じなくていい」
お市は言った。
「断られるところからはじまるんだ。びしっと足をドアに突っ込む。『社長、一分ください』一分で彼に夢を見せるんだ。さあ、どうする?」
「……」
ホロにはわからない。
相談しようにも、仲間はみな忙しそうだった。ブンブンは今、とっかん祭の会計と段取りで目を回しかけている。ミシュランも出しものをやるグループのため、あちこち道具づくりを手伝っていた。
――どうすんべ。
悩みつつ、レンガを積んでいた時だった。
「ホロ。何やってんだ」
着古した小柄なつなぎが渡り廊下から見ていた。じいやナイフ芳賀だった。
芳賀は甘い教師、だった。いつもひょっこり生徒の間に入ってくる。
たばこを吸っていても、
「一本くれ」
という。
なれなれしくあだ名で呼び、話にまじり、ともに学校や警察をバカにした。時に生徒より激しくバカにした。
生徒たちはやたらと擦り寄ってくる『味方』に苦笑したが、からかいつつ、まゆじいと呼んで、マスコットのように保護する風があった。
「花壇作ってんすよ」
ホロは会場の美化を手伝っていた。
「それ、楽しいのか?」
芳賀はおだやかな声で聞いた。
「おまえのやりたいことなのか?」
ホロは苦笑し、
「いや、おれレゴ好きなんだよ。コツコツとレンガを積む。戦後の日本もこのレンガのように積みあがってきたんだなあって」
「戦後の日本なんか、醜いかさぶたみたいなもんだよ」
「……」
ホロは鼻白み、レンガにセメントを塗った。
芳賀の声が哀れむように言った。
「威勢のいい言葉、耳ざわりのいい甘言に、経験のないおまえたちはすぐ飛びついちまうんだ。おまえたちは孤独だから。世の中はおまえたちに冷たいから。自分の居場所を見つけた気がして、すぐ心をひらいちまう」
「――」
「坊主がおまえたちをイイコにしたがるのは、社会で利用しやすい部品にするためだ。大勢がおまえを利用するために加工してるんだ。そんな連中のためにレンガを積んでるおまえは、お人よしを通り越して道化だよ」
「……」
ホロは老教師を見た。
「お互いに利用しないと、人間は生きていけないんじゃないの?」
老人の目がにぶくなった。何も聞かなかったように顔をそむけ、渡り廊下を歩いていった。
ホロは立ち上がって、伸びをした。倦んだ腱を伸ばし、叫ぶようにうめいた。
くさくさしていた。
彼は大きくひとりごとを言った。
「そうだ。東京、行こう」
長嶺ミカナの所属する芸能事務所『神楽プロ』は、青山の表参道にあった。
ホロたち五人は歩道に立ち、ぽかんとした。
トロピカルが間抜けな声をあげた。
「ドラマみてえだな」
渋谷や新宿には何度か行ったことがあった。しかし、青山の空気はまた違う。
通りには落ち着きがあり、高級品のにおいがした。道行く人々も垢抜け、裕福に見える。
五人はいやがおうにも自分たちの田舎臭さを感じた。
「事務所、行く?」
カフェに入り、五人は意味もなく時間を潰していた。
ブンブンがホロをせっつくが、ホロは元気がない。ミシュランもトロピカルも同じく口数が少なかった。
コーヒーの値段が高かった。なにもかも高い。
こんな優雅な街から、まわりに畑しかないボロ学校にタレントを呼ぶなど、今さらながら過ぎた望みのような気がしていた。
「いちおう、事務所行こうよ」
ブンブンは言った。
「受付でさ。用件だけ言って、チラシ渡して。な。ここまで来たんだから」
追い立てるように仲間を店から出した。スマホで場所を確認しながら、さっさと道を歩く。
この男も都会に呑まれてはいたが、仲間のふがいなさに、かえって落ち着きを取り戻していた。
「ここじゃね?」
それほど新しくはない地味なビルだった。それでもガラスのエントランスがあり、受付が見える。警備員もいる。
「ホロ」
さすがにここは、長が行かなくてはいけない。
だが、ホロはあさってを向いたまま、入ろうとしなかった。
「ホーロ」
ブンブンがその腕を引っ張ろうとした時だった。
いま来た通りから、細い悲鳴が聞こえた。
五人が見ると、クロスバイクが競輪選手のようなすさまじい勢いでこちらに向かってくるところだった。
「ドロボー!」
クロスバイクの手には、小さなハンドバッグがあった。
ホロの手が弾けるように動いた。
クロスバイクのヘルメットに何かが鋭く当たり、車輪がぐにゃりと倒れる。
「うおおお!」
ホロが地を蹴って走った。あわてて立ち上がるライダー目がけ、踏み潰すように飛び乗る。ほかの四人も駆けつけ、自転車ごと相手を押さえ込んだ。
『高校生お手柄。ひったくり犯、御用』
警察署に出向いた後、ホロたちは見知らぬ中年男にいくつか質問を受けた。その話が、全国紙に載った。
続いて地方紙と地方テレビ局のニュースになり、さらに情報番組が取材を申し入れてきた。
それを伝えたのは司校長だった。
「三十日、栃木テレビが来ます。とっかん祭を取材するそうです。見苦しくないように、服装を整えてください」
ぬけぬけと言った。
生徒たちは信じられぬ思いがした。
世界の色が変わっていた。坊主に追い回されて掃除をはじめ、続いて文化祭を準備しはじめた。勉強をはじめ、商店街の人々が声をかけてくれるようになり、ついに地方局ながらテレビまでがやってきた。
――確実になんか変わった。
と気づいた。
『こちらが六花工業高校。見てください。校舎に龍が』
オンエアは早かった。テツとお市は、スマホの小さい画面でその番組を見た。
レポーターはあまり知られていない芸人だが、楽しそうによく笑い、生徒や教師をくつろがせた。ブンブンが友だちのような顔をして、彼を校内に案内していた。
レポーターが窓のない校舎におどろく。
『うわ。これ窓どうしたの。ベニヤ?』
『これ、一級遮光カーテン兼ねてるんすよ。これ閉めるとね。中がシアターモードになるんです』
レポーターが笑ってしまう。
『寒くないのかよ』
『寒いです。ホントは県にあきれられて、窓入れてもらえなくなったんです。窓入れてくださーい』
レポーターはバカ笑いしてしまっていた。
ホロも映った。レポーターは事件のことをたずねたが、ホロは眉間にしわをたて、言葉少なに答えて、勝手に立ち去った。
ブンブンがフォローして、
『あの人、今悩んでるんですよ』
『なんかしょんぼりしてるよねえ?』
『おれら本当は、長嶺ミカナさんの事務所に、とっかん祭に来てくれるよう、言いにいったんですけど』
『長嶺ミカナ! で?』
『犯人捕まえた後、いっしょに警察行っちゃって、結局、事務所行ってなかったんです』
レポーターはまたケタケタ笑った。彼はカメラに向かせ、
『じゃ、このカメラから頼みなさい。がんばれば東京でも受信できるから』
ブンブンはぺこりと頭をさげた。
『長嶺ミカナさん。とっかん祭、十二月十六、十七です。来てください』
番組にはいつ収録したのか、司校長までちゃっかり映っていた。
レポーターに、二枚目ですねえ、とおだてられてニコニコしつつ、
『うちの自慢はイチにもニにも自由なんですよ。創造力の土壌は自由なんです。自分たちで企画を考え、自分たちの手でつくる。やんちゃしてもいい。のびのびと、ものづくりの喜びを存分に味わえる環境、これがわが校の自慢です』
画面を見ていたお市は、脱力して言った。
「おれもう、一周回ってこいつ好きになったわ」
この番組の放送以後、とっかん祭への問い合わせ電話が入るようになった。住民の目も明るく変わっていた。
――商工会が野外舞台を貸し出してくれるって。
次々好意的な申し出が入ってくる。
職員室は戸惑った。
妹尾たち一部の教師は、生徒に囲まれ、イキイキと作業を指導している。
校長はいつのまにか、アイドルを呼ぶことも文化祭すらも、もとから自分の考えであったかのように話していた。
ほかの教師たちは、どういう顔をしていいものか迷っていた。
それを新垣や田所が見ていた。そっと近づき、
『先生の教科、ゲーム教材をつくりませんか』
ひとりひとり仲間に入れていった。




