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わたあめの中

 テツは早朝と夕方、ブートキャンプと称し、生徒たちに運動をさせた。からだを動かしながら、歌のように九々や英会話の簡単なフレーズ、数学の公式を唱えさせる。


「考えなくていい。覚えようとしなくていい。頭からっぽにして、歌詞だと思ってとなえろ」


 生徒たちは、覚えなくていい、と言われ、安堵した。からだを動かすのは頭を動かすよりマシだった。 ほかに方法もない。とりあえずぶらさがっていようと、大勢の生徒が群れ集まった。


 お市はその間、飯の支度をしながら文化祭実行委員の相談を聞いている。

 ミシュランはむっつりと、


「とっかん祭、止まったよ。期末テストのせいで」


 手指を上に向けて、ボンッ、と開いて見せた。


 ミシュランは野外ステージ部門の隊長になっていた。クラスにひとつずつ演目を出すよう指示していたが、どこもまともに動いていないという。


「もはや、とっかん祭、やるの? っていうレベル」


 赤点留年の告知は、毒のように効きめをあらわし、いまや全校生徒が混乱していた。誰が助けてくれるのか。こうなった犯人は誰なのか。おとしまえをつけるべきか。そんな思考で忙しかった。

 出しものの話し合いどころではない。


 隣にいたブンブンも口を尖らせ、


「それでいてバイトには行くんだよな」

「そう!」


 ミシュランは目を剥き、


「勉強しなきゃといいつつ、集会にも出ねえで、バイト行くんだよ」

「パペットマンだろ。あいつシメてやっか」


 よせよせ、とホロが止めた。


「あいつんち、ド貧乏なんだよ」


 ミシュランは恨めしげに焚き火を睨んだ。


「おれは留年したらやめるってハラ決めてっけどよ」


 わりと皆、セコいよな? と嗤った。


「こんなに進級とか就職にこだわってんだって、なんかあきれたわ。ふだん、どうせすぐ死ぬみたいなこと言ってて、長生きする気マンマンじゃねえかよ。だったら、ちゃんと勉強しとけっての! 三年間、ウエーイで過ごして、いまさらオタオタしてんじゃねえよ」


 ブンブンも吐き捨てるように言った。


「この分じゃ、卒業もねえ。とっかん祭もねえ。アブ蜂とらずだ。どう始末つけるんだよ」


 ホロは黙っている。トロピカルはつまらなそうに石を積んでいた。利休は疲れたといってすでに帰っている。


「ふむ」


 お市はキャベツを刻みながら、


「まったくの想定内。なんら問題はない!」


 と断じた。


「……」

「何かはじめる時の最もありがちなパターン。メロスは意気込んで走り出す。やがてよけいなこと考える。フラフラ迷う。セリヌンの命なんかどうでもよくなってくる。それはむしろ王道コース。ここで、ミシュのすべきことは、あきらめず連中にハッパをかけること。おれは本気だ、とわからせることだ」

「拳で?」

「ちゃうわ!」


 お市はビニール袋にキャベツをつめ、


「おまえら、あれどうしたのよ。壁に絵を描く話は」

「あー」

「あれやるんだよ。畑の真ん中に、ドラクエの城が登場してみろ。みんなも先生もハッとすんだろ。もはや後戻りできねえとわかるだろ」


 ミシュランは思い浮かべ、わずかに眉をひらいた。お市はホロにも聞いた。


「長嶺ミカナへのオファー、どうなってんだ」

「返事来ねえっす」


 芸能事務所に電話をかけたが、取次ぎの女性が伝言すると言ったきり、返答はないと言った。


「それも想定内! つぎ行け」

「なにを」


 お市はキャべツと肉を混ぜた袋を、彼らの前に突き出した。


「ぎょうざ、包んで」

「――」

「その先は自分で考えろ。おれらは、おまえらにアイディア出さないって決めたんだ。おれら、おまえらを認めてっから。なんだかんだ言って、やる連中だと思ってっから。ヒーローに敬意を表し、これからはサポーターに徹する」





(そういう配慮、ありがた迷惑なんだよな)


 ブンブンはとっかん祭の運営進行を任され、暗澹としていた。

 仲間は不器用で不運だった。


 壁の絵を塗り替えるストリート・アーティストは、旅に出たらしく行方知れずだった。ミシュランは、彼を呼ぶと言った生徒と殴りあいになり、ホロが仲裁せねばならなかった。


 ブンブンが予算を立てようと意見を募ると、


『ミカナを迎えるにはレッドカーペットがいるよな』

『送迎はやっぱリムジンか』

『ステージは大理石で』


 数百万という数字になり、これはお市に蹴散らされた。

 安いスーパーに交渉にいったトロピカルは、手ぶらで帰ってきた。


『六花高生は、万引き多いから全員出禁だって』


 利休にいたっては、数日学校に出て来ない。


『あそこいると、バカがたかってきてうるせんだよ』


 家でゲームをしているらしい。


「身内から落伍者が出てんじゃねえかよ!」


 ブンブンはわめいた。ホロがなだめ、


「まあま。利休はひとやすみしてるだけだから。ひとやすみひとやすみ」

「利休が一休になったってか? うまいこと言ってんじゃねえ!」


 ホロの長嶺ミカナ計画も止まっている。

 ホロは全校生徒に、ひとり一通、ミカナへのファンレターを課した。しかし、ためしに検閲してみると、


『ぼくわミカナさんのファんでむ。学こうえきて下い』

『わが天史』

『長みなミカフ』


 ホロたちでさえ蒼ざめる怪文がぞろぞろ出てきた。これらは差し戻し、書き直しと国語の勉強を命じている。

 ホロは言った。


「『お寺』行くか」

「……」


 ブンブンは華やかな夕焼け空を見上げ、うなった。

 河原にはほぼ毎日寄っていた。ふたりの坊主は彼らを歓迎したが、とっかん祭の進め方については、何も教えてはくれない。

 テツは木切れを逆手につかみ、


『悲観すんのはラクなんだ。そこでグッと舵切って、明るい未来を見る。それがリーダーの一番つらくて面白いところだ。グッと明るい未来を見る』


 しきりに舵を引っ張るマネをしてうなずく。が、それ以上の具体的な話はしない。


「テツ太郎は、精神論しか言わねえしよ。お市坊にいたっては、フォースがともにあらんことを、だしよ。ホント使えねえあの二人」

「まあま」


 ホロも金色に縁取られたうろこ雲を眺め、言った。


「おれらの勝負だからな。あのひとらは手伝いだから」

「……」


 ホロたちにも嫌気がたまっていた。

 生徒らは口には出さないものの、にわか生徒会に失望している。


 利休は勉強を見てくれない。ほかのメンバーは、この事態になんの解決策もなく、とっかん祭へのアイディアを出せとわめくばかりであてにならなかった。


 ――あのひとらは、家が農家か自営で気楽だから。


 就職組の三年生には、そうしたやっかみから、冷たい目で見ている者もいた。


 なんとかなるよ、とホロは言った。


「ロボットのほうは八頭身が音頭とって進めてっから、なんも進んでねえわけじゃねえ」

「……」

「メインは三メートルのドラゴンだってよ。三メートルだぞ。課題研究、それでレポートだしてOKだって」


 へえ、とブンブンの顔も少しやわらいだ。

 ふたりは駐輪場へと歩き、反対側の教職員駐車場につっ立っている男に気づいた。

 ブンブンはいぶかった。


「モブだな」


 新垣が自分の車の脇に直立していた。中に入るでもなし、携帯を見ている風でもない。視線は宙に浮き、うつろだった。

 ホロがつぶやいた。


「やっぱ、和尚さんたちにちょっと話そうか」





 新垣は無音の嵐のなかにいた。

 彼は校長に、


『赤点ひとつで落第は、ふつうの高校の基準に照らしても厳しい』と訴えた。


 校長はホホと笑い、


『では、文化祭をとりやめて学習に取り組むなら、その努力は認めましょう』


 取引をにおわせた。

 できない相談だった。


 新垣は、せめて授業のヘタな教師たちに、教え方を改善させようと考えた。すると、今度は、職員室じゅうがはげしい拒絶反応を起こした。 


『何言ったところで、授業なんか誰も聞いてないじゃないですか』

『わたしのやり方が気に入らなければ、どうぞ先生が授業してください!』


 教師たちは生傷に触れられたように激怒した。歯をむいてわめきだし、以後、新垣には挨拶もしなくなった。


 一方、内定をとれたばかりの三年生たちが、こそこそと助けを求めてきた。


『家貧乏なんで、どうしても就職したい。赤点、なんとかなんないすか』

『留年したら、もうあそこには入れねえよ』


 硬化した教員と、就職の危機にある三年生にはさまれ、新垣の頭は沸騰したようになっていた。


(落ち着け。みんながんばってる。がんばらないと)


 内定をとれなかった生徒のため、次の面接の世話もしなければならない。


 ――その前に彼は卒業できるのか。


 新垣は鼻に力をこめて息をした。酸素があまり入ってきていなかった。わたあめのなかにいるようだった。息が苦しく、前が見えない。


「先生、今日は帰ったほうが」


 田所に職員室から無理やり押し出された。校舎を出て、自分の車まで歩く。


(家貧乏――がんばらないと)


 気づくと、あたりが暗かった。新垣はいまだ車の前にいた。ひどく寒かった。


 ふと、細くテツの声が聞こえた。

 校門に坊主頭の影がふたつ立ち、大きく手を振っていた。


「がっきー! 遠足行こうぜ!」


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