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ほんとはおりこう、六花高

 しかし、利休ひとりの手に負える話ではない。

 テツは言った。


「お市、利休を助けて、なんとかみんなを合格させろ」

「む――」


 お市は返事がにぶい。テツは念を押した。


「たのむな。百七十七人全員合格」

「百七十七人。そのうちバカが百七十六人なんだよ。百七十六匹のおさるの次郎くんにテスト受けさせるようなもんなんだよ」

「たのむな」

「てっちゃん。さっきのテスト、四則演算が書いてあったんだぞ。九九のレベルだぞ。おれは異界に迷い込んだ気がしたわ。人生ではじめて、日本の未来が心配になった」


 テツが低い声をだした。


「心配ならやるんだ。お市」

「……」


 お市は兄弟子の顔を見た。


「あんたにも、頭は一応ついてるんですよ」

「これは残像だ」

「そうだった。もういいや。黙ってて」


 お市は、父兄に電話をまわし、河原に呼び集めた。


「どうもー! ファミレスとかじゃなくてすみません。今日はね、おしゃべりに呼んだわけじゃないんで」


 学校側の措置を話し、全生徒が留年の危機にあることを告げた。

 動揺する親たちに、お市は声を高くし、


「しかし、さすがみなさんの自慢の息子! ご子息たちはこんな妨害にめげず、挑戦を受けて立つ覚悟です。そこでみなさんのフォローが欲しい」


 その日、職員室に父兄の集団が現れた。

 和菓子職人のソネ氏がうわずった声をあげた。


「先生方はなんで、ここに集まってんですか?」


 授業時間のはずだったが、教師たちはデスクで茶をのみ、くつろいでいた。教室にはプリントを配って自習を言い渡してあった。


「なんで、自習なんです? 授業をしていただけないなら、給料、国に返してくださいよ!」


 ほかの親も憤慨して言った。


「これで赤点とったら留年だなんて、ありえない! あんたらが赤点だよ! ふつうの会社ならクビだよ!」


 カオー秦前寺が不快げに言った。


「生徒が授業を聞く態度じゃないんですよ」

「――」


 彼はしゃくれたあごをつきあげ、


「授業おかまいなくしゃべる。好き勝手にうろつく。教師が黒板の前に立つと、ものを投げる。全員で授業妨害ですよ。誰がこれで授業できんですか」

「それが仕事でしょ」


 金髪ロングヘアの、砂川の母親が言い返す。


「注意すりゃいいし。そのためにお坊さんが来たんだよね。お坊さんを追い出して、自分らは何もしないって、意味わかんないし」


 彼女は言った。


「あたし、自分がちゃんと高校卒業してなくてすごく大変だったから、はあちゃんには絶対、高校卒業させようと思ってがんばってきたんだよ。先生にもちゃんとやってほしいよ」


 秦前寺はぬっと立ち上がった。父兄を睥睨し、


「わたし、頭のCTとったんですよ」

「――」

「生徒に胸倉つかまれて黒板にぶつけられてね。その時のこと、手をついてあやまったら、授業に出てやると言ったんです。でも、なーんも言ってこないんですよ」

「……」

「保護者の方、きちんとあやまらせてくださいよ。家で最低限のしつけはしてくれないと、こっちだってたまったもんじゃないですよ」


 秦前寺は座った。


「ひとにモノ言う前に、ご自分のお子さんの状態よく見てほしいですね」


 ソネはあごをふるわせた。その拳が浮き上がりかけた時、《歌丸》田所教師の細い背がさえぎった。


「じゃあ、秦前寺先生、あなたも生徒にあやまるんですか」

「?」

「生徒があやまったら、今まで授業をさぼっていたことを、あなたもあやまるんですか」


 秦前寺は聞くに値しない、というように顔をそむけた。

 田所は言った。


「授業しなかったことでもう罰したんですから、この上謝らせることはできませんよ。――試験もあるんですし、もう勘弁してあげなさい。ほかの生徒も迷惑しますから」

「……」


 秦前寺はあさってを向いている。ほかの教師と目を合わせて笑っていた。

 その時、母親のひとりが、メモを読み出した。


「トワイライトデモン、ホルマリンプリンセス、ホルマリンプリンセス・サブ、素材用サブ。ギルド名『暗黒少女騎士団』」


 一同がなにごとかと見る。秦前寺は気づき、ぎょっとしてノートパソコンを叩き伏せた。


「お市さんが、困ったらこれを読めって」


 なんの意味ですか、とほかの父兄が彼女のメモをのぞきこむ。

 秦前寺はにわかに立ち上がり、


「試験前ですからね。特別ですよ!」


 あわただしくパソコンを机のなかにしまい、鍵をしてから、職員室を出て行った。





 職員室から教師を掃き出したところで、自動的に生徒の学力があがるわけではない。

 授業のヘタな教師は多かった。生徒はふんばって、授業を聞く姿勢はとったものの、三分もするとみな意識不明に陥っていた。


「利休さんが死んでます」


 生徒が河原に来て、知らせた。

 利休は休み時間、授業でわからなかったところは聞きに来い、と声をかけた。

 生徒たちは塾だ、塾だ、と面白がって取り囲んだが、


「そもそも何質問していいか、わかんないんすよ。なんの授業受けてんのかから、わかんないっすから」


 利休は最初こそ、まじめに相手にしていたが、次第に無口になり、今はにぶい目をして茶を飲んでいるだけだという。

 生徒たちも現実がわかってきた。


 ――テストなんか無理。

 ――学校は留年させる気だ。もうどうにもなんねえ。

 ――いつもこうなるんだ。楽しいことはすぐ消えてなくなる。


 二年以下の生徒も悲観した。留年となれば親がいい顔はすまい。一学年下の連中と机を並べるのも面倒くさい。何もかも面倒くさく、憂鬱で、気持ちがやさぐれてくる。


 ――もうどうだっていい。

 ――単車でどっか流していくべ。


 生徒たちがふてくされて校舎から出てくると、校門の前に、テツが立っていた。


「豚汁作ったから、食べにこい」


 生徒たちが仲間に連絡しあい、河原に集まる。テツは上着を脱ぐよう指示した。


「食事の前に、ちょっと運動する。――おまえら、フルメタルジャケット見たことあるか?」


 何人かはネットの動画で見ていた。


「あのマラソンをやる。おれの言うとおり、くりかえせ」


 軽くストレッチさせてから、走り出す。生徒たちは困惑しながらも、その背について走った。

 テツは歌うように言った。


「テストがどうした。楽勝だー」


 生徒らが復唱する。


「テストがどうした。楽勝だー」

「ほんとはおりこう、六花高ー」

「ほんとはおりこう、六花高―」

「メンサにだって入れるぜー」

「メンサにだって入れるぜー」

「それは少し言い過ぎたー」

「それは少し言い過ぎたー」

「いんにがにっ」

「いんにがにっ」

「いんさんがさんっ」

「いんさんがさんっ」


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