大風呂敷からのスタート
昼休み、全校からタレントの名を書いたメモが集まった。
三票という僅差で、長嶺ミカナに決まった。
ブンブンは結果をほがらかに放送した。
『これで目玉が決まった。あとは文化祭だ。ミカナが来るにふさわしいハデな祭りにしようぜ。Xデーは十二月十六、十七日。全員参加。企画考えておけ。ダンスよし。模擬店よし。なお、生徒会と連絡係はそのまんま文化祭実行委員とする。必要なものや費用について相談しろ』
あと忘れてた、と付け加えた。
『やりたくねえシャイなやつは、事前に言えよ。五人でじっくり話聞くかんな』
彼らは放送室を出ると、ぞろぞろと職員室に向かった。
職員室では騒ぎが起きていた。
「――納得いきませんし、生徒だって納得しませんよ!」
校長と教頭が両サイドに分かれて言い合いをしている。教師たちがそれぞれの後ろに立っていた。
利休がふしぎそうにつぶやいた。
「モブ男って、怒れるんだな」
五人がずかずか中に入っていくと、教員たちは戸惑ったような顔をした。
ホロは言った。
「どうも。文化祭実行委員です。金ください」
司校長が新垣にうながす。
新垣は不快げに黙っている。校長はしかたなく自分で言った。
「本校では、文化祭は行いません。五年前の反省から、六花高祭は停止しています」
「――なんの反省?」
校長はおまえの知ったことかとばかりに、口をつぐんだ。
ほかの教師が教えた。
「五年前の六花高祭で、ほかの学校の生徒と乱闘になったんだ。警察沙汰にもなって、以後自粛してるんだよ」
ブンブンが眉をひそめた。
「五年前でしょ。おれらその時、いねえだろ。なんで反省しなきゃいけねんだよ」
その教師も、ややまごつき、
「いろいろまわりに迷惑をかけたんだよ。市や消防に。――学校はね、地域の信頼を損ねては成り立たないんだ」
ブンブンは半笑いで仲間を見た。
「いやおかしくね?」
トロピカルも、
「なんか、修学旅行もそんなこと言って、なかったっスよね」
しかし、教師たちはそれ以上言えなかった。さりげなく自分のデスクに戻り始めていた。
「ちょっと、ちょっと」
ブンブンがデスクの引き出しをガンガン蹴った。
「自粛でしょ。強制されてないんでしょ。じゃ、再開しましょうよ。ふつうの学校はやるんでしょ。文化祭」
カオー秦前寺があごをつきあげ、甲高く言った。
「おまえらに文化祭なんかやる資格はないんだよ。文化祭ってのは、ふだんきちっと授業やクラブ活動に出てるやつが、一年の成果を見せるためにやるもんなんだ。実習もろくにしてなくてお祭りだけやろうなんて、ちゃんちゃらおかしいんだよ」
「しゃくれええ! てめーここにいると元気だなあ? たまには授業出ろや? おう」
ブンブン、とホロが止めた。
カオーが目を剥き、
「これだよ。この態度。こんなのが、なにが文化祭だ。またよその学校の連中につっかかって、暴れるんだろ。今度は体育館を燃やし尽くす気か? 次は校舎か? だから自粛なんだよ! みんなおまえたちが問題なんだ。おまえらが何もかも台無しにしてんだよ!」
「んだ、てめコラ――」
新垣が割って入った。
「秦前寺先生。悪い、悪いと言っていてもはじまらないでしょう。五十嵐もそんな態度じゃ、誰も説得されない。任せられるような態度をとりなさい」
五十嵐――ブンブンは少し面食らったようだった。ポケットに手をつっこみ、机から離れた。
新垣は言った。
「みなさん、彼らはチャレンジしたい、といってやってきているんです。チャンスを与えるのが、われわれの仕事でしょう。ここは学校なんだから。二日といわず、一日だけでも、小規模でも、やらせてみましょうよ」
ほかの教師たちは聞こえないふりをして、自分の机に移動していた。近い者は引き出しを開けたり、無意味に携帯を見ている。
「校長先生!」
校長もさりげなく校長室へ戻ろうとしていた。
新垣は声を高くした。
「先生が着任して五年。行事はほとんどなくなってしまいました。昔は水泳や剣道で全国大会に出られるような学校だったのに、事件が起きるたびに部を潰して、もうなんにもない。いつまでこのまま放っておく気なんですか。ここが朽ち果てるまでですか」
予算が、と校長はもぞもぞ言った。
「予算がないんですよ。文化祭用の予算は組まれてないんです」
「何もやらないなら、わたしは辞職しますよ!」
「!」
さすがに司校長もふりかえった。新垣は声をふるわせて言った。
「本気です。校長先生、おひとりで事務も教員のとりまとめも、就職の世話も何もかもやってください。明日から!」
「あの、禁止とは言ってないんですよ。検討中ということで――」
そそくさと校長室に逃げていった。
新垣はドアを睨んだまま立ち尽くした。田所、妹尾だけがそばにいた。
ホロが言った。
「じゃさ。六花高祭じゃなきゃいいか」
「?」
「部の活動発表会? 文化祭の部。それなら、部活動費出んでしょ?」
新垣が言った。
「そんな、タレント呼ぶほどは出ないよ」
「あとは自費でいいすよ。じゃ、いまから文化祭部を発足します」
妹尾は言った。
「おれが顧問をやる」
田所が言った。
「副顧問で」
新垣が言った。
「承認した」
その晩、鬼怒川沿いの夕飯には、あらたに《八頭身》妹尾が加わった。
テツとお市は三人の教師を歓迎した。五人でせわしなくカレー鍋をつついた。
新垣は碗を浮かせたまましゃべり続けている。ホロたちが文化祭を受け継いだことを話し、泣かんばかりだった。
「長嶺ミカナを呼ぶんだそうです。アイドルを自分たちで、あの学校に」
「ええ、大風呂敷広げたね」
お市は苦笑した。
「おれは、そのへんの女子高からお客呼べればいいかなーと思ったんだけど。どうすんだろ」
妹尾も笑い、
「まあ、最近のタレントはツイッターとかやってたりして、わりと敷居が低いみたいですよ」
「でも、校長の許可がいるっしょ。金も」
新垣は言った。
「ぼく、やらせてみようと思うんです。ほんとうに彼らが交渉するなら、金と校長の承認はぼくが頑張ります」
それよりも、と田所が食べものを飲み込み、
「テツさんたちには申し訳ないですが、お戻りいただくまでにもう少しだけ時間をいただくことになりそうです。なにしろ、われわれが校長側とまっこうから対立してしまいましたので、交渉が」
いやいや、と新垣が言った。
「あの校長は風向き次第でどうにでもなります。ぼくまた電話をかけて、ほかの先生たちと話します。まず味方を増やしましょう」
お市は感嘆した。
「なんだよ、がっきー。なんか頼もしく見える。モブ男じゃないみたい。ヒーローみたい」
笑っている新垣は火に照らされ、顔色がよく見えた。痩せてはいたが、皮膚にハリがあり、目に輝きがあった。
テツはカレー汁を掻きこむと、
「新垣先生。おれたちは学校には戻らない」
テツは言った。
「先生はもう立ち直った。もう絶望して干からびた半病人じゃない。おれたちはこれで仕事終わりです」
新垣がおどろき、テツを見た。
二週間前のいきさつが思い出された。何年も昔のことのように思われた。
「こ、こまりますよ、まだ――」
「ホロたちもついてきた。もうここは変わったよ」
「まだ無理です!」
新垣はうろたえて言った。
「まだ反対している教員は多いし、生徒たちも文化祭なんてはじめてなんです。これから困難があった時、ぼくたち三人じゃ支えきれない。――まだテツさんとお市さんが必要なんです」
妹尾も言った。
「ここでハシゴ外されては困りますよ。これからが本番じゃないですか」
田所も、
「あなた、若者ってのはすぐ飽きる生き物なんですよ。いまは勢いづいて、やる気でいっぱいでも、咽喉もと過ぎればなんとやらで、すぐ醒めて、ダレて、尻すぼんでしまうんです。こっからが勝負なんですよ」
「いや、そろそろ修行に戻らないと――」
テツの声が小さくなった。
「てっちゃんはさ、カッコよく別れたいんだよ」
お市が相棒の気持ちを見透かして言った。
「みんなが元気になってきたのに、いつまでもおせっかい焼いて、口出して、いやがられる引退おじさんになりたくないんだろ。惜しまれるうちに風の中に消え去りたいんだろ」
「おま――」
「おまえのそれはカッコつけだあー!」
そーだ、と妹尾もはやす。
テツは立ち上がり、ムキになって言った。
「カッコつけじゃないです! ああいう年代のガ、少年はなんでも自分でやってみたいもんなんです! 大人にあれこれ教えて欲しくない。自分でやって、できて、自分かっけえええってなりたいんです。もうわたしたちがでしゃばる段階じゃない。巣立ちの時です!」
しかし、その時土手の上から声がした。五人の人影が近づいてくる。ホロたちだった。
無理やり火の輪におさまると、ホロが言った。
「じつは、みんなにタレントを呼ぶって言っちまって、引っ込みがつかねえ。どうしよう?」