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やり返されたでござる

 翌日は気温が急激に下がった。

 夕方、学校から河原に帰りつくと、お市は、


「なんか、やべえ。悪寒がしてきた」

「飯食えるか?」

「やめとく」


 おざなりに勤行をすませ、ごそごそと寝袋に収まってしまった。


 この日は開かずの体育館の清掃で一日が暮れた。体育教師の去った後、体育館はソファや看板など生徒の持ち込むゴミが詰め込まれていた。


 テツと生徒がアリのように荷を運び出す間、お市は風の吹き込む放送室にいた。ノリのいい曲をかけ、曲が途切れると陽気にしゃべった。

 そこで冷えてしまったらしい。


「お市」


 テツは彼を起こし、熱い味噌汁を飲ませた。ショウガひとかけとネギを刻んだものをたっぷり入れてある。

 お市は碗をかかえ、目をとじて呻いた。


「辛いです。ショウガが凶器です」

「汗出すと早く治る」

「――あの窓ガラスさあ。問題だよ」


 お市は目をつむったまま、


「たぶん特製でお高いガラスなんだと思うんだけど、いくらなんでも入れないと冬授業できないよ。後ろの席の生徒、凍死するよ」

「肺炎にはなりそうだよな」


 テツも悲惨なプールと体育館を思った。

 職員室にぽつんとひとりいた新垣のことも思い出された。

 この日、教員たちは全員、登校すらしなかった。泣いたパグのような顔をした、じいやナイフ芳賀が全面ストを呼びかけたらしい。


(……我の戦いになってきちまったな)


 テツはお市に、湯たんぽをつくってやり、言った。


「明日も行くなら、音楽かけてる間は、ほかの部屋にいろよ」

「そうする。ほかも寒いけどね」


 お市が寝た後、テツは火を見つめながら考えた。





『六花高、ブサの介、ブサ太郎のみなさん。おっはようございまーす』

 

 声がかすれ、うなり声が入った。


『――失礼。ボーズDJ、セクシーボイスバージョン、お市です。本日十月四日は――? 機械科三年高木ソラ、建築科一年進藤ユウキのお誕生日だー。ハッピーバスデー、ソラ&ユウキ! 十八歳と十六歳。いいこといっぱいあるといいな! それでは今日は寒いのでこの曲から――』


 この日も風が冷たかった。

 テツは生徒らを廃棄物の前に集め、言った。


「要るものと要らないものに分ける。最初の基準は、壊れているか、いないかだ」


 場所を示し、ゴミの山をそれぞれ分ける作業をさせた。

 自分は掘り出したベニヤ板を抱え、木工実習室にこもる。それをのこ盤で一定の大きさに切っていった。

 生徒がのぞきに来た。


「何してんすか」

「窓」

「?」

「応急処置」


 ガラスのない窓枠に、ひとまずベニヤ板を置き、風を防ぐ。何もないよりはマシだ。

 ベニヤ板に木切れで簡単な取っ手をつけるだけ。それでも生徒は面白がり、匠だ、匠だ、とはやした。


 テツは彼らに出来たものを貼りに行かせ、何十枚もベニヤを切り分けていった。

 新垣も今日はジャージを着て、顔をのぞかせた。


「ぼくは何したらいいですか」

「仕分け」


 新垣に要るものを分けさせ、収納の指導をさせる。モブ男、と呼ばれながらも、新垣はいつのまにか生徒とともに荷物を持ち、片づけ作業に溶け込んでいた。


『ブサ紳士諸君。学校もだんだんキレイになってきたな。くさい空気が抜けて、すがすがしくなってきたよ。額縁がいいとね。中身も二割り増しで光って見えるものなんだぜ。ハイ、ここでリクエスト。募集してないのにリクエストきちゃったよ。しょうがねえな。情報科一年、山本蒼太のリクエストで、長嶺ミカナ『雷の一撃』』


 夕方、思わぬ差し入れがあった。

 警備員の老人が、あずき缶で作ったしるこを配ってくれた。


 全校の人数分で分けたため、湯のように薄くなっていたが、熱い甘味は疲れたからだに沁みた。

 生徒たちの顔もほぐれていた。

 テツは言った。


「よくやった。だいぶきれいになった。明日から、登校は八時でいい。これから三十分掃除を習慣にしていくぞ」

「テツさん、質問」

「はい」


 生徒がぼそりと聞いた。


「文化祭っていつなんスか」

「中間テストもあるし、その後だな。校長が戻ったら、話を詰める」


 この時には、生徒らもなんとなく文化祭の予定を受け入れていた。

 しかし、テツが校長と話を詰めることはなかった。


 この二十分後、校長より伝言にて、テツとお市は学外への退去を言い渡されたのである。





 校長の出勤は来週のはずだった。

 新垣はスト側との対決にそなえていた。視覚に訴える学校の改善ぶりは大きな有利に働くはずだった。

 ところがスト側は、校長にいち早く連絡をつけていた。おのおの抗議電話を入れ、


 ――早く帰って秩序を取り戻してくれ、


 連日、わめきたてていたのである。

 判決だけ先に言い渡された。


 新垣は何度も校長にリダイヤルした。なぜか携帯電話はつながらず、自宅の電話も夫人が出た。


『すみません。主人は疲れて早く寝ましたので』


 まだ夕の七時である。

 新垣は、直接自宅に赴いた。インターホンごしに訴えた。


「先生、ちょっとだけ学校を見てください。ちょっとだけでいいですよ。決めるのはそれからにしましょう。ね。車で行きますから、寒くないですよ。いっしょに、五分だけ」


 ドアは開かず、インターホンも答えなかった。小雨がまた降り出していた。





 お市の予定では、もう少し時間があるはずだった。


 お市とテツはスクールカウンセラーということになっているが、実際は『学校支援ボランティア』であり、職員ですらない。

 校長が出て行けというなら、出て行かざるを得なかった。

 

 それを見越して、お市は新垣に、スクールカウンセラーとして、県に推薦させていた。正確には資格が足りないのだが、『スクールカウンセラーに準ずる者と同等以上の知識及び経験を有する』にあたる、と県教委が判断すれば、審査が行われる。


 書類審査にさえ通れば、校長も簡単に放り出せなかった。

 採用されずとも時間は稼げる。その間に、話し合う余地があるはずだった。

 しかし、タイムアウトが先に来てしまった。

 

 お市はもくもくとおじやを口に運んでいる。

 テツも黙って飯を食っていた。おじやは熱かったが、腹があたたまらない。面白くない飯だった。

 お市がついに言った。


「兄弟子。こんな日は」

「――」

「飲みたいですね」

「金がありません」

「ありますよ。十万ちょっとありますよ」


 新垣が「布施」として、追加で十万包んでよこしていた。


「歴史を繰り返してはなりません」

「チェーン居酒屋でなら、ひとり五千円で」

「市安さん。――コンビニで焼酎買ってくるなら、いいんじゃないですか」


 おっしゃああ、とお市が立ち上がった。

 お市は鼻歌を歌いながら買い物に出て行った。その声がかすれてしゃがれていた。

 テツはオレンジ色の火を見ていた。いつのまにか箸が止まっていた。


(明日はゴミの仕分けと校庭の整備――)


 その予定がなくなったことを思い出す。

 知らず、悪ガキたちの顔が思い浮かんでいた。洟をすすり、薄いしるこを飲んで笑っていた少年の顔を思い、テツはいつしかまた、ぼんやり火を見ていた。




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