姫は前線に立つ
曇天。濁った雨がぽつりぽつりと降り出す。
そんな中、私は空を飛び回り、地を駆け抜ける。
私は数多いる仲間たちより、
機体の大きさが小さくて小回りが利く。
そしてその分、速度も仲間よりかなり速い。
その速度を活かして、
仲間が戦っている敵の背後に回り込んで、
身体の一部分にしがみつくと、
大きさはともかく人と同じ形をする敵のその腕を、
足を時には頭を私は力任せに引きちぎる。
ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。
仲間たちが敵と正面から戦って、
気をそらしてくれている間に、
私は止めを刺すべく戦場を駆け巡る。
残酷と言われても私は、
私たちは戦うために造り出された機械だ。
戦わないのであれば存在する意味などない。
代理戦争と呼ばれる戦争の中で、
日々繰り返される小規模な戦闘が終了して帰投する。
今回、仲間たちの一部は、
片腕や片脚を破損欠落したけれど、
撃墜はされていないのだから、
戦果としては上々だと思う。
私たちは人ではない。
血を流せば死んでしまう生き物でもないから、
破損程度は特に動じることでもない。
ドッグにいる時間が少し長くなると思う程度で、
あっという間に無くなった腕も脚も元通りになる。
私たちは人の形をした人ではない存在。
死ねばそれまでの人の代わりに造られ、
ただ敵を殲滅させるだけの存在。
人は仲間を含めた私たちのことを、
人型代理戦闘機械と呼ぶ。
◇◇◇◇◇
呼称がダサいというのはよく聞くけれど、
ダサくない呼称を私たちは知らないので、
何の問題もない。
そもそもが私たちは、
自身の呼称を誰かに伝える場もないので、
やっぱり何の問題もない。
私たちに性別の概念はない。
徹底的に解体してしまえば、
最終的にはネジ一つまでいくだろう私たちは、
それぞれに与えられた思考回路である、
魂と呼ぶもの以外は何も設定されていない。
仲間たちより、かなり小さいとはいえ、
人よりはやはり大きい戦闘機械である私は、
そして私よりずっと大きく頼りになる仲間たちは、
戦闘時は、それぞれが自律思考をして動く。
戦って勝つことが思考回路の大半を占めていて、
勝利に貢献するのなら自身の機体くらい、
投げ出しても構わない、
そんな私たちを、
残酷な殺戮機械だと呼称する人もいる。
確かに、その通りだと思う。
ただその呼称を耳にする度、
ほんの少しだけ不思議に思う。
私たちは人と人が争うのを避けるため、
人同士の大規模な戦争を避けるために戦っている。
戦うことが即ち存在意義、存在証明であるのは、
私たちは勿論、敵方の機械もそうであって、
私たちは人のような生命体ではなくても、
次もその次も、お互いに生きて帰りたいと足掻く。
私が私に与えられた、
仲間たちよりも遙かに強い握力で、
敵の腕をひきちぎり、頭をねじ切るのも、
その手段の一つに過ぎないし、
そこには何の思惑もない。
そもそも敵も味方も全て、
代理戦争で戦う機械たちは、
その中に人を搭乗させることはないし、
そういう機械たちが破壊されたところで
人が死ぬことも無い。
それでもこの状況を残酷だというのなら、
この世界に私たちを生み出し、
戦わせて戦わせて、撃墜されても、まだ戦わせる。
そんな一部の人たちの考えの方が残酷だろう。
だけど、私たちが文句を言える機会が来ることはない。
私たちは人との直接的な接触を許されていない。
私たちは戦うためだけに存在し、
戦うことで生き、
戦えなくなれば死ぬというより、消滅する。
そんな私たちは、やっぱり純粋な戦闘機械なのだろう。
自国の基地に帰投してメンテナンスをされている間、
機体の大きさがまるで違う私は、
他の仲間たちと離されて暇になる。
暇は嫌いだ。
暇なのは平和な証拠だからいいと聞くけれど、
それはきっと違うだろう。
平和は私たちがいない世界。
ひいては戦争のない状態だと私たちは知っている。
そう考えると、
今の暇は平和とはきっと一番程遠いだろう。
「何だよ姫、考え事か?」
「まあね」
同じく暇らしく、
共有している思考のネットワーク経由で話しかけてきた、
仲間たちの一人に苦笑いで返す。
◇◇◇◇◇
姫。
特に機体識別のための呼称もない私たちの中で、
唯一私だけに付いた呼称というか、
仲間たちが何時からか勝手に付けた愛称だ。
姫は姫でも人が読む本に書かれているという、
綺麗なドレスという衣服を着て、
お城という住宅に住む存在の方の姫ではなく、
私が仲間たちの中で一番小さいという意味で、
そう決めたからと仲間たちに言われた時は、
とても困惑したのを記憶している。
何で姫なのか。小さいという意味なら、
もっと、こう……良いのがあったんじゃないだろうか。
その辺は実は名付けられて結構時間が経った今でも、
まだ納得いってない部分もあるけれど、
仲間たちが私を姫と呼ぶことで、
何やら楽しそうにしているから、
まあ、うん?いいか。そう、思う。
「今回も姫は凄い働きっぷりだったな」
「そう?ただやることをやっただけだし。それに」
「ん?」
「みんなの働きがなかったら、私は何も出来ないんだよ。
だから、私がとても働いたと思うなら、
みんなはもっと働いた証拠ってことだよ。お疲れ様」
「お、おう」
「それじゃ、よく休んでね。私も次に備えて休むから」
「そ、そうだな、それじゃ姫、また後でな!」
「うん、またね」
当たり前のことを言っただけなのに、
何故、仲間が戸惑っていたのか、逆に戸惑う。
仲間なのによく解らんなあと思いながら、
私は少しの間、データーを整理する為に、
外部からの情報を遮断した。
◇◇◇◇◇
私たちがこの世界に必要とされる前。
何度も繰り返されるどうしようもない戦争と、
それによって起きた著しい人口低下に、
人はさすがに危機感を覚えた。
それでも、
人は平和を選び仲良く暮らすことはなく、
減ったら困る人を減っても困らない私たちに変えて、
戦争を続けている。
どこの国の物でもない、
人にここから先は入ってはいけない場所だと示す低い塀以外、
何の遮蔽物もない開けた空間、
呼称:戦闘区域で私たちは戦う。
戦うその瞬間まで、どんな相手と戦うのか、
私たちは知らされることは無い。
そして始まって時間を経た今、
直接、戦争に関わっているそれぞれの国の上層部以外の、
ごくごく普通の人たちの中で、この代理戦争という戦争は、
まるで有名ではないスポーツの、
その試合結果のような位置づけになっていて、
勝敗は新聞のごく狭いスペースに載るくらいで、
話題性としては多分、
今日と明日の天気よりも劣るかもしれない。
多分、それは敵味方を含め数多の機体が戦って、
何回も勝敗をつけても、
ぱっと見にはどこの国にも特に何も変化がないせいだろう。
人というのは日常的な刺激、
特に自分に火の粉が降りかからない出来事に、
注視したりはしないから。
ただ、私たち戦闘機械は敵も味方も全てが知っている。
この代理戦争で勝った側には特に何もないけれど、
負けた側は宣戦布告をした際に宣言した数の自国民を減らすことを。
勿論、人口減少が元の代理戦争だから、命を奪う訳ではない。
まるで賭け事で負けて、その分の金額を回収されるように、
国から国の外、今現存する国と国との境にある、
以前は広大な国だった場所に追放されて、二度と祖国には戻れない。
◇◇◇◇◇
無作為に選ばれた何の咎もない、
ごく普通の、それも世界各国の人たちが暮らす場所。
そこは私たちの戦闘区域をぐるりと囲むように、
いや、私たちの戦闘区域がその中央にある。
そして追放された人たちには、
祖国にいた時のような生活は保障されない。
元は国だった場所だから、
選り好みさえしなければ住居は何とかなるとしても、
生きていくのに必要な最低限の衣食すら、
確保するのは難しい。
結果、略奪目的の殺人やら何やかんやが常にあって、
人の命がとても軽く扱われている。
そんな不法地帯になった場所を、
真実を知らない幸せな人たちは、
単に後ろ暗い者たちが住む危険な、
視界に入れることすら不快な場所だと思っているようだ。
けれど私は、
その場所の中央にある戦闘区域で戦い、
勝って帰投する直前。
撃墜した敵の残骸や仲間が落とした脚や腕を、
拾いに来る、その場所で暮らす人たちを見るのが好きだ。
私に命は無いけれど、
その人たちの姿は国で生活する人の誰より、
生命力に満ち満ちているという気がする。
闇ルートで売りさばかれているというそれを、
何に使っているのかまでは私たちは知りようがない。
けれども戦うしか利用価値のないはずの私たちが、
それ以外でも人の役に立てているのであれば、少し嬉しい。
当然、国に住む人はそれを快く思ってはいない。
ただ何時かは自身も売り捌かれる運命になるだろう、
私たちは別に何とも思わない。
どうせ撃墜、破壊されたら、
その時点で私たちは単なる鉄屑になるのだから。
◇◇◇◇◇
短い、人でいえば睡眠のような時間を終えて、
私は外部からの情報を再び取り入れるために目を覚ます。
仲間たちは既に次の戦闘の準備を始めているようで、
私たちの間ではのんびり寝ていたとされる私に、
あ、ねぼすけ姫が起きたぞと全員がそれぞれ笑いながら言う。
「みんな揃いも揃ってうるさいな!ったく、おはよう!」
本当は別に怒っていないけれど、そう返して、
私も戦闘の準備を始める。
準備といっても、
機体のメンテナンスは私自身がする訳ではないし、
武器を扱う仲間たちと違って、
素手で戦う私は装備の準備は必要ない。
この国の機体全てを管理している、
人工知能と戦闘に必要なデータのやり取りをする。
それだけだ。
こうしていて思うに、
敵に引っ付いて腕やら頭やらをちぎる私が、
姫とかいう呼称なのはやっぱりどうなのだろう。
私は機体自体は小さいけれど女性ではないし。
まあ、男性でもないけれど。
姫……姫なあ。
ぶつくさ呟きながらも、
自らの無い感性を何とか絞って考えても、
今日からはこう呼んで欲しい!ってか、呼べ!と、
強く言える愛称を思い付かずに諦める。
でも何時かは、必ず。
そう固く心に誓って、
私は仲間たちと再び戦闘区域へ戦場へと向かった。
◇◇◇◇◇
ここのところずっと雨が続いている。
戦闘に支障が出ることはないけれど、
機体を容赦なく濡らすそれは私たちを少し重い気分にさせる。
それでも、
私たちが代理として戦う前から始まっていた戦争は終わらないし、
終わらない以上、こうして戦場に立ち、
向かってくる敵がいるのなら倒す以外に他はない。
「挟みこむ気だ、おい、全員馬鹿正直に挟み込まれるなよ!」
仲間の中のリーダー格の機体が、
どこか楽し気にそういうのに従って、
それぞれが散開する。
私も機体の小ささを活かして挟みこもうとする、
敵の間を潜り抜けて戦場を駆けて、飛ぶ。
そしてそんな私を追おうとする敵の前に、
仲間の機体が滑り込むように立ちふさがって攻撃を仕掛ける。
それを視認して私は機体を翻して仲間が攻撃を仕掛けて、
交戦している敵の背後に回り込んで、
その機体にとって、
一番致命傷になりそうな部位を素手で破壊する。
「姫、後ろ二機来てる!気を付けろ!」
やはり仲間の一機にそう言われて、
とりあえず前進して距離を取ったところで振り向いて相対する。
私は機体が小さく武器を持たない。
つまりは美味しい的に見えるらしく、
こうして狙われることは多い。
姫だから仕方ない。
仲間たちはそう言ってよくネタにしてくれるけれど、
何が姫だからなのか、私にはさっぱり理解が出来ないし、
大体、あんまり嬉しくない。
……それはさておき。
幾ら腕や脚を引きちぎれる手があるとしても、
私は正面きった戦闘は得意ではない。
というより、正直、苦手だ。
武器を持てたらと考えたこともあったのを思い出しながら、
前後一機ずつで挟みこもうとしてくる敵の、
その仲間同様大きな機体の隙間をぬって飛び回る。
仲間たちが来るのを待つために。
そうそう、武器を持てたらと考えた結果は、
最終的に武器は要らないという結論に落ち着いた。
私の最大の攻撃手段といえばこの手で、
敵に止めを刺す時に武器を持っていたら邪魔だろうし、
背面に装着する手も考えたけれど、
一々抜いたりしまったりする手間とタイムロスを考えたら、
ないなと思う。
それで武器を持って止めを刺す状況になったら、
その武器を投げ捨てたらいいかまで考えて、
いやいやいやと思いとどまった。
どういう状況であれ、敵が一機ならそれでもいい。
だけど、私たちは現在もそうであるように、
大体が複数と戦うから、使って投げ捨て使って投げ捨て、
そんな風にしたらキリが無い。
まれに三桁になる時もある複数相手でも大丈夫なように、
どんなタイプのものであれ背中に複数武器を装着したら、
小さな私は素早さという特色を活かせなくなるし、
そもそもが格好良くない。
何その背中からいっぱい生えてるの、だっさ。
私自身でもそう思うのだから、
別の、仲間たちや敵から見たら尚のことだろう。
戦うための機械でしかない私たちに美醜は必要ないとしても、
敵からプークスクスされるのは嫌だ。
だから、私は今のままでいいのだと思ったのだった。
◇◇◇◇◇
で。敵に悪態を吐かれながらもあっちにこっちにと、
素早さを活かして飛び回り、時には地上を駆け抜けて、
仲間たちが来てくれたのと同時に何時も通りに敵の背後に回って、
まずは武器を持つその腕を引きちぎり、
次に人と同じように、なければ機械としての意味を失う、
頭部を力に任せて破壊する。
私と仲間たちは戦場に出てから今まで、
多少の撃墜はあったものの、
戦果としては勝ち続きだから、
私が実はこういう役割であることを、
知っている敵国は今のところないようだ。
何故なら私たちの戦争において、
勝ちの定義は敵を一機残らず撃墜することで、
負けの定義は相手から全てを破壊しつくされることで、
つまり負けた方はデータを持ち帰れる機会がない。
勿論、私たちの戦闘を、
事前に観測している国もあるのだろうし、
そういう感じで対策を練って来るところもあるけれど、
それでも私たちは向かってくる敵を全て倒してきた。
それは事前に作戦を練っている、
私たちの国の人工知能の性能かもしれない。
仲間たちの腕の差かもしれない。
そこは断言できない。
それでも私たちは負ける日が来るまで戦うだけで。
「おーい、姫、無事か?どうした?」
全てが鉄屑と化した敵が転がる戦闘区域で、
仲間たちに心配そうに声をかけられて、
何でもないと私は笑う。
帰投を告げるリーダー格の仲間の声に応えて、
戦闘区域を離脱するために地上から飛び立つ。
そして視界のすみに敵だったものを回収するべく、
戦闘区域に争うように流れ込んできた人たちを認める。
今日の敵は数が多かったから、
きっと多くの人たちの生活の足しになるだろう。
負けられないとは思うけれど、
きっと、私たちも運が悪ければ明日にでも鉄屑になる。
今回はそれが敵の方だった、それだけだから、
敵を倒すこと程度では私の、私たちの心は痛まない。
私たち戦闘機械はいずれは全て鉄屑になるのだから。
「いや、今回はねちっこい敵だったなあ」
「本当にな。全くちょこまかちょこまか背後に回ってな」
帰投する途中、空を飛行しながら、
そう仲間たちが愚痴るのに、他の仲間たちと一緒に笑う。
◇◇◇◇◇
「そういえば、姫」
「ん?」
「今日はモテモテだったな」
「は?」
「敵さんにさ。あっちからこっちから飛んでいくし、
俺が戦ってたヤツまで姫の所に行こうとしたから、
お前もか!って戦いながら思わず突っ込んだんだけど。
あれだよな、姫はやっぱり見掛け倒しの逆だよなー」
「見掛け倒しの逆?」
「そうそう。ええっと、
何て言うんだろうな……俺には解らないけど。
姫の本来の性能を知らないって怖いよなって話」
「うーん……まあ、私は機体が小さいし。
良くは知らないけど、他のところの機体には、
私よりやや大きい位の機体で、
前線と離れた場所でデータを採取したり、
簡単な緊急修理をするのもいるって聞くし。
まあ、モテモテなのは仕方がないかな」
「お、姫自らモテるのを認めるとか、明日は榴弾でも降るんじゃね?」
「そうだね、降るかもしれないよ、ってか、
モテないからって私のこと羨ましがってる暇があったら、
速度を上げて。無駄話なら帰投してから幾らでも付き合うから」
「お、マジか。みんな、スピードアップだ」
リーダー格の機体まで私の提案に乗って速度を上げる。
その事実に笑っていいんだか何だか。
微妙な気持ちになりながら、
とりあえず言い出しておいて置いてけぼりにされるのは嫌なので、
私も飛行中の機体の速度を限界近くまで上げた。
繰り返すけれど戦闘機械は性別というものを持たない。
声を出すために人工音声を使うから、
人にはどちらかの性別に見られることはあるし、
話す際には便宜上どちらかの性別に寄せた一人称を使うけれど、
それでも、やはり性別というものを持たない。
だから、人が恋愛と呼ぶ感情を持つことは無い。
勿論、仲間たちの間の絆という意味での友愛はあるとしても。
それなのに、
私はその日、帰投してから次の日の夜が明けるまで、
仲間たちのそれぞれの、モテるかモテないかモテるにはの、
かなりはっきり言ってどうでもいい無駄話に付き合わされ、
付き合うからと自分で言ったことを心底後悔した。
◇◇◇◇◇
雨はまだ降り続く。
ぬかるんだ泥を浴びるようにして、
その日も私と仲間たちは戦っていた。
敵はどこの国だったか。それは残念ながら記憶にない。
ただ今まで戦ったどの相手よりも強く、
私たちは苦戦を強いられていた。
移動をする度に飛沫のように視界にも飛び散る泥に、
うんざりする暇も与えられず、
私は仲間たちの協力下でもなかなか思った戦果を上げられずに、
焦っていた。
ただそれは向こうも同じで、
戦力は同等か少し上であっても、
私も含めて機動力では上回る仲間たちに致命的な一撃を与えられずに、
イライラしていたんじゃないかと想像する。
攻撃をかわして逃げ回る私に敵が悪態を吐いた。
「お前、ちょこまかちょこまか逃げるんじゃねぇよ!」
「逃げるに決まってんだろ!」
敵の言葉に思わず普段の仲間たちへの口調を崩して返す。
倒されれば鉄屑になるだけとはいえ、
素直にそうなる気はないし、
その先に人の命運がかかってると知っている以上、
尚更、はいそうですかとはいかない。
お互いに速度を限界値まで上げて、
地上でイニシアティブを握るために追い追われする。
今回は強さも強さだけれど、
数も多いと言われる私たちと同程度いて、
私のために助けに来てくれる余裕のある仲間もいなくて、
私は私を、ひいては私が倒れることで、
仲間たちが不利になることのないように相対していた。
私が空に逃げれば敵も追ってきて、
相手が地上に下りれば、私はその頭を引きちぎろうと、
その頭上に降下する。
どれくらい、
そんな鬼ごっこのような状況を展開していただろう。
ああ、もう面倒くせぇと、敵が武器を投げ捨てて、
ちょこまかと逃げる私をその大きな手でつかもうとして、
そして、その瞬間が来た。
閃光が視界を覆って、何も見えなくなった。
そして機体を振動させるほどの衝撃。
一体、何が起きているのか。
私は敵に捕まり倒されたのかと思ったけれど、
そうであるなら来るはずの鉄屑になるだろう瞬間が、
何時まで経っても起きずに内心で首を傾げる。
雷にでも撃たれたかと思っても、
私たち戦闘機械の機体は落雷では何ともならない。
何だろうと思っているうちに徐々に視界が元に戻る。
するとそこに広がっていたのは、
特に変わり映えの無い戦場で。
ただ何も見えなくなる前と違っていたのは、
私と戦っていたはずの敵まで立ち尽くしていたことだった。
まるで私同様に呆然とするように立ち尽くしているので、
思わず声をかけた。
◇◇◇◇◇
「……どうした?何があった?」
「知らねぇよ!ってか、そっちこそ何かしたんじゃねぇのか!」
「する訳がないだろ!」
閃光弾を使われたのかと考えるも、
人たちが戦う時に使うならともかく、
所属する国によって多少違いはあれ、
センサーでも標的を捉えている、
私たち戦闘機械に視界阻害は効かない。
そして振動。あれは一体何だったのだろう。
すっかりお互いに戦意をなくした私たちの元に、
同じく戦意をなくしたらしい仲間たちと敵が、
何だどうした何があったと集まってきて賑やかになる。
戸惑う敵味方入り混じった戦闘機械の集団に、
それぞれのリーダー格の機体が落ち着けと声をかけて、
情報を仕入れるためにそれぞれの国に通信を入れて、
そしてそれぞれのリーダーは信じられないといった風に、
同じ言葉を言った。
「世界中の人が全て死んだらしい」
……え?死んだ?
誰が?世界中の人が全て?
どうして?
疑問符だらけの思考を落ち着かせようとして、出来ない。
それは仲間たちも敵も同じで、
しばらくはざわついていたけれど、
ここで事の真偽を話していても仕方がないから、
とりあえず今日はお互いに退こうと決めて、
私も仲間たちと一緒に限界速度で帰投した。
◇◇◇◇◇
私たちが普段格納されている基地は、
普段と何ら変わることなく私たちを迎えてくれた。
私たちの整備をするのは人ではないし、
私たちと直接かかわるのも人ではない。
「お帰りなさい」
そう言って私たちを何時ものように迎えてくれた人工知能に、
リーダ格の仲間が戦闘区域で聞いた話の真偽を問いただすと、
特に大した問題でもないように人工知能はそうだと返した。
「私はあなたたちの状態の管理と戦略を練るための存在なので、
どうしてかは判断しかねますが。中央からの情報では、そうだとしか。
しかし……どうしましょうか。人が全て死んでしまったのであれば、
私たちの存在理由は無くなってしまったことになりますね」
人工知能の言葉にリーダー格の仲間は言葉を返すことが出来なかった。
それは人工知能の話し方が他人事すぎたから、という訳じゃなく、
人がひいては存在理由が消失したからに他ならないだろう。
◇◇◇◇◇
「これからどうしたら……」
しばらくして誰からか出た呟きに、
私はこのままではいけないと思った。
私たちは機械だ。けれどこうして魂という自我を持つ。
存在意義が消失してしまったら、
存在理由を見失ってしまったら、どうなってしまうのか。
魂が壊れるのか、それとも。
とりあえずこうして基地で何もしないでいても、
状況は何も変わらないだろう。
「どうせやることがないのなら、
生きている人がいないかどうか、確認しに行こう。
この国に生きている人がいなかったとしても、
もしかしたら、どこかでは奇跡的に生きている人がいるかもしれないよ」
淡い願望でしかない言葉を発した私に、
そうだな!姫がそう言うなら
行こうと答えてくれて、
それならと同じ機械である整備士たちにこういう風にして欲しいと、
注文し始めた仲間たちに良かったと思う。
勿論、私たちの上にいて真実しか見ていない、
中央の人工知能が言ったことは嘘じゃない。
それは私も、仲間たちも知っている。
それでもフリだけでも希望を持って世界を回れば、
その間だけでも魂が壊れるのを防げるだろう。
それから。
私たちは基地と目的地を行ったり来たりしながら、
自国内を含めて世界を巡り始めた。
◇◇◇◇◇
もはや止むことを忘れたように、
それでも霧のように静かに降る雨の中。
私たちは今、
この人とは違う大きさの機体で巡ることが出来る、
最後の国に来ている。
ここに来るまでに生きている人は勿論のこと、
それまで生きていただろう生き物も見ることはなかった。
そしてそうしている間に草木も徐々に枯れ、
地上から人が造り残した建造物以外の彩りは消えた。
今、世界はとても静かだ。
私たちが飛行時に立てる音、
他には時々思い出したように吹き渡る風の音しかしない。
「なあ、姫」
「何?」
「本当に誰もいなかったな」
「……うん」
事実は残酷だ。
目を背けようとしても、
実際に背けても、いずれは受け入れるしかない。
この世界から機械以外の生命体は消えた。
それがどういう原因だったのか、
それは世界を回り、
似たように生き残った人を探す、
様々な国の戦闘機械たちに訊いても、
判明しなかった。
私たち戦闘機械の視界を遮るような眩しさと、
少しの衝撃ではぐらつくことのない機体を揺らした振動、
それだけは共通していたけれど、それだけだ。
悲しい、寂しい、そう初めて思う。
私たちは人を守るために存在するのに、
その守るべき人がどこにもいない。
一人でも生きている人がいたならば、
その人がどこのどんな人であれ、
私たちはその人を守るためという名目で、
以前のように戦闘区域で戦い、
そして鉄屑となれたかもしれないのに。
自分たちが、
鉄屑としてこの救いのない世界から逃げる手段として、
使わないでくれとその人には言われそうだけれど、
仕方がない。
私たちはどう足掻いても戦闘機械で、
戦闘の中で生き、死ぬことが至上なのだから。
◇◇◇◇◇
「どうしようか……これから」
世界を巡ることを言いだした本人が言うべきではない、
そんな呟きをもらしてしまった私に、
リーダー格である仲間が言う。
「今後、何をするかは後でゆっくり考えよう、姫。
とりあえず俺たちの居場所へ帰ろう。
生きている人が見付からなかったのは悲しいが、
俺たちはこうして存在しているし、
こうなった今は時間も幾らだってある。
皆で考えれば何かいい案が浮かぶかもしれない」
「……うん」
返事を返した私に、
仲間たちが元気を出せと笑う。
今はその優しさが素直に嬉しくて、
ありがとうと感謝の言葉を口にすると、
リーダーを含めた仲間たちが口々に、
いやいや、こちらこそと返してくるのに笑う。
戦闘がなければ魂が壊れてしまうかと思ったけれど、
こうして現実を思い知っても、
それでも楽しそうな仲間たちの姿を見ていると、
もしかしたら、
違う生き死にの仕方もあるのかもと思えてくるから不思議だ。
「あ、そうだ」
そうそうと心にふと浮かんだ考えを私は口にする。
「帰る途中に戦闘区域に寄ってみてもいいかな?」
◇◇◇◇◇
戦闘機械は本能で戦争を求める。
つまりは今得られないそれを求めて、
他の国の機体が一機でもいたら、と思った。
一機だけの機体に会って、
戦争をするのかと言われたら、
困ってしまうけれど、
人というリミッターが消え去った今、
親友とまではいかないまでも、
知人程度には仲良く出来るような気がした。
そして私の提案に乗ってくれた仲間たちと一緒に、
懐かしいというにはまだ日が浅い、その場所に降り立つ。
するとそこには一機どころじゃない、
数えるのも面倒臭いレベルの機体が集まっていて、
私たちは単純に驚きで声を失う。
様々な形の、それでもそのどれもが、
戦闘をすることにしか向いていない機体たちは、
現存する国の全てから集まってきているようだった。
私たちが世界中を巡る途中、
同じ目的で行動中だったところに遭遇して、
情報交換とお互いの無事をらしくなく口にした、
機体たちもいれば、
以前戦って私たちが倒した国が、
新しく造っていたのだろう、
見慣れない機体たちも結構いる。
小柄な私以外、どれも大きな機体たちが、
戦闘区域に所狭しと集まっている中、
私たちのリーダー格の仲間がどういうことだと問うと、
何もかもが入り乱れた集団の中心で統率をとっていた、
どの機体よりも大きな機体が穏やかな声で言った。
戦いに来たのだと。
◇◇◇◇◇
戦い。
その言葉に私の魂がふるえる。
私は、私たちはまた戦えるのか。
戦い、そして戦闘機械らしく死ねるのか。
統率をとっていた機体の話の内容はこうだった。
私たちは戦闘機械だ。
元は人の代理として生まれ戦っていたけれど、
人が全ていなくなった今、
私たちは人の代理ではなくても、
戦って死にたいという本能が残っている。
それでも私たちは戦わなくても、
魂からか機体からかの違いはあったとしても、
いずれは朽ちていくのだろう。
でも、そうして虚しく朽ちていくのは本望じゃない。
人の代理として戦っていた時のように戦い、
そして戦闘機械らしく鉄屑に成り果てたい。
これからも潰し、潰される、そんな戦争をしよう。
その言葉に、
その場に集まった全ての戦闘機械たちが声を上げる。
賛成だと。戦おうと。
仲間を含めた機体たちの声で、
戦闘区域が振動しているような錯覚を覚えながら、
私は興奮の中、一つだけ引っ掛かりを感じた。
戦うことには全面的に賛成だ。異論なんてない。
ただ……。
それぞれの国の機体のリーダー格たちが、
戦争をするための色々な話をつめていくのを、
そんなことを考えながら眺めていると、
仲間にどうした?と心配されて、何でもないよと返す。
「また戦えるんだなって思ったら、嬉しくて」
「そうだよな。俺たちの最後はやっぱり、
人型のまま格納庫で朽ちるんじゃなくて、
戦って鉄屑になってこそ、だよな」
「うん、そうだね」
「そういや、聞いたか?連中の中には、
姫と戦って倒されたいって奴が多いみたいだぞ」
「え?えぇ……」
「何だよ姫。モテモテなんだから喜べよ」
「モテモテとか言われても……だけど、
まあ、ご指名は嫌じゃないかな。戦闘機械としては名誉だ」
「だよなー。あー、俺も名指して一騎打ちとか挑まれてみてぇ」
「それなら、これからでも撃墜数を稼がないとね」
「そうするかー。姫、見てろよ?俺の格好いい武器さばきと立ち回り」
「うん、楽しみにしてるよ」
仲間の話に私は感じていた引っ掛かりを飲み込んで、笑う。
そして、
私たちのリーダー格である機体が話が終了したから、
帰投しようと声をかけてくるまで、
私は話していた仲間と共に、
あ、これが噂の姫かと、
わらわらと集まってきた見知らぬ機体たちから、
色々と話しかけられて、それに答えるのに忙しかった。
◇◇◇◇◇
あの日から雨は降っていない。
そして私と仲間たちは、
戦場である戦闘区域を日々跳躍、飛行し、
敵の攻撃をかわすために駆け抜け、そして攻撃に転じる。
そんな戦闘機械としては幸せな日々を送っている。
私たちを管理する人工知能は私たちの決定を、
どこか知っていたように受け入れた。
私たちがそうであるように、人工知能にも存在意義がある。
そこら辺は大丈夫なのかと私が訊ねると、
大丈夫だと人工知能は何でもない風に笑った。
「私の存在意義はあなたたちのサポートですから。
あなたたちの最後の一機が鉄屑になるまで、
私はあなたたちのサポートをするだけです」
「その最後の一機が鉄屑になった後は?」
「私と中央はあなたたちと違って、
自分で機能停止させることが出来るので、
心配は無用ですよ、姫」
「……あなたまで私を姫って言うのか」
「ああ、これは失礼。人がいなくなって、
あなたたちは私の目が届く範囲外で楽しそうにしてたので、
ちょっとした嫌がらせです、姫。それに」
「それに?」
「人がいなくなったので、
少しぐらい砕けてもいいかと思ったので。
つまりは私のちょっとしたお茶目です。
それと、中央は私よりずっと前からあなたのことを、
姫呼ばわりしていますよ。
中央自身からは、
あなたには言わないでくれと言ったじゃないかと、
今現在も抗議をされていますが、まあ、そんな感じで」
「えぇ……」
とにかく気にしないで存分に戦っていいと言われて、
ありがとうと返した。
それから人工知能は言葉通り、
私たちをかつてのようにサポートをしてくれている。
エネルギーは元々、永久に供給されるものがあるし、
整備士たちも変わらずに働いてくれていて、
人という守るべき存在がいなくなった分、
逆に戦争という行為だけに専念出来て、
私と仲間たちは乾いていた魂が潤っていくのを感じた。
生きている人を探して世界を飛び回っていた最中には、
私たちで人のような生活を模倣して、
機能が停止するまで暮らしていくのもいいかと思った。
でも、私は今、それを否定する。
やっぱり私は戦闘機械なのだ。
◇◇◇◇◇
雨が降り続けていた時とは一転、
乾ききった地上を滑るように駆けて、
敵の捕捉圏外へと出た瞬間、
反転して頭上を狙うように飛ぶ。
そして敵が私に武器を使おうとした、
その隙を突いて私は両腕を全力を込めて振り下ろす。
鈍い音を背後に私は倒れていく敵から離脱して、
他の仲間たちが苦戦している敵に向かっていく。
「悪い、遅くなった。大丈夫?」
「お、姫か!悪い。手間取ってなあ」
「そうか、間に合って良かった」
あれから私は強くなった。
いや、正確には数値的には何ら変化はないけれど、
戦い方を変えた。
私は一人でもそこそこ戦えるようになった。
この果てのない戦争で、
私が荷物になって仲間が消えていくのは嫌だったから。
相変わらず私は小さく、武器を持たない。
それでも私にはこうして敵を倒せる、圧倒的な力がある。
そしてパーツを拾いに来る人がいない今、
敵をパーツが売れるように少し計算して倒す必要もなくて、
私は敵を自分たちもいずれはそうなりたいと渇望する、
単なる鉄屑へと徹底的に破壊する。
そんな私を見た仲間たちは最初、
姫が乱心したと言って好きに騒いでいた。
今はどうなのかは知らない。
私が眠っている間に、
私のことを色々言っているのは知っている。
ただ、誰が姫のナイトになるのかとか、
実際、姫の一番お気に入りは誰なのかとか、
聞きたくもない話題で楽しくわいわいやっているなんて、
そんなことは知らないし、知りたくもなかった。
そもそも私の姫はその姫ではなかったはずで、
私はそういうことに興味は無いし、
大体、何度も繰り返すけれど私たち戦闘機械に性別などない。
もういっそ一人称を、
俺とか拙者とかに変えてやろうかと思いながら、
空中、敵が私を捕まえようとして開いた手のひらを踏み台にして、
私は更に上空に飛び上がる。
◇◇◇◇◇
それを追ってくる敵の頭上に急降下したれど、
回避されて、舌打ちをする。
そしてくるくるともつれるように落下しながら、
武器を奪っては投げ捨て、
片腕を引きちぎり、
そこで蹴られそうになって、
後ろに飛び退る。
そこでどうしようと考えて、地上に着地する寸前。
私を残った腕で追う敵の、
その背後から胴体の中央、頭ほどではないにしても、
致命的な場所を貫通するように、
全力で拳を突き出して引き抜く。
何が起こったのか瞬間理解出来なかった敵が、
地面に不自然な格好で着地して倒れた、
その頭に止めとばかりに更に一撃を加えて、
完全に機能を停止するのを確認する。
鉄屑と化したこの敵は、
こうして接敵する前、戦闘区域に来た時は、
集まったあの日にファンになったのだと言って、
私に握手を求めてきた変わった機体だった。
人がいなくなり抑制がなくなった私たち、
戦闘機械の戦い方はガラリと変わった。
戦い方というよりは行動だけれど、
この戦闘区域に来た時は敵であれ仲間であれ、
満足するまで和やかに話したり、
時には相手の国で人がやっていたというスポーツを、
摸倣して楽しんだりして、
それから戦うようになった。
けれど、
それまでどんなに仲良く和やかに過ごしても、
戦争が始まれば私たちは一切の手抜きなく全力で戦う。
それが私たち純粋な戦闘機械の生き方だし、
誇りでもあるから。
全力で戦って勝てば生き残るし、
負ければ鉄屑になってお終い。
ただそれだけで、そこに怨嗟の声はない。
◇◇◇◇◇
敵が全て沈黙し、
一機残らず鉄屑と化したのを確認して、
私は立ち止まる。
今回の戦争で私の仲間たちも数機、
鉄屑となってしまったけれど、
羨ましいと思いはしても悲しみは感じない。
そして。
前に引っ掛かりを感じたことは今、
私の中で確信に変わっていた。
それでもそれを口にしたら、
まだ気付いていない仲間たちも、
気付いてしまうだろうから、
まだ心にしまっておくことにする。
「おーい、姫!帰るぞー」
「あ、うん。今行くよ」
まるで人のようにブンブンと手を振る仲間に、
私は素直についていく。そして、
そこで待っていてくれた生き残った仲間たちに、
声をかける。
「みんなお疲れ様」
姫もな!とそれぞれから言われるのに、
私はそうでもないよと返して笑う。
「ほらほら、慰労会するなら帰ってから!置いていくよ」
「それもそうだな、ほら、お前ら帰るぞ、姫に続け」
今度は、リーダー格の仲間がそう言って、
先に飛び立った私の後について飛ぶ。
帰投する、その途中ずっと、
私は確信に変わったことをずっとずっと考えていた。
◇◇◇◇◇
その日は本当に久しぶりに雨が降った。
それは酷く土砂降りで、
天気が雨というものもあったのだと思い出して、
慌てて降らせたようだと、
仲間たちと笑ったのを憶えている。
私たち戦闘機械に天候は特に影響はもたらさない。
雪であれ酷暑であれ嵐であれ、
戦えなければ、それは戦闘機械ではない。
ただセンサーがあるから問題ないとはいえ、
通常の視野を遮るような激しい雨は少し苦手だ。
それでも、
戦わないという選択肢は既に無く、私たちは何時も通り、
遮蔽物と化した数多の鉄屑が散乱する戦闘区域に降り立った。
私を含めて残った仲間たちはもう少なく、
リーダー格だった機体もほんの少し前に鉄屑になった。
リーダー格を失ってさすがに動揺する仲間たちに、
私は自ら自分がリーダを継ぐと言った。
自分でもらしくないと思ったけれど、
仲間たちにとっては私がそう見えているらしい、
慕われている姫であるように振舞うことで、
動揺が抑えられるなら
まあいいかと、うっかり思ってしまった。
「さーて、頑張って勝って、今日こそは姫に褒めてもらうぞ」
「え?勝ったら、褒めないといけないの?私が?」
「だって、姫はリーダだろ?」
「褒めて育てないと部下は伸びませんぞ?姫」
「ええ、待ってよ、なにそれ」
うんざりといった口調で返した私に、
残った仲間たちの中でも饒舌な三機が笑いながら言う。
そんな彼らは置かれている状況の把握にも長けていて、
前に私が確信して、
確信したがゆえに口にしなかったことにも気付いていて、
それでも明るく振舞っていた。
私たちがこうして少数になったのと同じで、
敵も最早、数えられる程度しかいない。
他は私たちのリーダだった機体同様、
この戦闘区域のどこかに鉄屑として、
あるいは遮蔽物のように積み重なっている。
あまりにも少数なので、
交換する情報も交流を図る意味もないので、
降り立ってすぐに散開して、戦闘を開始する。
戦争と呼ぶにはあまりにも小さい、
けれども、単なる争いと呼ぶには相応しくない、
人の代理に戦うためだけに生まれた人型戦闘機械たちの、
戦闘機械らしい最後を求めるための戦争が始まった。
◇◇◇◇◇
雨は止む気配を見せない。
私と仲間たちは苦戦を強いられていた。
勿論、私と仲間たちが弱い訳ではない。
例え、戦闘機体の理想的な最後が鉄屑とはいえ、
何もしないで敵にやられるのは、本望ではない。
それに全力で挑み、最後の瞬間まで足掻かなければ、
倒し倒される、そのどちら側であっても、
相手の機体に失礼だろう。
私は仲間たちが少しでも戦いやすいように、
敵を引き連れて空を飛ぶ。
その間、勿論敵は武器を使ってくるけれど、
速度が出る私にとって回避は容易だ。
そして空中から仲間が一機、
鉄屑になったのを見届けながら、
敵を引き連れたまま地面に降り立つ。
片腕を奪われたなら、もう片方の腕で、
片脚を斬り落とされたなら、落とされていない片脚で、
敵も仲間たちも激しく戦っている。
私が記憶するに代理戦争に参戦してから今までで、
一番激しい戦争だった。
「姫、ごめん」
「姫、本当にごめんな」
「本当は姫が鉄屑に変わるまで見届けるって、
先にいった仲間たちと約束したんだが。
姫、残していく俺たちを許してくれなくていい。
ただ、自棄にだけはなるなよ。犬死には格好悪いし、
俺たち自慢の姫に相応しくない最後だからな。じゃあな、姫」
立て続けに、
饒舌だった、更には仲間たちの中でも際立って強かった、
三機の仲間たちの最後の囁きが、
ネットワークを通して私に届いて、
私は全ての仲間たちが倒れ鉄屑になったことを知る。
とうとうやって来た瞬間だというのに、
微塵も動揺していない自分を笑う。
最後の仲間の言葉は、
まさに私が確信をもって憂いていた状況で、
その言葉に私は一番最後であるのが自分で良かったと、
心の底から思った。
◇◇◇◇◇
引き連れていた敵の機体に拳で風穴を開け、
頭部を破壊し、武器を蹴り飛ばし、
移動しながら絶え間なく攻撃する。
足掻け足掻け、止まるな、戦えと魂が言う。
当然だ。
幾ら姫と呼ばれようと、
他と比べたら笑ってしまうくらい小さい機体だろうと、
私は紛れもない戦闘機械であって、
それ以上でもそれ以下でもない。
引き連れていた最後の敵を沈めて、
私は今さっきまでの私のように、
仲間たちを複数沈めた機体と相対する。
瞬間でも隙を見せたら沈めるという風に斬りかかられて、
私の戦闘機械としての魂が今度は喜びに震える。
簡単に沈められる気は一切ないけれど、
この機体なら私の、
戦闘機械としての願いを叶えてくれそうな気がする。
相手が高速で移動しながら武器を振るうのを、
私は更に高速を出して、かわして背後に回ろうとする。
勿論、相手はそれに気付いてくるりと身を翻す。
そして少し飛行して降下、
私の頭上から一刀両断にしてくれようとするのを、
速度にものを言わせて、かわす。
魂を震わせていた喜びが、
何時の間にか歓喜に変わっていた。
戦うことは本当に楽しく、
そして私たち唯一の存在意義で、
やっぱりこれ以外の生き方は出来ないのだろう。
◇◇◇◇◇
相手にとって私は、
満足するに足る相手だろうかと思いながら、
今度は体格差を利用して頭から突っ込んで来たのを、
間一髪で避ける。
そして更に上空に逃げる私を追って、
飛行してきた相手に今度は私が突っ込む。
私の機体全体での突撃ダメージは脚や腕のよう大きくはないけれど、
相手に隙を作るくらいは出来るし、
その間に腕を引きちぎるなり、
拳でどこかを破壊するなりすれば、勝機が見えてくる気がする。
そうして突っ込んだ私を相手は手にしていた武器を放り投げ、
突っ込んだ私をその腕で捕まえ、地上へと急降下する。
このまま、されるがままになった場合、
私は地面に容赦ない力で叩きつけられて、終わる。
終わること自体には何の感情も湧かない。
とは言っても、素直に鉄屑になりたくもない。
だから、私に与えられた力の限りで、
相手の拘束から逃げようともがく。
そして地面にたたきつけられる直前、
やっと拘束から逃れて、
地面に放り投げられるように転がり落ち、
私は次の瞬間体勢を立て直し、
飛び退って相手との距離を取る。
武器を持たない私でも結構戦えるもんだなと、
どこか他人事のように思いながら、
再度、正面から斬りかかって来る相手の、
そのほんの隙を狙って懐に飛び込み、
バク転をするように脚から胸部まで駆け上がって、
胸部から足が離れる瞬間、
その勢いを利用して逆に両足を胸元に叩きつける。
◇◇◇◇◇
ふいに雨が上がって、それでも日は射さない曇天の下。
私は一機だけで立っていた。
目の前にはさっきまで敵だった残骸、鉄屑がある。
私が胸元への攻撃を決めた直後、
お互いに高速で攻防を続けながら相手は私に言った。
「お前が姫か」
「そうだ」
だから何だと返すと、相手はまあいいじゃないかと笑った。
「もう世界に戦闘機械は俺とお前しかいないからな。
どちらかが倒れれば一機きりだ。
その時にあの時は良かったと思い返せるように、
小粋なお喋りくらい楽しんだっていいだろ」
「小粋って……私たちは敵同士だというのに、何をのんきな」
「のんきって言うが、急いで鉄屑になる理由もないだろう?
それにしても……お前が本当に姫なのか」
「姫だよ。正式な呼称じゃなくて、愛称だけど」
「ふーん?しかし野蛮な姫もいたもんだな」
「そっちの姫じゃないからな。私の愛称は」
「ん?姫は姫だろ?違うのか?」
「……もう、いい。どっちの姫でも」
「どっちって、姫以外の姫って何だよ、教えろよ、なあ」
「ったく!知らなくたっていいだろ!」
「モヤモヤしたままで鉄屑になるのは嫌なんだよ、教えろよ」
「しつこいな!もう!」
斬りつけられ、避け、殴り、空中に逃げ、飛び交い、
地面を滑るように移動し、互いに致命的な一撃を与えられずに、
再び空中へ飛び上がる。
そうしている間に私が私の愛称について簡単に説明してやると、
相手はなるほどなと納得したように笑った。
◇◇◇◇◇
「そうかそうか。
俺たちの国では姫は姫以外の意味しか持たないからな。
いや、お前の国では小さいことも姫と言うのか。
よく考えたら、そうだよな……ああ、俺の仲間たちの中でも、
お前は姫という本来の意味での姫として大人気だったぞ?」
「えぇ……」
「不満そうだな。まあ、こうして戦えば、
お前は愛らしく可憐な姫じゃなく、野蛮なこと極まりない、
好物は鉄屑な野郎でしかない姫だってのが判っただろうにな」
「私の好物は鉄屑じゃないよ」
「ものの例えだろ、例え。だけどな、姫」
「何?」
「俺はお前とこうして戦えて、良かったと思ってる。
戦う前はお前があまりにも小さいから、
斬りかかっていいものか迷ったくらいだが」
「小さくて悪かったな」
「いや、小さいのは悪いことじゃない。
小さい機体はそれだけで俺みたいに瞬間でも目を欺けるだろ。
それにその力だ。姫という名前は、
そんなお前を慕った仲間たちが付けたんじゃないのか?
お前は嫌そうだが……慕われ愛される姫と言う本来の意味でな」
「知らないよ。私は何も聞いていないし」
「まあ、問い質そうにも誰もがみんな鉄屑だ。
さて、この戦いで俺とお前、どっちが鉄屑になるんだろうな?」
「そんなのはどっちだってもう構わないけど。
この世界から逃げたいからって手を抜いたら許さないからな」
「それはこっちの台詞だ、姫。
しかし一対一で勝負をするのがこんなに楽しいとはな!」
それから、どれくらいの時間戦っていただろう。
辺りが闇に包まれる頃。
片腕を斬り落とされ、片脚もほぼ破壊された私は、
相手の両腕をねじ切り、脚を破壊し、止めに頭部を破壊した。
そして鉄屑になっていく瞬間、相手は私に言った。
「悪いな。敵味方とはいえ、
お前をただ一機置いて、先にいく俺は卑怯だな」
「いいよ。それにこの結果は別に卑怯じゃない。ただの運だろ」
そうして世界はもっと静かになった。
◇◇◇◇◇
脚と腕を破損し、胴体部分も傷だらけの私を、
基地の人工知能は普段と変わらずに出迎えてくれた。
人工知能同様、全く動揺しない整備士たちが状態を見て、
適切なメンテナンスを始めるのに機体を任せて、
その日から数日、私は目を閉じていた。
現実を受け入れられなかった訳じゃないけれど、
疲れるはずのない機体や魂が限界まで疲れた気がした。
目を開いた時、
世界はやはりとても静かだった。
平和は穏やかで静かなことだと聞いたのを思い出す。
何時だったか、どこだったか、誰からだったか。
たぶん些末な情報として扱ったから、
それは全く憶えていないけれど、
この静けさはきっと平和とは一番遠いものだろう。
こうしてメンテナンスをしてくれる整備士たちや、
見守る人工知能たちがいても、
人は勿論、他の生命も、果ては私以外の戦闘機械も、
全てが消えたこの世界で、
戦うことにしか存在意義を持たない私は、
一体どれくらいの長い時を過ごすのだろう。
「……嫌だ」
思わず呟いた言葉が、
私の思考回路と魂を埋めていく。
もう二度と戦えないのは嫌だ。
一機だけで、ただ朽ちていくのを待つのは嫌だ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。
人の子供が駄々をこねるように、
振り絞るように声を出して叫ぶ。
「起きましたね。おはようございます、姫」
そんな私の叫びに気付いて、
もはや姫呼びを定着させてしまった人工知能は言った。
「幾ら叫んでも構いませんが、これが紛れもない現実です。
受け入れる他に道はありませんよ」
「でも」
「姫、あなたは解っていたでしょう?
戦闘機械同士が代理戦争じゃなく、
それぞれの意思で戦い始めた時から、こうなることを」
「……そうだね」
◇◇◇◇◇
確かに私は気付いていた。
対戦していけば、
いずれ誰かが同じ境遇になるだろうことを。
ひょっとしたら複数機が残って、
このあまりにも寂しい結末は、
避けられるのではないかと考えたこともあった。
三機ぐらいが残れば。
けれど戦闘機械として、
朽ち果てる前に戦って鉄屑になりたいという、
本能がある私たちは、きっとその三機で戦って、
結局は同じような道を辿っただろう。
全機が相打ちでという、
戦闘機械の最後としては夢のような、
そんな結末もあったかもしれないけれど、
現実は変わらないし、生き残っているのは私一機だ。
「私はただこうして朽ちていくのは嫌だよ」
「私もあなたがそのまま朽ちていくのを見たくはありません」
「だったら、私の機能を停止して欲しい」
「嫌です」
「……何で」
人工知能の口振りから快諾されるのかと思ったのに。
戦闘機械は人に危害を与えられないのと同時に、
自らの機能を停止させたり物理的に破壊することが出来ない。
本当なのかと高高度から降下してみた無謀なかつての仲間は、
地面に激突する寸前に自分の意識ではない力で、
回避行動を取ったと驚いた口調で話していたのを思い出す。
私たちが朽ち果てる前に、
鉄屑にはなれないまでもこの世界を去ることが出来る、
その唯一の手段を、さらっと却下されて私は取り乱した。
「あなたたちは自身の意思でその機能を停止できるんだろう?
それは何時?私を置いて?こうなる可能性を仲間たちに伝えず、
その罰みたいに、たった一人になった私を笑うように?
ああ、笑ってもいい、馬鹿にしてくれたっていい、
私を一緒に仲間たちのいる場所へ連れていくと言ってくれよ。
見ての通り、私は戦闘以外はまるで弱いから、
朽ち果てていくのを待つのは気が狂いそうで嫌なんだ。
なあ、中央も聞いているんだろう?
私の全てを停止させてくれよ!なあ!」
「落ち着いて、姫。落ち着いて下さい」
取り乱す私とは逆にやはり何も動じていない口調で、
人工知能は言った。
「私と中央、つまり私たちは、
あなたを置いていく気はありません。
ただ姫、あなたにはこの世界を去るのに相応しい場所が、
他にあるでしょう?
まあ、ここで今すぐ消え去りたいのなら私は止めませんが」
「私に、相応しい場所?」
「そう、落ち着いて思い出して下さい。
ここは、きっとあなたが消え去るのに相応しい場所ではない。
それが私と中央の共通の意見です。
姫、あなたは、あなたという存在は一体何ですか?」
そう言われて私の中を、
私の魂の中を埋めていた嫌だという気持ちが、
とても強い風にさらわれたかのように綺麗に消えていった。
◇◇◇◇◇
そう。
そうだ。
私は人の代わりに戦うために、
純粋に戦うためだけに生まれた人型の戦闘機械。
姫と呼ばれ、仲間たちと一緒に数多の敵と戦った。
仲間たちと比べたら笑ってしまうほどに小さいけれど、
その分、見た目に反した力を与えられた存在だ。
戦い、その中でしか存在意義を持たない、
そこでしか生きている喜びを感じることが出来ない、
それが私だ。
この状況でも戦いを求める、私の魂がささやく。
戦った果てに鉄屑になるのが叶わないのならば、
せめてその残り香がする場所で朽ち果てたい。
いや、叶うのなら、
この機体が朽ち果てる前に消え去りたい。
そう強く強く願う。
そしてそれを伝えると、
人工知能は私が知る限り初めて、嬉しそうに笑った。
「そうそう、私たちの姫はそうでなくては。
私たちはあなたの決定に全面的に協力しますよ、姫。
中央もあなたの決定をとても喜んでいます。
ん?ああ……本人に伝えるな?
恥ずかしいだろ?黙れ?こら、これまで伝えるな?
そう中央は言ってますが、これは私が考えるに、
俗にいうツンデレというヤツですから、
気にしなくていいですよ」
……ん?
人工知能は何時からこんなに砕けた人格になったのかと、
不思議に思うけれど、まあ、楽しそうなのでいいだろう。
◇◇◇◇◇
人工知能が言うには、
人が生き残っていない今、
私を含めた機械全部のエネルギー供給を担うものを、
急停止させても何も影響はないので、
私が去った後そうして、
整備士や基地と中央で働いていた機械たちと一緒に停止、
つまりは二度と覚めない長い長い眠りにつくという。
「さすがにエネルギーの供給が切れてから、
私たちが眠りにつくまでの時間は、
これまで計る機会が無かったので、
今正確に伝えることは出来ませんが、
きっと……そこまで長い時間はかかりませんよ。
私は眠りについた私たちがどこへ行くのか、
もしくは消えて何処にも残らないのか、
それを確かめられるのが今から楽しみですが」
とりあえず整備士たちの最後の仕事になる、
まだ途中である私の機体の修理が、
完全に終わってからにしようと言われて、
了解する。
私が、人工知能やその他、機械たちが機能を停止した後、
この世界に残るものは何だろう?
何も残らないのだろうか?
とりあえず、
ただ朽ち果てることがないのは純粋に嬉しくて、
私は普段と変わらずいそいそと私の機体を修理する、
整備士たちに身を委ねて、
私が消え去るのに相応しい場所、
戦闘区域に行ったら何をしようかと思いを巡らせた。
◇◇◇◇◇
それから今まで、雨は降っていない。
地面は乾燥して、風が吹くと土が舞い上がる。
今まで雨が上がったとしても曇天ばかりだったけれど、
今の空は雲一つなく晴れ渡っている。
あれから、何日、何週間たっただろう?
私は戦闘区域で未だ稼働している。
到着した後、私は戦闘区域をくまなく巡って、
鉄屑となった、かつての仲間や敵たちを、
戦闘区域の中央に集め始めた。
機体の特徴で判別できる限り、
同じ所属の機体だっただろう鉄屑を、
それぞれの場所にまとめていく。
戦って、鉄屑を残して消えていった彼らを、
少し羨ましく思いながら、私はその作業を繰り返し、
気が付くと破壊され散り散りになっていた、
腕や脚の機体パーツ以外は全て回収した。
所属ごとに私が積み重ねた鉄屑は、
まるで彼らの墓標のようで、
私はやはり羨ましさを感じながら、
その中央、あえて空けておいた空間に立つ。
魂が消え去った鉄屑を弔う。
そういう訳ではないけれど、
人工知能も私以外の機械たちも機能を停止した、
私しかいないこの世界で、
私たちが人の代わりとして戦うために生まれ、
最後は自分自身のプライドのために戦った、
戦闘機械であった、その証を残したいと思った。
誰にも見られることのない、
意味のない行為だとしても、
私はそうしたいと思ったから、そうした。
仲間たちに助けられ、
私はこの鉄屑たちの頂点に立った。
戦闘機械であれば誰もが手に入れたい強さの、
その証明を、ここに来て、
私は手にしていたことに気付いた。
全ての機体を知ってはいない。
それでも仲間たちにも敵たちにも、
色んな個性を持つ機体たちがいた。
私たちは戦闘機械。
正式な呼称は人型代理戦闘機械。
戦うことで生き、
戦うことで消え去ることを至上とした存在だ。
燃料切れが近い。
私は満足感に満たされて、
ずっとずっと見ることの無かった、
青い青い空を見上げる。
私の魂が消え去ったなら、
何もない、とても静かなこの世界はどうなるのだろう?
こうして晴れて、時々雲が覆い、また雨が降って、
そうして時間だけが過ぎていくのだろうか。
どこかからか、
姫、おーい、姫と呼ぶ仲間たちの声が聞こえる。
幻聴。
そう解ってはいても、
私はその声を嬉しい気分で聞く。
そして、私は腕を。