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物語の存在理由

作者: Jade

*****************************


某氏へ※1


価値のないものに価値を付けるのが芸術の醍醐味であり、ことに文芸は未来を予感する。

ニーズありきの実用文は、人々が知りたくない真実に触れることができない。

複数の文脈を一つの物語に組み込み、読者の段階に応じて暗示が開かれていくのが優れた小説だろう。

対して、実用文は誰が読んでも同じ理解にたどり着かなければならない。

そもそも射程が異なる。

「人の役に立つ」とはどの次元のことだろうか。

あなたが相対しているのは切実な問題か。

ちょっとしたことならば、直接的にアドバイスすればいいかもしれない。あるいは、ただ側にいるだけで落ち着くこともあるだろう。

しかし、それを越えた場合、現実的で常識的な解がまるで無意味になる。

一種の虚数解である物語を使わなければ、相手に正しく届かず、届いても自己崩壊を起こしてしまう。

自己と環境、人格と関係、善悪と真偽、美醜と価値……。

フレームそのものを問い直すのは、やはり芸術の仕事と考える。

心理学をやれば、翻って虚構の意味がわかるかもしれない。


以上、削除された一言より。


*****************************


エッセイを書き、感想を開いておきながら、気に入らない意見は削除するという姿勢に驚いた。

しかし、議題として重要なものであるので、私個人の文章として独立させることにする。


小説を何故書くのか。

ブログや会社のコピー、資料ではダメなのか。

この問いはプロであれ、アマであれ、作家ならば誰しも考えることだろう。

画家や音楽家にも共通する問題である。

作品と商品・身近な手作りとの差は何かと言い換えてもいい。

かつては消耗品かどうかが一つの区切りだった。

しかし、デュシャンの泉やボブ・ディランのノーベル文学賞受賞からもわかるように、現代芸術はそれまでの枠組みを破壊しつつある。

ならば結局、芸術とは何だろうか。

そもそも、芸術などという枠組み自体が必要だろうか。

これに対する私の答えは一つ。

ニーズの見えないモノは商品として通らないし、身近な手作りは関係性の中でこそ使われる。

今目に見える人間を越えたモノは芸術にしか表せない、と。

真実深い苦悩は、日々の域を越える。

そのしんとした空間に切り込んでいくのが、個人なら芸術、社会なら宗教の役割だろう。

医学的な「治療」ができる症例はまだ限られている。

しかも「不定形」を「定形」に変えることが、人間社会にとって本当にいいことかどうかも議論されていない。

集団の多様性が下がると環境の変化に弱くなると生物学で指摘されていたと思うが、さて。※2


話を戻して、別の切り口で向かってみよう。

某氏は他の作家達の物語への「執着」を目の当たりにし、「恋から冷めた」と言っていたが、それは小説を書けなくなったことに対する真実だろうか。

「情熱」「執着」「恋」ーーこれらは元々移ろいやすいものであり、真実不変のものではない。

「慈しみ」「愛」ーーこう呼ばれるものは、相手がどれほど変わろうが、変わらないものとされる。

欠点のないものを好むのは普通のことだ。

しかしその意識で小説を通して他者や世界に向き合い続けるのは不可能だろう。

本質的には、言葉を、他者を信じられるか、ということにかかっている。


人は安きに流れる。

自己正当化に終始して、自己矛盾に陥ることはよくある話だ。


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某氏へ


先の件では直接的な一言を削除することによって、まさしくあなた自身が、直言ではない物語の必要性を証明してしまった。

核心へ直に触れられて、それを受け入れられる人間は本当に少ない。

「例え話を用いる理由」だ。

科学と哲学の発展の最中にあっても、聖書や仏典、伝記などの教える物語は生きている。

直近では、豊田社長が演説の中で織機から自動車に切り替えた時の話を再三しているのがいい例だろう。

情勢の激変を論理的に伝えたところで、現場レベルでは正常性バイアスが働いて危機意識を持てない。

聞きたいことしか聞かない人間に、いかに伝えるか。

その一つの解が物語だ。

「驕れる者も久しからず ただ春の夜の夢の如し」

平家物語は実用文に劣るだろうか?


以上、書き込めない補足より。


*****************************


……で。

忠言耳に逆らうからこそ、物語にするのだろう。※3

※1 元はある人への批判であるが、なかなか綺麗にオチが付いたので公開する。

※2 東日本大震災後の不況は、共感による自粛が原因との指摘がある。また、集団の多様性とイノベーションに関しては、それこそ実用書でいくらでも指摘されている。が、実施されるかどうかは別問題。

※3 この題に関して、小野不由美『丕緒の鳥』が優れて美しい物語として結実している。


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