伊能忠敬邸 海防・開国談義/手旗信号 <C150>
話しが膨らみ過ぎて、どうすればいいのかわからない状態になってしまいました。
とりあえず、はしょっていますが、UPしました。
■ 文化十四年、6月30日(1817年8月12日)深川黒江町
流石に5,10日は公務がないということで、久々に8名全員が揃った。
まずは、高橋さん、間宮さん、渡辺さんが不在のときに話しをした計算尺の説明。
試しということで忠誨さんが急遽作成した定規を見せて動作を説明する。
間宮さんが感心して声を上げる。
「これは面白い。
概して役に立つ計算なんていうのは2~3桁分の数字でこと足れり、と割り切れる仕組みなのが素晴らしい。
しかもソロバンで延々カチャカチャするのではなく、線の上に数字を揃えた瞬間に答えが揃っていてこれを読み取るだけなんて素晴らしい。
測量のときなど、出先で計算するのに使えそうだ。
こりゃ今手配している試作品を数本こちらにも是非分けて頂きたい」
もう手放しの褒めようだ。
機械式計算機を紹介したときの高橋さん、日下さんの興奮が乗り移ったような感じだ。
「機械式計算機は作成するのにかなりお高い費用がかかるようですが、こちらの計算尺は構造も簡単だし目盛りの刻みがきちんとできていればいいだけということなので、かなりお安く作れるように思えます。
なかなかお金が回ってこない私のような下っ端の懐にやさしい仕掛けでございますな」
間宮さんは、裕福な高橋さんや日下さんをチクチクと皮肉る。
まあ、計算尺プロジェクトは伊能翁の直下で忠誨さん・小出さんが動いているし、直ぐにでも試作品が上がってくるだろう。
試作品で若干の不具合が出るのだろうが、これを直したらイノウ印の計算尺としてドンと売り出すのだろう。
使い方も一般に判るように説明書を作らなければならない。
掛け算・割り算以外にも指物師が使いそうな機能・三角関数やら平方根・立方根が求まるスケールを追加してもいいかも知れない。
そこで計算尺の話しは終わり、4日前に行ったシミュレーション結果についての説明から討論が始まった。
幕府に設定した祖法の鎖国維持という達成目標がそもそも問題という点に落ち着いた。
確かに鎖国は、当初こそ幕府の方針であったが、その後の歴史から幕府自体は開国側に舵を切ったものの、攘夷=鎖国というナショナリズムの勃興に抗しきれず独裁軍事政権らしからぬ挙動に及んだことからどんどん権威を失墜していった背景がある。
とすると、むしろ公家側に攘夷・勤皇・鎖国という設定にして、幕府は西洋諸国と優位な条件で開国条約を結ぶ、という設定が相応しいのではないか。
幕府が主導権を握って開国するには、国防・海防がしっかりしている必要がある。
俺は、現状を確認することにした。
「今、海防について何か幕府は対策を採っていますか」
「蝦夷地については、ロシアの進出を警戒して直轄地として、東北諸藩から兵を集めて配置しました。
それ以外は特段なにもしていないと思います」
間宮さんが答えた。
俺は危機感を募らせて話し始めた。
「それでは西洋諸国の進出に対応できていません。
まず、日本全般の海岸線に沿ってある漁師村ごとに、異国船の出現を監視し、見かけたら連絡を行う経路をはっきりさせる必要があります。
また、その漁師村で何をどこまでするのかをはっきりさせねばなりません。
異国船の出現の連絡、遭難時の救助、上陸時に適切な場所・港への誘導示唆までが村での対応でしょう。
救難時の対応を行う港は藩毎に置く一方、薪水食料を調達する港・条件交渉を行う港は幕府の直轄地、無いところは天領に組み込んでも良いと思います」
「漁師村から連絡を受ける出先機関は、せめて村から半日以内に連絡を受け取れる場所におくのが理想的です。
そこから、幕府・藩への報告、それぞれの対応する港への通知、警備する藩兵への出動要請など、事前に取り決めた行動を恙無く行える指導書を作成・配布しておかねばなりません。
これが基本と考えます。
もはや異国船は、どこにでも出現・上陸し得ます。
その事実を踏まえ『長崎へ』ではなく、近場の『浦賀』などに誘導するように仕向けるべきです」
「浦賀などの異国交渉場所は予め整備をしておかねばなりません。
通詞も蘭語・漢語ではなく、英語・露語も準備した方が良いでしょう。
また、浦賀と江戸の間には、情報連絡を早く行うための施設を設けるべきです」
ここで、俺はペリーが電信機をお土産に渡していたことを思い出した。
『1850年代には電信機があった?
あと、たった33年。
電気仕掛けでの通信に使う電源はどうしたのかな。
まさか電池?ボルタ?亜鉛と銅?
直流発電機とモーターの原理は説明できるけど、そもそも電線・エナメル線は作れるのだっけ。
電池レベルだと、そんなに電線は引っ張れないハズ』
ここまで考えて、電信での情報伝達システムの説明は避けた。
予想されていたように、間宮さんが突っ込んできた。
「情報連絡を行う施設、とは何のことでしょうか。
浦賀と江戸間の道を整備して、早駕籠や馬でも揃えるということですか」
「いえ、手旗信号による逐次情報連絡を考えても良いと思いました。
狼煙のようなものですが、手旗の振り方で情報を連絡する仕組みです。
見える範囲でしか伝えることができないので、拠点を経由して順送りに内容を回していきます。
拠点間の距離が開く場合は、鐘楼を設けたり、大きな旗を鐘楼の横に腕木にとして取り付け、これを操作することで連絡する方法もあります。
夜間に緊急の場合は、灯火を付けて情報を送るということも考えられます。
欠点は雨や霧で視界が悪い場合です。
この場合は、それこそ拠点間で手紙をリレーしていくしかなです。
ともかく、見える範囲であれば、文を届けるより早く中身だけは伝わります」
日下さんが口を挟む。
「そのような施設を見える範囲に点々と作るとなると、かなり費用がかさむと思いますが、この点はいかがかな」
間宮さんに段々似てきて、質問が厳しくなってきた。
「江戸・大阪間では米相場の情報やりとりがかなり頻繁に行われていると聞き及んでいます。
そのために使われる費用は結構膨大なものになっているのではないでしょうか。
江戸・大阪間の主要なところにこの仕掛けを取り込むことで、文を運ぶ飛脚の仕組みを、より早く伝達するものに置き換えることができるのではないかと思います。
そこで得られる費用で、江戸・浦賀間の手旗情報伝達の仕組みをまかなえませんか」
若い渡辺さんが口を挟む。
「情報の中身を手旗で送るということは、手旗の仕組みを知っていて、それを見れば中身が読み取れてしまうということではないですか。
広く知れ渡ってしまうというのは、交渉事では大変危ないことです。
なので、密封した文という方法しか取れないのでは」
やはり、若いだけあって目の付け所が柔軟だ。
「そこは一般には判らないように符丁を使います。
俺のいた時代では暗号化・復号化と言っていましたが、仕組みを知らないと判らない方法があるのです。
途中の情報伝達がきちんとできるようになっていれば、中継する人には何も判らない情報が、両端にいる送り手と受け手にだけ伝わるようにする方法があります」
その後、この手旗による情報伝達、暗号化方法についての解説を行ってこの日は終わることとなった。
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