表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/52

いつなのかが、やっと判りました <C105>

 八兵衛さんは、ご隠居様の所に駆け込んで、俺が憑依していることを話した。

 その時、俺の名前を間違えて「けんいちろう」と紹介したので、思わず介入した。

「違う!俺の名前は『けんいち』だ。

 それに、神様なんかじゃない。

 最初が肝心なんだから、間違えるんじゃないよ」

 ちょっと怒気を込めて口に出したら、よほどこたえたようだ。

 顔を強張らせながら、名前を間違えた、とあわてて訂正していた。


 ご隠居様である伊賀七さんは、この時代にあってはかなりの知識家、博識家であることが最初の会話で判った。

 なぜなら、最初の質問が、俺とのコミュニケーションルートに関することなのだ。

 人と話をする勘所を心得ている。

 この人なら、俺の現在の苦境や懸念を判ってくれるに違いない。

 一筋の光明を見出した気持ちだった。


 そして、質素な朝ご飯を食べ、一息ついてから意識合わせが始まる。

 まず、時代特定が一番大事なので、これから始めよう。

 伊賀七さんの時代の大きな出来事として、「天明」「飢饉」というキーワードが聞けた。

 天明の飢饉なら、寛政の改革で囲米かこいまい、というのが中学校でも習う日本史のキーワードだ。

 ちなみに、高校でも日本史を選択していれば、もっと詳しい背景込みで出てくる。

 どうやら、江戸時代で間違いない。

 しかも、天明の飢饉・寛政の改革なら、江戸時代も後半である。

 和時計というキーワードから推定していたことが裏付けられた。


 俺の説明する「江戸時代」という言葉に引っ掛かりを覚えたようだ。

「けんいち様、江戸時代とは何のことでございますか」

 確かに、時代区分なんて技は後世のもので、初耳に違いない。

「江戸時代というのは、徳川家が江戸に幕府を開いたことからそういう名前で呼んでいる。

 足利家が京都に幕府を開いていた時代は室町時代、源頼朝が鎌倉に幕府を開いた時代は鎌倉時代と、政権があった場所で時代を区分している。

 江戸時代はだいたい260年続いた」

 ペロペロッて時代区分を説明したら、伊賀七さんは固まってしまった。


 しまった。

 江戸時代が260年続いたという説明は、260年で徳川幕府が終わり、次の政権へバトンタッチするという意味だ、ということを、固まった伊賀七さんを見て気付いた。

 確かに、俺の時代に未来人が来て、「第二次世界大戦後に始まった国民主権という世の中の仕組みは90年続いた」なんて発言したら、あと20年もしない内に世の中の仕組みが変わり、国民主権ではない体制が始まるよ、と告知するようなものだからなぁ。


 伊賀七さんが人払いしたのは、こういったことも想定していたに違いない。

 幕府が替わる時には大きな戦さが起きるというのが相場だ。

 鎌倉幕府が室町幕府に代わる時には、建武新政なんてものがあって南北に朝廷が別れて争う時代を挟んでいるし、室町幕府から江戸幕府になる時は戦国時代なんていう下剋上の時期を挟んでいる。

 江戸時代が明治時代になる時も、戊申戦争なんて国内大乱の様相となる。


 いずれにせよ、今この時点から未来を説明することで、俺の体がいる未来が来なくなってしまうのは問題だ。

 俺の知る歴史に、未来人干渉の有無は不明だが、ここで歴史改変の愚を犯す訳にはいかない。

 俺の思いを知ってか知らずか、伊賀七さんは鬼気迫る顔で問いかけてくる。

「徳川様の次の幕府は、どなた様になりますでしょうか」

 恐れていたことが、早くもやってきた。


「八兵衛さん、ちょっとご隠居様に中継なかつぎせずに教えてください。

 ご隠居様は、どのくらい、もっと偉い人につながっているの。

 声に出さなくても、考えただけで俺には伝わるから」

『はい、ご隠居様は時々陣屋のお奉行様とお話しされる位で、お殿様である細川様とは直接お話しになることはありません。

 しかし、細川様は大名家とは言え、所領一万六千石。

 谷田部藩全部で15000人程度、その内お武家様は300人もいない小さな藩ですので、結構珍しい話はお殿様まで伝わりますね。

 ご隠居様が道楽の和時計を作っていることも、お殿様はご存じのことでしょう。

 他の大名家へのご進物やらなにやらで、この道楽品もお買い上げ頂いているようですしね」

「わかりました」


 多次元中継の電話会議みたいな状態になっています。

「伊賀七さん、そのお答えをする前にお話しがあります。

 実は、俺は今とても困った状態にあるのです。

 未来から意識だけ飛んできて八兵衛さんに憑依していることは、前に言った通りなんだけど、俺はまだここから未来にいる俺の体に戻れると信じているのです。

 そのためには、俺の体がある未来が無くなってしまっては困るのです。

 つまり、俺が未来の様子を話すことで、俺がいた、俺が知っている未来と違ってしまうと、俺が戻る体が無くなってしまうことを心配しているのです」


「けんいち様が、多分そのような複雑な事情をかかえていることは、推察しておりました。

 そのため人払いを行ったのです。

 ここで知り得たことは、けんいち様のお許しがない限り他の人に伝えることはないとお誓い申し上げます。

 そこで、あと60年ほどで幕府が替わることについて、是非お教え頂きたい」

 なるほど、さすがにここまで先読みしているとは、鋭い人だ。

 今の窮地を脱するには、ある程度未来知識を出すしかないだろう。


「では、これからお話しすることは、他に漏らすことがないよう、ご注意ください」

「まず、海外の異国から開国を迫って江戸湾に黒船と呼ばれる蒸気船が現れます。

 それを巡り、国内のそれぞれの藩が開国派と鎖国派に大きく別れます。

 次に、開国を決断した幕府と、鎖国を支持する朝廷とに別れます。

 これを佐幕派と勤皇派と呼びます」

「これらの主義主張を行う陣営がコロコロと入れ替わり、最終的には勤皇開国派が政権を握ります。

 江戸時代の後を明治時代と呼びますが、薩摩・長州・土佐・肥前の西国四藩が主導する政権が立ち上がります」

「単純な日本国内事情だけでなく、海外との関係やそれにからむ幕府の失政があってのことなのですが、こういったことが起きてからこその未来があります」


 途切れ途切れに説明したものの、八兵衛さん経由で微妙なニュアンスは伝わっていないだろうし、困ったことになった。

 とりあえず、今の時代を特定するための質問をしよう。

「ところで、関ケ原の合戦は今から何年前のことになりますか」

 関ケ原の戦いは丁度西暦1600年なので、ここが何年前なのかを聞き出せると話が早い。


「関ケ原は庚子かのえ・ねの年で、今は丁丑ひのと・うしの年。

 ええっと、217年前じゃ」

 ならば、西暦1817年。

 これで、俺が丁度200年前の人間に憑依したことが、やっとわかったのだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ