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伊能忠敬邸 計算尺 <C149>

また新しい道具が登場します。

計算尺、もう売っていません。誰も使っていないようです。

■ 文化十四年、6月28日~29日(1817年8月10日~11日)深川黒江町


 この日は、高橋さん、間宮さん、渡辺さんが公務ということで不在であった。

 また、若い小出さんは地図作成の手が足りないということで本宅に狩り出されてしまった。

 残った、伊能翁、日下さん、忠誨さん、俺=八兵衛さんと四人で、地図に必要な計算談義となった。

 計算をソロバンで行っているが、人間の作業なので、担当する人や調子によってかかる時間や間違いが入り込む。

 間違いが一番困るため、同じ作業を二人が行い、結果を三人目が照合する作業をしているが、一番遅いところに合わせて結果が出るため、とても時間がかかっているのだ。

 この計算の中で重要で時間がかかるのが掛け算・割り算なのだが、便利なものがあったような記憶がある。


 酔っ払った父親が『エンジニアのあかし』といって、引き出しをゴソゴソ引っ掻き回して出してきた定規のような棒を見た記憶がある。

 確か『計算尺』って言っていたっけ。

「アポロ宇宙船が月へ行く時代でも、計算を手作業でしていたのだよ。

 13号の事故の時、管制室でエンジニアはみんな胸に挿していた棒だよ。

 もっとも、俺ももう使わなかったけどもな。

 これは、アンティーク行きだよ」

 上機嫌で偉そうに話していた父親の姿を思い出した。

『酔っ払いの相手は面倒だなぁ』なんて思いながら聞いていたことが役に立つかもしれない。


 平成の世では電卓があるが故に、もう決して使われないであろう道具で、汎用品はメーカーでももう作っておらず、売ってもいない計算尺。

 特種な並び方に数値が刻まれた直線定規を2本組み合わせ、これをスライドさせ値を目で読み取ることで、有効数字2~3桁の掛け算・割り算を連続で行うことができる道具だ。

 目盛りが常用対数の間隔で刻まれていたように記憶している。

 一番左に1があり、一番右が10。

 左側の間隔が広く、右側にいくに従い数値間の目盛りが狭くなっていく。

 1~2の間は3桁の数値に対応する目盛りが刻まれているが、2~5の間は2桁+半刻み、

5~10が2桁だったかな。

 また、この目盛りの刻みを逆、即ち左端を10、右端を1とした刻みがスライドする定規の中央に刻まれていた。


 他にもいろんな刻みがあったようだが、主に使うのは外側の定規にある刻みと、スライドする定規の2つの刻みだけだったと思う。

 掛け算はスライドする定規の逆刻み、割り算はスライドする定規の順刻みを使って、スライドする定規の1もしくは10の指すところの値を読み取っていたっけ。

 ここまで思い出せれば、図に書いて説明できる気がする。


 もし、計算尺が出回っているなら、本宅の作業場ではもっと静かに計算できていたに違いない。

 それとも、地図の計算には有効数字4桁以上が必須なのか。

 その辺りも含めて聞いてみるしかない。

「伊能さん、日下さん、計算尺というものをご存知ですか」

 日下さんが怪訝な顔をして返答をした。

「計算尺という言葉は始めて耳にしますが、どういったものなのでしょうか」

「目盛りの付いた定規を滑らして数字を付き合わせることで、掛け算・割り算の答えを出す道具です」

 伊能さんが声を上げた。

「拙は、そのような道具は見たことがござらんが、説明をしてくれるかな」


 俺は、半紙を使って道具の概要図を描いた。

 そして、半紙を縦半分に折ったものを2枚つくり、うろ覚えの刻みを適当に入れた。

 その2枚をスライドさせて、掛け算と割り算の簡単な事例を説明する。

 当然目盛りは合わない。

「この刻みは、常用対数で得た値だときちんとなりますが、今は適当に書いたものなので合わなくて当然です」

 そう解説を入れる。


 日下さんが語句に突っ込みを入れる。

「常用対数とは何のことでございますか」

 これは至極当然の質問だが、やっかいな話しになった。

「常用対数とは10のべき乗の値で、例えば1となる10のべき乗は0、10となる10のべき乗は1、その間の数で例えば2となる10のべき乗は0.3010です」

「対数は大きな数値を扱うために考えられた方法で、通常は桁を表す整数を指数として示しますが、1~10の間の数字を評価することも同様に考えたものです」

 対数について、グダグダの説明を繰り返す内に、伊能翁が蘭学の中の天文術・航海術の中に似たような概念の話があることを思い出したようだ。

 そして、そのことを日下さんに告げると、暫く唸ったあと『不朽算法』という方法が最近の関学派の中の連絡にあったことを思い出して納得してくれた。

『俺みたいな平均的な人間に、そこまで説明を求めるんかい』

 とぼやきたい所を俺はグッとこらえた。


 日下さんは、ここで本宅へ駆け込み、小出さんを強引に離れに引っ張ってきた。

 それから、今度は日下さんがこの計算尺の概要、対数の説明を行った。

 この日の午後は、この計算尺をどう作ってみようか、という話に終始した。

「忠誨、お前と小出さんでこの道具の基本的なものを作ってみたらどうだ」

 伊能翁の言葉に、俺は、まず対数表を作ることを提案した。

「対数表はできれば有効数字2~3桁は欲しいので、そのための計算を行うことになります。

 この方法として理解しやすいのは、不等式を解く方法です」

 俺は事例として「2の5乗が10の3乗より少し大きいことから0.3より少し大きい」を示す式と解を示した。


「このような素数の積を利用し、連立不等式を解くことで、ある程度高い精度の値を決めることができます。

 まずは、2~9の整数の対数を求めて、次に1.1~9.9の0.1刻みの対数を求めましょう。

 数が求まり次第、白紙の計算尺に刻みを付け、論理が正しいことを確認すればよいと考えます」

 日下さんも興味があるのか、しきりに整数の素因数分解を考え始めた。

 伊能翁は、忠誨さんに声を掛ける。

「この計算を考えるのは忠誨ではちょと無理じゃ。

 対数表作成のための計算方法の確立については、日下さんと小出さんに任せ、忠誨はまず定規を揃え、白紙の計算尺をまず考えなさい。

 そして、どのような形がふさわしいかを、妙見菩薩様に見てもらいなさい」


 結局、この作業の中で一番厳しい対数表の作成にかなりの時間が費やされた。

 翌日も公務の3人が抜けていたので、殆ど計算尺作成のための計算作業に費やされてしまったのは言うまでもない。

 その甲斐あって、29日の夕刻には2桁数値の刻みは大方できあがった。

 試しに、割り算を行う。

 台側の定規で該当する刻みに、横断するヒモを充てる。

 横断するヒモのところに、中段の順方向の刻みで割る数の値のところが来るように中の定規をずらす。

 そして、中の定規の0または1が示すところの台側の定規の刻み値を読み取り、予期された値との比較をする。

 こういった一連の作業で計算尺の確からしさは判明した。


 課題は、3桁の精度のための計算と、計算尺の改良・量産である。

 雛形と刻みを入れる対数表ができれば、まずは試作品を4~5本作ってもらうのが良いと考え、伊能翁から出入りの指物職人への打診が始まった。

 試作品を使って本宅の作業が効率化するのであれば、非常に喜ばしい。


かなり、ぐだぐだになってます。

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