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伊能忠敬邸 麻生の地談話 <C145>

小旅行の予定が、旅行の段取りまでスケールダウンしています。

■ 文化十四年、6月25日(1817年8月7日)午後、深川黒江町


 午前中に日下さん、小出さんに数Ⅰで習う連立方程式と数ⅡBのベクトルで扱う行列の考え方の基本を、簡単な事例で説明した。

 すると、資料となる俺が書いた半紙をガサガサと集めてその内容を吟味すべく、隣の部屋に篭ってしまった。

 座敷に残ったのは、伊能翁さん・高橋さん・忠誨さんという天文方を支える面々である。


「そもそもの発端は、谷田部に居られる飯塚様よりの文であったな。

 妙見菩薩様は、金程と呼ばれる土地と谷田部の間の南中時刻差を知りたいということであったのぉ。

 そこに対する説明がまだされてはおらんじゃった」

 伊能翁は、やっと俺が江戸に来るようになった経緯を思い出してくれた。

「はい、金程という地名は俺がいたときの呼び名で、もし今より後に付けられた地名であれば名前での場所特定は難しいと考えます。

 その場合は手がかりとなる名前から、おおよその場所を特定し、地形で場所を判別するしかありません」


「確か、手がかりとなる地名として、多摩川を遡った中流域南西岸の『登戸』。

 そこを基点に西へ向って山間に入り込み、麻生・王禅寺・万福寺という名前の在所の有無、金程という村の有無ということでしたな」

 高橋さんが手がかりを確認してきた。

 手には武蔵国図がある。

「多摩川は江戸府内扱いではないため、詳細な測量図はありませんな。

 多摩川ということであれば、武蔵国むさしのくにでございますな。

 橘樹郡たちばなぐんということで、河口には川崎の宿場がござるよ。

 そこから、川上に向って辿ると、こうなっておる。

 小向村、下平間村、上平間村、中丸子村、市ノ坪村、上丸子村、小杉村、宮内村、北見方村、諏訪河原村、二子村、久地村、堰村、上菅生村、宿河原村、登戸村。

 『登戸村』がありましたぞ。

 その近辺の村といえば、高石村、五段田村、菅村、細山村、金程村。

 『金程村』がありましたぞ。

 津久井往道沿いですな。

 そこを更に西に行くと、都筑郡つづきぐんの万福寺村、王禅寺村がある。

 確かに、この『金程村』でよいようじゃ」


 ここで、高橋さんは別な帳面を取り出した。

「石高帳によれば、金程村70石、隣接する細山村200石、ともに旗本領でござるな。

 ただ、それより多摩川寄りの村は天領となっておる。

 金程村・細山村はともに川崎宿の助郷となっておる。

 これでは、あまり豊かな村ではなさそうじゃのう」

「川崎宿の助郷とは、何のことですか」

 俺は思わず質問した。

「宿場町は、公道である街道や幕府の飛脚の仕組みを維持するための費用がかかる。

 そのため、宿場の町や村だけでこれを負担するのが困難になることが多い。

 そこで、この負担の一部を近隣の村に担ってもらうことで、宿場のある町・村の負担を軽減する仕組みでござる。

 

 ただ、石高70石であれば、村はせいぜい4~6世帯30人規模の寒村であろう。

 そこから、年貢米を納めた残りで川崎宿のための人足出しや米負担をするのは難しかろうて」

 高橋さんがこう教えてくれたが、定米法による年貢だと不作の年は苦しくなることは目に見えている。

 ここを領有する旗本がどのような人物なのかに興味を持ってしまった。


「この金程村は、旗本の椿井様が所領となっておりますな。

 椿井様は、隣の細山村も合わせて270石の知行となってござる。

 お役目は、小普請組世話役取扱いである」

 お役目の中身や歳が日下さんに近いことなどを勘案すると、どうやら猛烈な上昇指向を持つ家ではなく、ただただ現状維持をもっぱらに家名だけを維持するのに汲々としている感じなのだ。

 ただ、所領の中に陣屋と呼ぶ家を持っており、ここでは半農に近い生活を送る叔父一族が居るとのことのようだ。

 どうやら先代の時に、二男をこの細山の里へ行かせたとのことだ。

「ところで、肝心の谷田部と金程の東西間距離は、おおよそ6里半の距離ですな。

 すると、南中時刻の差は2分半ですか。

 この半紙に書かれている距離よりは、かなり近いですな」


 高橋さんは西洋の時計を持っており、24時間制、60分制に慣れているようだ。

 確かに天文学は全天360度で見ており、1時間を60分に分ける考えが身についていることは間違いない。

 しかし、憑依の精神集中が高々3分というのは、非常に短い時間なので今後の実験でも都合よさそうだ。

 また、江戸から金程まで意外に近いことも判った。

 これなら、1泊程度で十分往復できる距離なのではないだろうか。


「もし可能であれば、この目で金程村に行ってみたい」

 俺は希望を述べた。

 実際にその地を見てどうなるものでもないだろうが、やはり多少なりとも関係があったところがどうなっているのか、というのは気になるものなのだ。

「それは、確かにお気にかかるところでございましょう。

 所領を治めておる椿井様とご連絡を取ってみましょう」

 高橋さんはそう言って、さっそく文を書き始めた。

 直接本人宅ではなく、天文方から小普請組へ椿井様へ金程村について確認したい儀がある故参上頂きたい旨の書状・呼び出し状である。

 この形式であれば、まあ間違いなく、ご用向きということで本人が出向いてくることは間違いない、ということだ。

 俺は身分的に奉公人なので、その場への直接の立会はできないが、襖の裏で聞く分には問題ないということだった。

 どうもこの身分格差には、やっかいなものがある。

 大名・旗本・御家人という武士階級で、更に旗本は格があり、これが結構厳しいのだ。

 特に、格でも上下かみしも格と羽織格の境目に近い所の家ほど格を気にしているとのことだ。

 270石取りの椿井家は上下格であり、こういった格差を大いに気にしてもおかしくない所という判断で、このような段取りを踏むことになったのだ。

 その場の状況で、格の違いへのこだわりが少ないご仁であると判れば、俺を紹介して直接里へ連れて行ってもらう段取りもできるし、無理であれば測量調査の一環とし槍持ち相当分という名目で天文方の従者として同行させる相談でも良いという算段なのである。


 返事次第だが、呼び出す日取りは、急なことだが明後日の27日午後を指定している。

 椿井さんは、ビックリするに違いない。

 この日はこれで終わってしまった。


そろそろ視点を考えねばなりません。

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