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伊能忠敬邸 ベアリング <C141>

当初予定は8月一杯の40話〆でのプロットだったのですが、脱線が相次いで今に至ってます。

どこかの通販商品ではありませんが、1825年に辿りつくまで延長していくしかないようです。

■ 文化十四年、6月24日(1817年8月6日)午前、深川黒江町


 今朝もまだ高橋さんと日下さんは居られない。

 高橋さんはいつも通りであれば、おそらく朝食後に現れるとのことだ。

 日下さんは、本日夕方に寄せてもらう、との連絡があったそうだ。

 とりあえず近くの家を借りており、そこでの片付けが終わり次第とのことだ。

 朝食が終わり、片付けをしている間に高橋さんが顔を出した。

 昨日のこの座敷での状況をざっくばらんに説明した。

 高橋さんも機会式計算機の有用性にはすぐ気づいたようだ。

「勘定奉行の勝手方には絶対必要な機械で、もしそのような機械があれば何台かはすぐお買い上げになりそうだ。

 是非とも至急開発してもらいたい。

 それを手土産に味方作りがし易くなる可能性が高い」

 そのような発言も飛び出した。


 伊賀七さんは座敷の真ん中に持参してきた図面を何枚か広げた。

 昨夕説明した中身について、伊賀七さんは夜を徹して図面をまとめ直したようだ。

 俺が指示して描いた下手糞な図面ではなく、概念をまとめて図面を何枚も作ったようだ。

「昨夕、機械式計算機について八兵衛さんと話しをした結果を私なりに考えてみました。

 まだ途中のところもあるので、里に戻ってから更に検討を加えます。

 まずは、得られた知見の中で、汎用性が高いものを共有したいと考え、これだけは別図面を余計に作っています。

 もし宜しければ、こちらの図面は江戸の職人方に披露して頂いてもよいかと思います」

 伊賀七さんが座敷の真ん中に広げた図面に、伊能翁と間宮さんの視線が食い付く。


「これが、考案された軸受けです。

 今まで、穴に軸を通すときに、皮を敷いたりして摩擦を減らす工夫をしえいました。

 この仕掛けは、穴の中に周にそって回転するコロを配置し、回転する軸と穴の間をコロが転がることで、接する所がこすられることがなくなります。

 このため、摩擦によって磨耗するということが起きません。

 コロとの間に塵埃が入り込むとそれによって磨耗が進んだり、摩擦で回転が阻害されることがあるので、コロの隙間は蝋で塞ぎ、側面は蓋をします。

 また、この側面にはコロの定位置に合わせてコロの軸が通る穴を開けています。

 唯一摩擦が起きるのは、このコロの軸と側面の蓋の穴の接する所ですが、この接点は常時側面板の重量しかかかっていないため、磨耗も多くないと考えています」

 伊賀七さんは、俺が説明した内容に更に多くの工夫を加えた図面を得意満面で説明した。


 間宮さんは何枚もある図面のうち、全体概要を図示した1枚を手に取り嘆息した。

「この工夫があるなら、大八車の軸受けや、測量車の車輪に使いたかった。

 車軸がすり減って折れるという事態には何度遭遇したことだろう。

 確かに、この仕組みなら、原理的に軸と軸受けが擦れて磨耗するようなことはない。

 多少重いものを乗せても、車軸が押しつぶされて変形し、壊れてしまうことはなさそうだ。

 素晴らしい」

 手放しで褒めている。

 俺の発言には懐疑的だが、伊賀七さんの言葉には好意的、と感じてしまうのは俺の僻みだろうか。


「機械式計算機は、いくつもの歯車を同時に回して動かすため、位置決めの精度が要求されることと、たとえ1個ずつの摩擦・抵抗は小さくても、これらが重合されると重くて計算させるハンドルが回せない状態になることを想定しての対策として概念を示されました。

 この概念から、私がいくつか工夫を織り込んだものがこの図です。

 この基本構造をベアリングとおっしゃっていました。

 軽く動かし続けるには、グリースという油を補給することが必要とのことですが、鯨油や獣油で良いようです」


 俺は、思わず発言してしまった。

「今は車輪の軸、くらいしか今は用途はないように思われますが、木製ではなく金属製で薄くて軽くて固い素材のものが安価に作れるようになれば、あらゆる擦りあわせがある部分に使われてもおかしくない代物です。

 いい製品を安く作るためには、大量生産という手法が良いのですが、このためには規格=仕様、つまり寸法や寸法の誤差範囲を決めてしまうことが必要です。

 寸法や寸法誤差=精度が決まり、これが標準となれば、その寸法に合わせた設計がでます。

 その寸法を当てにした色々な設計ができるようになり、そのためにまた大量に使われるという循環が産まれます。

 あと、原理的に大丈夫に見えても、こういった可動部品は長いこと使うと壊れる部品です。

 設計時には、部品が壊れた場合の交換をいかに簡単にできるか、という見方も必要です。

 こういった注意事項をまとめておくと、大変便利です」


 ふと気づくと、一昨日までは間宮さんが担っていた記録付けを、忠誨さんがしている。

 失念していたが、きっと昨日もそうだったに違いない。

 今、一度に沢山の新しいであろうことを一気にまくしたてたので、困っているかなと思って見ると、果たして、顔を真っ赤にしながらウンウンと唸っている。

 そこで俺は声をかけて言い直すことにした。

「忠誨さん、凄い困ったことになっているのですよね」

 忠誨さんは、首をコクコクと縦に振る。

「今のことを要約して、ゆっくり言いなおしますね。

 まず、ベアリングはいろんな所で大量に使われてもおかしくない部品です、と言いました。

 次に、そのためには『大量生産』するのがいい、なぜならば安くなるから、です。

 寸法や精度=寸法誤差という『規格・仕様』をきちんと決めて作ることが必要です。

 これが決まっていると、それを当てにした設計をし、また使われる、さらに同じものを作るという良い循環が産まれます。

 また、可動部分は必ず壊れますので、故障部品を簡単に交換できるように作っておくことも重要です。

 どうですか、記録できましたか」

「はい、ありがとうございます。

 できれば、いつも判り易いことばで話していただけると随分助かります」

『抜け目がないが、なぜか憎めない相手だよなあ』

 そう感じてしまうのだった。


「皆さん、そういう理由で、ベアリングの図面を公開するときには、例えば標準製品の穴の内径は直径6寸、外側の枠の外径は12寸と定め、寸法の整数倍・あるいは整数分の一となる部品を作ることとし、使う側もその部品寸法を予期するのが良い、と付記しておいてください」

 これは、判りやすかったようで、記録に書きとめられている。

 長い付き合いになりそうな忠誨さんなのだ。

 お互い率直に語れるようになりたいものだと考えた。


 その後は、機械式計算機の概要について、伊賀七さんが図の説明を皆の前でしていたが、原理は昨日説明しているので大差はないと思って見ている。

 伊能翁からは4桁程度との示唆ではあったが、伊賀七さんは6桁のものを構想しているようだ。

 年内に木製だが見本となるものを作って持ってくると意気込んでいる。

 大きさは、結構嵩張りそうだが、それは問題ないと思う。


 こういった話をするうちに、大事な昼食の時間となって一息入れることとなった。


8月も終わり、9月となりました。救いは1日が金曜日というところでしょうか。

今日さえ過ごせれば、土・日です。

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