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飯塚伊賀七・ご隠居様の驚愕 <C104>

この回は、八兵衛さんの師匠にあたる飯塚伊賀七さんの視点で執筆しています。

 楽隠居の身となった元名主の目覚めは早い。

 私の名前は飯塚伊賀七。

 宝暦十二年、壬巳みずのえ・へび弥生廿九日(1762年4月23日)生まれの数えで、文化十四年(1817年)の今は五十七歳になる。

 幼少時に、庄屋に生まれて経済的にもゆとりがあったことから、関派の算術や蘭学などに触れる機会があり、技術について強い関心を持つに至った。

 しかし、名主という重責から好き勝手もできず、好きなカラクリ造りに没頭できるようになったのは、四十五歳になって娘婿の丁卯司ちょうじに名主の座を譲り隠居してからなのだ。


 隠居してからは、まずは別宅を構え、カラクリ造りを始めた。

 カラクリと言っても、最初は農作業で使用する機械、例えば千歯扱せんばこきの改良や、打穀機だこくきの改良を手掛けている。

 もっとも、まだまだ改良の余地はあり、思った通りにできていないのだが。


 西洋の機械時計には驚かされ、その精緻さには大変興味をひかれた。

 しかし、日の出・日の入りを生活の基本としている小作人には、この定時法は合わないと思われ、昔から用いている時制と合わせるのは意外に難しいと考えている。


 さて、こういった楽隠居三昧している私の所に、しかも朝早くに、工房で目をかけている若者の八兵衛が転がり込んできた。

「ご隠居様、ご隠居様ぁ」

 その声のただならぬ様子に、何かとんでもないことが起きている予感がして、急いで玄関に立つと、三和土たたきに座り込んで頭をかかえ、うずくまっているのが見えた。


「どうした、八兵衛」

「ご隠居様、今、頭がひどく痛いんでちゃんとご説明するのが難しいんですが、どうやら昨日からワシの中に何かがとりついちまったようなんで……」

「まあ、そこにうずくまっていても始まらん。

 そこのかめにある水を飲んで、まあ落ち着け。

 落ち着いたら、この横に上がっておいで」


 私は玄関の上がりかまちに腰を下ろすと、八兵衛が落ち着くのを待った。

 八兵衛は息を整えると、私の横に腰を下ろし話始めた。

「昨日の朝、ご隠居様に指図された歯車を磨いている時に、金縛りにあったんでさぁ。

 その時は、ちょっと疲れてんのかなとおもったんだけど、今朝早く、頭の中に神様と名乗る人の声が聞こえたんでさぁ。

 神様の名前は、七賢人の末に連なる『けんいちろう』と言って、ここはいつ、どこなんてことを聞いてきました」

 ここで、八兵衛は顔をギュッとしかめました。

「ああ、名前を間違えました。

『けんいち』様です。

 あと、神様ではない、間違うな、と今言ってきました」


 これはいったいどういうことだろう。

 工房の中で一番の出来と、私が目をかけている八兵衛のことだ。

 真っ正直で腕の立つ八兵衛が嘘を言う訳がない。

 何かが八兵衛に取り付いているというのは、今の八兵衛の様子でわかる。

 これは、時間をかけて聞き取りしたほうがよさそうだ。


 私は離れた所から様子をうかがっていた女中のトメさんに声をかけた。

「ちょっと込み入った話を八兵衛とするから、朝メシを八兵衛の分も用意して部屋に運んでおくれ。

 あと、本宅の丁卯司と工房の連中に、今日は一日用があって籠っているから、緊急のご用以外は取り次がないでくれ、って伝言を頼むよ」

 私は本腰を入れて八兵衛の話を聞くべく、筆と紙を用意し、八兵衛を伴って座敷へ上がり書斎にしている奥へと向かった。


「八兵衛、まずお前はその『けんいち』さんと、今話ができるのかな。

 私の言うことを直接『けんいち』さんが聞けるのか、それとも八兵衛が心の中で話かけたことだけが聞こえているのかが知りたい」

「ご隠居様、『けんいち』さんが、こう言っています」

『さすがにご隠居様だ。

 話がどう伝わるのかの重要性をご存じだ』

『話している言葉は、俺は直接聞こえている。

 ただ、俺は直接話ができないので、俺が話すことを八兵衛さんに中継してもらう必要がある』

『また、時代が違うせいで、時々理解できない言葉も出てくるし、俺が使う言葉もわからないかも知れない。

 例えば、コミュニケーションなんて言葉を俺は当たり前に使うが、ご隠居様もご存じないだろう』

『そういった判らない言葉は極力使わないようにするが、判らなかったら都度聞いて欲しい』


 一文づつ八兵衛が口写しで話している言葉がいつもの八兵衛の話し振りと違っている。

 異人の意識が八兵衛に取り付いたということで間違いがないようだ。

 どうやら、大変なことという想像は大当たりのようだ。

 ひょっとすると、ひょっとしなくても知識の宝庫に違いない。

 私は時間をかけて、『けんいち』様から異人の知識を引き出そうと考えた。

 にしても、まずは体力からだ。

 ひとまず、朝メシにしよう。


 私は八兵衛をつれて書斎から囲炉裏のある座敷へ移る。

 箱膳には昨夕炊いた玄米飯と味噌汁だけが乗っている。

 朝から箱膳を使うのは贅沢なようだが、散らかさないでメシを片付けるには丁度良い。

 そそくさと食べ終わると、トメに箱膳を下げさせ、人払いを徹底させた。


 食事を終えて、書斎へ移り、人払いも十分と見たころ、まずは八兵衛に言い聞かせる。

「八兵衛、けんいち様の声をそのまま伝えるのじゃぞ。

 決して、八兵衛の私念を加えてはならぬ。

 また、ここで聞いたことや、けんいち様のおっしゃったことは、決して他言してはならぬ」


 そして、八兵衛を飛び越して、その背後におられるけんいち様に話かける。

「さて、けんいち様、どういったことになっているのでしょうか」

 返事は八兵衛経由なので、ちょっとまどろっこしい感じがするがしょうがない。


「伊賀七さん、俺にも良くは判っていないのだけれど、どうやら俺は未来から意識だけが飛んできて、八兵衛さんに取り付いてしまった、ということのようだ。

 どれくらい後の時代からきたかは、今がいつなのか特定できていないので、説明できない」

 どうやら、今の時代をきちんと特定することが必要なようだ。

「ここ、谷田部藩では細川様が領主となっておられる時代です。

 谷田部で起きた大きな出来事では、天明二年、天明七年に飢饉になって大変な状態でした。

 今が文化十四年ですから、今から30年、25年ほど前の出来事です」

 私は自分が名主を引き継いだ25年ほど前の飢饉の悲惨な状況を思い浮かべた。


「天明の飢饉か。

 すると、その後の寛政の改革で、囲米かこいまい制度なんていうのがあったよなぁ。

 伊賀七さん、谷田部というのがどこにあるのかを俺は知らないので、ここの歴史を語れない。

 谷田部藩のお殿様の細川様っているのも実は初耳だし、そもそも細川っていう殿様なら、肥後熊本じゃないの。

 日本全体のことや、江戸時代の主な出来事からなら、もう少し特定できるのだけど」


 確かに、藩主細川様は、肥後熊本の細川様と縁続きではある。

 ところで、江戸時代とはなんだろうか。

「けんいち様、江戸時代とは何のことでございますか」

「江戸時代というのは、徳川家が江戸に幕府を開いたことからそういう名前で呼んで他の幕府と区別している。

 足利家が京都に幕府を開いていた時代を室町時代、源頼朝が鎌倉に幕府を開いた時代を鎌倉時代と、権力の中枢があった場所で時代を区分している。

 江戸時代はだいたい260年続いた」


 けんいち様が、つい漏らしたであろう話に、私は驚愕した。

 江戸に幕府を開いていた時代を江戸時代と呼び、これが260年続いたということは、幕府を開いた260年後に幕府は終わり次の時代、つまり政権が替わるということを意味している。

 徳川様が将軍となってこの日本ひのもと政治まつりごとを行って、おおよそ200年が過ぎている。

 今の話しは、この体勢があと60年もたたず終わってしまうということなのだ。

 私はあまりのことに茫然としてしまった。


最初のひと羽ばたきで、どれだけの嵐が起きるのか、これを考えるのも著作者特権ですね。

ただ、お読み頂いている皆様のご期待に沿えるかどうかは、大変不安です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 伊賀七の娘は1809年生まれで伊賀七47歳の時ですので、45歳で隠居は?あり得ないと思うのですが...小説ですからフィクションですが、それでも気になります。
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