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伊能忠敬邸 計算機開発の依頼と奉公換え <C139>

今回は後半、かなり気持ちが入ってガンガンと執筆してしまいました。

■ 文化十四年、6月23日(1817年8月5日)午後、深川黒江町


 昼食とは言っても、梅干の入った握り飯という非常に簡単でお手軽なものだった。

 だが、この握り飯も白米なのだ。

 俺は八兵衛さんに、座敷に居るあまり元気のない少年・伊能忠誨ただのりさんへ話しかけ、脚気の前兆有無を確認するようお願いした。


「忠誨さん、八兵衛です。

 ちょっと確認したいことがありますので、そちらの椅子に腰掛けてもらえませんか。

 そして脛をむき出しにして、脚を交差させて脚を浮かせてください」

 八兵衛さんは、昨夕の高橋さんにしたように同様のポーズをとらせた。

「足から力を抜いて、ダランとさせてください。

 いいですか」

 と声をかけつつ、膝頭のお皿の下側へ手刀を打ち込んだ。

 忠誨さんは「うっ!」と声をあげるものの、脚はピクリとも動かない。

 手刀を当てる場所が違うのかと思い、少しずつ場所をずらして数回試したが、高橋さんのように反応することはなかった。


「伊能さん『これは脚気の前兆だ』と妙見菩薩様のお見立てです。

 脚気とは、白米ばかり食べているとかかる病気です。

 あまり美味しいと思わないでしょうが、精白した白米ではなく、玄米ご飯や麦飯、もしくは小豆を入れた赤飯など食べるようにしてください。

『鰻もこの栄養素が多く含まれていて、体には良い。

 今の時期、丁度よいのではないか』と、今菩薩さまが言われております」

 本人である忠誨さんだけでなく、祖父である忠孝さん、給仕する女中にも理解できるように話していきます。

 多分これで、明日の夜は『鰻』にありつける可能性が高くなると思うと、内心笑みがこぼれますが、そんなことは顔に出せません。

 あくまでも、脚気への対処療法としての意見なのだ。

「今のご指導、しかと承りましたぞ。

 忠誨も、ほれお礼を申し上げねば」

「ご忠告頂き、ありがとうございます」

 これで一応、忠誨さんの脚気診断と対処の助言が終わり、午前中の続きを始める。


 八兵衛さんに説明しながら描いた絵図だが、さすがに操作の説明までは無理なので、俺が説明する言葉を中継してもらう。

「どの計算も、最初はこのインジケータダイアル=表示歯車をゼロに戻しておきます。

 ただ、連続する計算をする場合は、これを残しておくのはソロバンと同じです」

「最初に桁ごとに数字を与えるレバーを動かして、数値を設定します。

 設定が終わると、横に突き出ているハンドルをプラス方向へ1回転させます。

 すると、この値が表示部分に移ります。

 厳密には、表示部分の値に設定部分の値が加算された結果が、表示部分に残るということです。

 次に加算したい値をレバーで設定して、ハンドルをプラス方向へ1回転させると表示部分に加算した値が残ります」

「減算は、ハンドルを逆方向、つまりマイナス側へ1回転させると、表示されている値から設定した値が減算され、その結果が表示部分に示されます。

 減算した結果が負の値になるとベルの『チン』という音がして、引き算した結果が表示されています」


「掛け算の場合は、操作がちょっと複雑になります。

 桁数毎に掛ける数の数字分だけハンドルをプラス側に回転させます。

 桁について、その数は仮置きした数字の部分に表示されるので、数値を設定する部分自体を1桁右に動かして、またその桁の数字分だけハンドルをプラス側に回転させます。

 最終的に、積の結果が表示部分に示されます」

「除算は、乗算と逆になります。

 引き過ぎのベル音がしたら、1回転プラス側に戻し、数値を設定する部分自体を1桁左に動かして、表示部分が0もしくは引き過ぎのベル音が鳴るまでハンドルをマイナス側に回転させます。

 結果は、借置表示部分に示されます」


「だいたいどんなものかは判りましたが、実物はありますでしょうか」

 間宮さんが突っ込んでくる。

「今はありません。

 実際の動作が出来るものは、これから設計して作るしかありません。

 しかし、どうすればよいかの概念は出来上がっているので、そうなるように仕組みを作るのは可能です。

 問題があるとすれば、歯車をかみ合わせたり、上側のブロックを左右に動かすことができるようにする所で、歯車の精度と磨耗対策を考慮しておく必要があることです。

 実用に耐える計算機は歯車の材として金属を用いるべきと考えますので、そのための加工や、計算機が錆びたりしないよう、またスムーズに動作できるような潤滑油をどうするのかといった点を解決していく必要があります」


 伊能翁が口を開いた。

「今説明があった機械式計算機は、ここでの計算作業に非常に有効なものだと感じますぞ。

 それだけでなく、計算という点において画期的で重要なものと思いますぞ。

 西洋でも、このような機械式の計算機はまだあるまい。

 伊賀七さんのところで、これを一つ開発してくれはしないだろうか。

 最初は木製の歯車で、そうさな、4桁程度の計算ができればよい。

 桁数をもっと増やしたり、金属製の歯車を使ったりというのは、後回しでも良い。

 今、妙見菩薩様から授かった知恵を是非とも見てみたい。

 費用については、最初の木製のものが出来るところまでの手付けで200両ほど前渡ししようぞ。

 また、それ以降については、ものが出来次第、そうさな、10台目位までは、かかった経費の倍程度であれば、惜しみなく買いつけさせて頂く。

 それでどうじゃ」


 流石に伊能翁は計算を間違いなく手早く済ませることの経済効果をご存知だ。

 俺の拙い話を聞いただけで、この機会がとてつもなく有効な技術の塊であり、活用範囲も広いことを見抜いたに違いない。

 西洋にも無い、ということをわざわざ言うということは、輸出の可能性も考えたに違いない。

 だからこその、お金に糸目を付けない開発依頼なのだと思った。


「今、菩薩様から示された機械式計算機について、私が開発させて頂きとうございます。

 開発資金についても、伊能様が今仰られた条件なら、喜んで受けさせて頂きます。

 急ぎ、里で開発に取り組まさせて頂きます」

 伊賀七さんは、伊能翁に向って平伏した。

 開発資金が200両もあれば、10人ほど奉公人を新たに雇っても数年分は充分ある。

 おまけに、不具合の出やすい最初の製品は、買取保証付きなのだ。

 間宮さんも証人になっている。

 次に伊能家当主の忠誨さんも同席しているのだ。

 滅多にない好条件で、商取引上、藩もからんでおらず、問題は何もないはずだ。

 俺が思うに、里での体制、特に人材が問題なだけである。

 そして、この計算機の生産が軌道に乗った時点で、藩を絡めればよいだけの話しである。


「ただし、一つ条件がありましてな、こちらの八兵衛さんは、当家に奉公換えさせて頂きたいのじゃ。

 もちろん、知識を独占するという訳ではござらぬ。

 本来飯塚の里の奉公人なので、伊賀七さんには大分に力になっている方だとは思う。

 だが、この先の歴史を正しいと思う方向に動かしていくためには、谷田部にいては難しいと思われるのじゃ。

 奉公換えというのが嫌なのであれば、こちらに長逗留するということでもよい。

 この条件を飲んでくだされ」


 伊賀七さんはしばし沈黙し、その後口を開いた。

「八兵衛、菩薩様ではなくヌシはどう思う」

 俺は『ここが頑張り所だ』と考えた。

「ワシには、伊賀七さんに見出して頂いた恩義がある。

 今まで、奉公人として工房で重用して頂いた恩義がある。

 しかし、ワシはもっと広い世界で、健一様の願いもあるが、思う存分いい仕事をして見たい。

 ご隠居様のように、後世に名が残る、ワシの名前でなくても構わないのでワシのしたことが残るような仕事をしてみたい。

 ワシはここで役に立ちたい」

 八兵衛は声を振り絞って、伊賀七さんに訴えた。


「あぁ、伊賀七さんは、仕事の上でよい後継者をお育てになった。

 うらやましい限りであるよなぁ」

 間宮さんが感嘆の声を上げる。

「では、いたしかたがありません。

 奉公換えの件は承知致しました。

 八兵衛、こちらでお世話になるのじゃぞ」

「伊賀七さん、誠にありがとうございます。

 奉公換えの支度金として、先ほどの200両に、もう50両上乗せさせて頂きますぞ」

 俺はこの話を聞きながら「八兵衛さん、よく頑張った」と褒めていた。

元のプロットでは、伊賀七さんとケンカ別れを予定していたのですが、金銭トレードに納まってしまいました。

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