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昇る天灯・天篭 <C122>

観光用に使っているレベルの天灯・天篭が完成したというお話です。

■ 文化十四年、水無月16日(1817年7月29日)。


 朝食が終わった後、天灯の実験機を作成するための図面を伊賀七さんと確認した。

 俺が図示した概念図を実際に工作するための図面に変換する作業なのだ。

 下側の開口部は周4尺の竹ヒゴとし、十文字にヒゴを渡して真ん中に蝋燭台を置く。

 実験機が飛んでいってしまわないように、蝋燭台下側から約2間の紐を垂らし、これを地面の杭に結ぶ指示を入れる。

 袋にするための軽い紙を4枚。

 長さ1間(1.8メートル)の紙を4枚切り出し、張り合わせを行う。

 袋の周の最大部分は約2間。


 内部の容積は概ね一立方メートル位だろうか。

 意外に容積が小さい気がしたので、周3間(6枚切り出し)で二立方メートルと容積がほぼ倍になる袋も追加作成するようにした。

 袋の中の容積が大き過ぎると、中の空気の熱が逃げ浮力がなくなる。

 蝋燭から得られる熱と逃げる熱をきちんと見積もる必要もあるのだが、そこいらも含めての実験なのだ。

 なお、蝋燭も理想は1本だが、火力見合いで複数本焚くことも当然考えてはいる。


 どの程度の浮力が得られるのかは、空気の重さが一立方メートルあたり1.3Kgから想定した計算は可能だ。

 これは、たまたま俺の趣味にダイビングがあり、10リッタータンクに200気圧と満タンにした時2.6Kg重くなることを知っているからこそなんとかなるが、一般のA高校生は知らない。

 ただ、こういった常識に近いところは、理科の授業で教わっても良いのかと思ったりする。

 もっとも、空気の密度を知らなくても、80%を占める窒素の原子番号7から原子質量14相当・分子にして1モル28グラム、1モル体積の22.4リットルから概算するなんて化学の知識から算出する高等テクニックもあるが、これはまあA高校生には逆立ちしても思いつける芸当ではない。

 悔しいが、T高校生で理系なら思いつくんだろうなぁ。

 いずれにせよ、浮かび上がる材料全体の重量が計測されている訳でもないので、いくら事前に考えても無駄だと判断した。


 図面の確認が終わると、伊賀七さんは俺(=八兵衛)を伴って工房へ向おうとした。

 俺は首から下げた袋に妙見菩薩様を仕舞い込み、あわてて後を追いかける。

 工房を束ねる庄蔵さんや同じ奉公人の吉之助に会うのも久し振りの感じだ。

「昨日、連絡をしていたように、新しいものを作ってみようと考えた。

 これなる図面だが、まずは実験という形なので、大雑把な図になっている。

 作るときの細かな注意点は、八兵衛が都度行うし、私も見て回る」

 作業取り掛かりの挨拶・指示は伊賀七さんが行った。


 竹細工、紙細工は工房の奉公人にとっては日常茶飯事で、あっという間に大小2基の天灯・天篭が完成した。

 俺は、紙の張り合わせ部分、竹ヒゴの丸い枠と紙の接合部分で引っ張りに弱いところがないかを点検する。

 特段大きな問題もないので、この2基を工房の庭に引き出した。

 結構蒸し暑い晴れの天気で、無風状態。

 短めの和蝋燭を竹ヒゴの真ん中に置き、袋を手で広げて蝋燭の火が移らないように場所を開けた後、蝋燭に点火した。


 やがて小基の袋が外向きに広がり、目一杯膨らんできた。

 俺は紙同士の継ぎ目で歪みがないか目視点検を続けていると、やがてふわりと浮き上がってきた。

 継ぎ目に不自然な捩れはないので、このまま行けそうだ。

 見守るうちに小基は少しづつ上へ漂い始め、最後には小基から垂らされた2間の紐がピンとなるところまで浮かび上がり、空中に留まった。

 大基側は膨れるまでにかなり時間がかかり、小基が頂点まで浮かび上がった頃になってやっと袋から手を離してもいい大きさになった。


 大基側は目一杯膨らむ前に浮かび上がり始めた。

 小基と同様、紙の継ぎ目を確かめる。

 こちらも完璧で、工房の製造・加工レベルの高さは確かだ。

 大基がゆらゆらと浮かび始めると、最後は小基同様に2間の紐で抑えられる高さに達した。

 そして蝋燭が燃え尽き始めると、大基・小基ともに下降し着地、蝋燭が消えるとともに袋が萎んでいく。

 どうやら、天灯・天篭は大成功だった。


 伊賀七さんはこの結果に有頂天になっていた。

 そして、工房の奉公人に小基を夕食時まで量産することを命じた。

 俺の見るところ、最低でも15基、多ければ21基は準備できそうだ。

 蝋燭の燃焼時間も実験の時の2倍持つものを用意することになった。

 結局、夕暮れまでに準備できたのは新しい18基と、実験で作成した2基の20基だった。


 その日の夕方、伊賀七さんは本宅の丁卯司さん経由で小作人や奉公人、同じ里の自作農家の面々、藩の奉行配下で近隣の居られる方々にも集まってもらうよう声をかけてもらっていた。

 工房と本宅の間にある庭に集まったのは、老若男女併せて100人ほどにも及ぶだろうか。

 声をかけたのが、実験が成功裏に終わってからであったため、小作人の中で集まれなかった人も40人ほども居るとも聞く。

 併せて約140人の内約100人が、飯塚家に所属しており、名主飯塚さんの下で生活を営む人々なのだ。

 皆で協力しあって生活を向上させようとするこの共同体にあって、元名主の伊賀七さんは何か特別な思いを持っているようだ。


 伊賀七さんの挨拶が始まった。

「皆さん。

 私こと伊賀七は、妙見菩薩様から特別のご加護を頂き、今日新しい物を作り出しました。 

 これは、自分の意思による操作で、空に自在に浮くことができる新しい技術です。

 昼間の実験でこの帆のようなもの、天灯とか天篭という名前なのですが、これがぽっかりと浮かんでいく姿を目にしたとき、私は人の魂が空に登っていくところを思い浮かべていました。

 思えば今から25年~30年前、丁度皆さんそれぞれの父母が皆さんと同じ位の歳だった時、飢饉と洪水という大災厄がこの里を襲いました。

 天明二年からの数年間の災厄の間、名主の責を担っている私はあまりにも非力で、この里の人を守ることができず、幾人もの人を喪いました。

 私は、このような悲しいことがこの里で二度と起きることがないよう、暮らしの役に立つもの、外から収入を得る手段を確保することに心血を注いでいます。

 作ったカラクリを売って得る十両というお金は、十人の命を救えるお金です。

 今回、この里の幸せをより確実にできる技術の門出にあたり、あの大災厄で亡くなった方々の魂を慰め、皆の心を一つに合わせたく集まってもらった次第なのです」


 伊賀七さんの挨拶を聞き、皆涙していた。

 八兵衛さんも心から泣き、俺もホロッとしていた。

 そして、風が治まる夕方、闇が迫る時刻になって20基の天灯・天篭の蝋燭に火が灯される。

 やがて、蝋燭の火で明るく光る大きな紙袋・天灯と、1基だけ一回り大きな紙袋・天篭がゆらゆらと空へ登り始めた。

 実験のときに付けていた紐はなく、そのまま蝋燭が切れるまでボォーと光りながら上へ登る。

 一番遅れていた一回り大きな天篭が、先に登り始めていた19基の天灯を追い越し、全基を引っ張り上げるように飛んでいく。

 それは、俺が昨夜寝る前に願った光景であり、俺もこの里の一人に加われたのかな、と思った瞬間でもあった。

腹黒い伊賀七さんを書くつもりが、反対に熱くなってしまいました。

プロットに戻すのが大変そうで、今から頭をかかえてます。

天明の大飢饉の惨状が、調べれば調べるほど悲惨で、図書館でこっそり泣いてしまいました。

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