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妙見菩薩を使う知恵 <C117>

サブタイトルに迷いました。

 文化十四年、水無月15日(1817年7月28日)。

 いつもの朝を迎える。

 顔・体洗いが終わるまでは昨日同様八兵衛さんに任せて、俺はまだ夢うつつだ。

 八兵衛さんは、工房の私物置き場から小さな袋を持ち出し別宅まで戻ってきた。

 そして、座敷でご隠居様と朝の挨拶を交わし、そそくさと朝食を頂く。

 この朝食の間に女中のトメさんはご隠居様・伊賀七さんの床を片付けて書斎を掃除する。

 大切なものは、文箱に仕舞われているが、時に出ている半紙は取りまとめ文机から飛ばないように文鎮で押さえている。


 朝食が終わると、先に食事を終え書斎行っている伊賀七さんに呼び込まれ、文机を間に向き合う。

「おはようございます、健一様。

 よくお休みになられましたか」

 ここで、八兵衛さんは懐にある袋から木彫りの小さな人形を取り出しました。

「ご隠居様、ちょっとしたお願いがあります。

 ワシの中に健一様が憑依しているのは間違いないのですが、ご隠居様に正面切って相対して挨拶なんぞされると、ワシはどうしていいのか判らなくなります。

 なので、ワシの守り仏の妙見菩薩様を持ってきました。

 ちょっと小汚いですが、ワシの妙見菩薩様が健一様の依代になっている、という風に考えることはできませんかねぇ。

 ただ、この依代様からの声を聞けるのがワシだけってことであれば、今までと何も変わらないし、万一にも健一様に悪さしようというやからは、まずはこの妙見菩薩様をなんとかしようとするので、何かあったときにも安全でさぁ」


「為る程、八兵衛さん、グッドジョブ。

 ところで、妙見菩薩って何?」

 思わず、八兵衛さんのアイデアに賛同し、ついでに聞いてみた。

『妙見菩薩様は、このあたり一体を観てくださる筑波神社の中の小原木神社こはらぎじんじゃ祭神の月読尊が鎮座する北斗岩とご一体になっているあるありがたい菩薩様です』

 さっぱり理解できないが、北斗七星・北極星と関係する知恵の神様・仏様ということらしい。

「ご隠居様、健一様もそれが良いとおっしゃられております」


 伊賀七さんは書見台を俺=八兵衛さんの横に置き、そこに八兵衛さんから受け取った妙見菩薩像をチョコンと載せた。

 うす汚れたしかめ面の菩薩の顔が、いかにもという雰囲気をかもし出している。

 伊賀七さんは八兵衛から視線を外し、少し横に位置する妙見菩薩像に相対し、軽く頭を下げると挨拶をした。

「おはようございます、健一様。

 よくお休みになられましたか」


 そして、この挨拶を受けて八兵衛さんが横から口を入れる。

「ありがとうございます。おかげさまで気持ちよい目覚めでした、と申しております。

 あと、もっと早くにこの方法に気づけば、八兵衛さん=ワシも負担が軽かったと思いますよ。

 少なくとも相対して俺=健一様の意見を伝えるのは、緊張している八兵衛さん=ワシにとって、とても厳しかったのが見えていました。

 八兵衛さん=ワシは、尊敬するお師匠様に対するもの言いが、俺=健一様の言い方ではいえなかったところが多々ありました、と申しております」

 ややこしい関係がこういった方法で、意思疎通の改善になったのは喜ばしいことだった。


「昨日夕方は失礼しました。

 お問合せの件、ここ矢田部とお探しの場所の距離について伊能忠敬様へ文を出しました。

 健一様の件については、ほとんど伏せておりますので、場合によっては伊能忠敬様の所へ直接伺うような仕儀しぎになるやも知れません。

 文の返事次第ですが、藩庁へは江戸へ出る旨の届出をしておりますのでご承知ください」

 妙見菩薩へ話しかける姿は、昨日までの姿と違い、非常に真摯な感じであった。

 伊賀七さんも、弟子の八兵衛さんにどう接してよいのか迷っていたことが良く判った。


「また、昨日は茶運び人形をご覧になって頂きありがとうございました。

 八兵衛より書付を頂いておりますが、この内容についてはまだ私のほうで吟味が終わっておりませんので、後ほどお教え頂ければと考えます」

『確か、茶運び人形が総木製であることに驚いて、金属製でないことによる弊害を指摘したんだよな。

 それから、薄鋼板をハニカム構造にするヒントも出したぞ。

 まあ、ダンボールのように斜めの構造物を挟みこむことで強度が格段に向上するのは、昔からの常識だもんなぁ。

 もっとも、薄い鋼板・ブリキみたいなものが作れるのかは疑問だけどな』


「それはさておき、今日は少し趣向を変えて、私の作った算盤そろばんを見て頂きたいと思い、お持ちしました」

 伊賀七さんは妙見菩薩像に目礼すると、脇に持ってきていた風呂敷包みを文机の上に広げた。

 普通、算盤と言えば横長で竹軸に柘植つげたまが並んでいるものをイメージする。

 20桁~24桁ぐらいが扱える範囲で、天1珠・地4珠、軸の上下に仕切りがあって上に1個5を示す珠、下に4個1を示す珠というのが元いた世界の一般的な形なのだ。

 ただ、この原型として、天2珠・地5珠のものがあることを俺は知っていた。

 風呂敷が広げられ、中から伊賀七さん自慢と思われる算盤が出てきた。


 大きさは、元いた世界のB4ノートパソコンと似たサイズでともかく大きい。

 特徴は、9個の独立した算盤が縦に九段積み上げられて一体化しているところと、天1珠・地5珠の珠がなんと全部寛永通宝・四文銭になっている所なのだ。

 1個の算盤は12桁あり、珠数は72個。

 これが9個あるので、寛永通宝・四文銭が都合648個使われている。

 ちなみに、寛永通宝・四文銭は発行時期や鋳造場所により大きさに差異があるものの、直径はだいたい24ミリ、厚さ1ミリ、重さ3.7グラムといった所だろうか。

 重さはなんと約3キログラムにもなる。


 参考として、珠に使っている寛永通宝・四文銭を現代貨幣で言うと、直径は10円玉の22ミリより少し大きめで、重さは5円玉ほど、厚さは1円玉という感じなのだ。

 ちなみに、この5円玉は寛永通宝を意識して1匁(3.75グラム)になっているという都市伝説もある。


 一段が縦四センチにも満たないお金を珠にした算盤が九段重なっている威容に、俺はまず圧倒された。

 この12桁の算盤1段の各々がそれぞれ累算機アキュムレータ・レジスターで、四則演算に使い、数値を記録する仕掛けと気づいた。

 つまり電卓でいう数字が見え、かつ計算できるメモリーで、これを9個持っているということなのだ。

 確かに、1個の算盤で複雑なことをする場合、途中で一旦数値を書きとめ、盤面をご破算してから別の数値を置き直す操作が必要になるが、この方法であれば次の段の算盤を使うことで無駄なく連続した計算ができる。


「どうでしょう、健一様は驚かれましたか。

 どう扱えばよいのか見当つきますでしょうか」

 なんだか自慢げに算盤を見せる伊賀七さんである。


 確かに卓越した考え方だが、俺はちょっと醜悪なものを感じたのだ。

 こんなものを菩薩に見せてもなあ、という図式になっているのだ。


やはり「飯塚伊賀七の特製算盤」にサブタイトルをしたほうがよかったのかも知れません。

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