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伊賀七さんの思惑 <C115>

再び、ご隠居様の伊賀七さん視点の回です。

 私は健一様が2つの場所の南中時刻差を算出する様子を見て、聞いていました。

 次々と出てくる言葉や数値、半紙に書かれる内容にだんだん興奮してきますが、それを顔色に出すような真似はできません。

 さも当然という顔をしていないと、途中で算出を止めてしまうかも知れません。

 そうなれば、私は知識を得る機会を失うのです。

 一通りの計算が終わり、「ここから丁度南西方向に百里離れていたならば、10分の6刻南中時刻が違う」と結論を口に出された時、私は思わず殴り書きされ放り散らかされた半紙を拾い上げ束にすると「この半紙は私がもらっておいてよろしゅうございましょうか」とお願いをしました。


 拾い集めた半紙の束に、健一様が八兵衛に指示していた言葉と私が理解した・理解していない内容を朱で脚注していきます。

 未来にはあたり前のことであっても、今の時代にはない知識に直接かかわっているという事実に思わず顔が上気していきます。

 夢中になって朱を入れていましたが、健一様をほうり出しているということにはっと気づきました。


「ともかくこの内容を今直ぐ、深川の三郎右衛門様にお伝えせねば」と思いましたが、この内容についての文を出すにも、一応健一様が要望する2つの場所の距離を問い合わせる形に整えるのが無難というものです。

 ここ谷田部はともかく、健一様の元いた場所を確定させる必要がありました。

 色々問うた結果「多摩川西岸沿いの登戸、そこから西に向って麻生・王禅寺・万福寺、金程という地名に合致するものがあれば該当」と聞き取れました。

 一応、この程度の手がかりがあれば、元の場所の判別はできると思います。


 気づけばもうそろそろ夕食の時間になっています。

 私は女中のトメを呼び夕食の支度をさせました。

 また、夕食の後は早急に文を作りたいと考えたので、健一様には自慢のカラクリ人形を見て貰おうと準備しました。

 カラクリは、最近大名や豪商の間で人気が高くなってきている茶運び人形です。

 客人を茶でもてなす時に、驚きの目で見られることが好評で、これで接待を受けた客人の中で新物好きな変わり者があがなうようです。


 夕食は久しぶりに茶粥でした。

 篭って仕事をする時に、腹に優しい食事ということで時々出ることがあります。

 女中のトメさんも結構融通が利くようになったかと思いきや、本宅のハナさんの指示とのこと。

 まあ、まだ奉公3ヶ月ではしかたがないのでしょう。

 しかし、初めてにしては上手い茶粥で感心しました。


 さて夕食が終わると、文を書かねば。

 書斎に入る前に、八兵衛にカラクリ人形を見せたことで得られた助言を半紙に書いて残しておくように頼みました。

 もっとも、この茶運び人形は評判を呼んでおり、作り上げる毎にいろいろと細かな改造を織り込んでいる自信作です。

 技術の高さ、精巧さを褒められることはあっても、不具合の指摘など無いに等しいだろう、と思って選んだ一点です。

 組み立てには工房の奉公人にも手伝ってもらっているので、八兵衛にも心得があるので、説明は任せてよいとみました。


 さて、書斎に入り三郎右衛門様への文を考えます。

 まずは、奉公人の一人に何かが、憑依したこと。

 憑依したのが何かは解らないが、とてつもない知識を持っている可能性があること。

 そして、ここ谷田部ととある場所の距離を知りたいとの要望があること。

 この傍証として、憑依された奉公人が書きなぐった資料と、その時の説明を私が朱で脚注した半紙を、何枚か同封するので、これで事の次第を察して欲しいこと。

 場合によっては、憑依されたままの八兵衛を深川へ連れていっても良いこと。


 これだけのことを文にやっとまとめ終わる頃には日暮れとなっていました。

『これを一刻も早く届けるには、本宅の娘婿の丁卯司に頼むのが早かろう。

 併せて、江戸深川へ八兵衛を供にして出かけることも藩庁に届け出る準備をしてしまおう』

 書斎を出るのを八兵衛が気付いたようで「お出かけでございますか」と声を掛けてきた。

「健一様のお相手で手間をかけた。

 ことがややこしいので、文では説明が尽くせない。

 場合によっては一緒に江戸に行ってもらうことになるかも知れない」


 八兵衛は承知しましたというように頷くと、先に言いつけた健一様からの助言が書かれた半紙を差し出してきました。

「ああ、この半紙が、健一様からの助言か。

 ご苦労様だった。

 片付けが終わったら、今日はもう就寝してもよいぞ。

 また明日もお願いする」

 そう声をかけると、私は半紙を懐にしまい込み本宅へ出かけた。


 本宅で、丁卯司に依頼をするが、娘婿の丁卯司に否はありません。

 早速、飛脚で文を届ける手配、藩庁への届出準備を速やかに進めています。

「今は全部説明できないが、奉公人の八兵衛が非常に面白いものを見つけ出した。

 このため、天文方にお勤めの三郎右衛門様と細かい相談が必要なことと相成った」

「ご大層なことでございますが、あまり根を詰めると体に毒です。

 藩庁からの下知で、江戸商家より茶運び人形をもう2体ほど買いたい依頼があった、とのことでした。

 ご無理なさらないよう、お願い致しますよ」

 優しい婿殿なのだ。

 それなりの経理手腕もあるので、私も期待しています。


 別宅に帰るともう八兵衛は納戸で休んでいるようだったので、そのままそっと入ります。

 私は書斎に入り、蝋燭に火を入れ今日の日記をつけ始めました。

 今日昼間、目にした驚愕の事柄は、文を書くことで少し落ち着いきました。

 幕府天文方であれば西洋の最新情報も入手できているので、驚くべきことではないかも知れない、と思うと多少早まったかなとも思っていました。


 日記をつけ終わるとき、懐にしまい込んだ八兵衛の半紙に気づきそれを取り出しました。

 半紙には「木の歯車で磨耗・故障しやすい」「茶碗の重さに制限がある」という指摘が墨痕鮮やかに書かれていて、まずはギクリとさせられました。

 対策として「ハニカム構造」という知らない言葉に続いて「極めて薄い金属板で蜂の巣構造を挟み込んだ板を使う」との説明と、この構造の簡単な図が書かれていました。

 薄い金属板というものがいかに曲がりやすいか、横からの力に弱いかを知っている私としては、構造でこれを補うという発想はありませんでした。


 思わず立ち上がり、今すぐ八兵衛を叩き起し、この内容を問い詰めようかとも思いましたが、相手が消えてしまう訳ではありません。

 ここで変に健一様を刺激して、折角色々と教えて貰える関係を壊すのは問題だと考えました。

 今までと同じように、丁寧に丁重に、捻くれないように貴重な知識を引き出すのが得策と、改めて肝に銘じたのでした。


 とりあえず、「ハニカム構造」のことは書いたものがあるのでこれを解き明かせは良いので横に置き、明日は自慢の大型算盤を見てもらって、助言を頂くことにしようと考えながら、私は床についたのでした。


いろいろとありましたが、伊能忠敬さんとの連絡、計算機に繋がる算盤がやっと登場できる背景の部分が終わりました。


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