女中トメさん <C113>
閑話休題。女中トメさんの視点での話しです。
やはり小説には女性が登場しないと、という向きに執筆しました。
中国七賢人様、事後記載ですがこれでようございますね。
私はトメ、陣屋村の自作農・武蔵の二女、数えで16歳です。
私の兄弟姉妹は全部で6人おり、上に兄が二人と姉、下に妹と弟がいます。
自作農なので、自分たちの頑張りがお米の取れ高になって暮らしが良くなると信じていますが、そもそも祖父母だけでなく叔父の茂蔵一家六人も一つ屋根の下で暮らしているので、余計に家計が苦しいのだなあと思っていました。
そんな中、隣の新町の名主・飯塚様への女中奉公の話が私に回ってきました。
女中奉公の給金は年1両2分とのことで、このお金があれば家が随分助かるということから、私は喜んで奉公へ上がることとしました。
普通町屋の商家やお武家様の所へ奉公に上がる、給金は年2両という話しも聞いていたのですが、飯塚様のところの給金は若干低いもののなぜか奉公人内での評判が良いのです。
ちなみに、金1両は米1石、すなわち1年間に一人が食べるお米の量とほぼ等しいのです。
また、2分とは一両の半分です。
私が奉公に出ると、私が分担していた家事はともかく、実家は私の食料1年分がかからなくなるばかりか、奉公料・支度金として一年半分の食料を追加購入できる収入があるのです。
このことで私の実家は、父母の家の中での地位は安泰となります。
奉公は3月頭から1年勤め、先様でのお勤め具合の評判が良いと、そのまま雇い続けて頂くこともできます。
奉公を3年も同じところで続けられるような娘には、大抵良い縁談が回ってきます。
というのも、奉公先がその娘の働きぶりが非常に良いというお墨付きを与えているようなものだからです。
奉公の内容は、裁縫・子守・炊事・洗濯・掃除と下女中並の仕事ばかりありますが、普段家で行っている仕事も似たようなものです。
ならば、家族と離れて暮らすのは寂しいですが、お給金を貰える奉公女中というのは、嫁入り前の娘にとっていい話です。
しかも、若干ではありますが、行儀作法の稽古や、簡単な読み書きを学ぶ機会もあるとのことであれば、花嫁修業の格好の場でしかありません。
ただ、そうそう良い話ばかりではなく、若旦那ではなく出入りの方のお手つきとなってしまうと、雇い止めになったり放逐されたりと、身持ちが堅くないとやっていけないところとも聞きます。
私に勤まるのでしょうか。
飯塚家の奉公は、本宅・工房・別宅の順に3箇所に分かれています。
本宅は名主である飯塚丁卯司様が采配されておられます。
ここには、年の頃はご隠居様と同じくらいのハナという上女中が居られます。
ハナさんに加え3人の下女中が居ります。
昨年その下女に丁卯司さんのお手がついたとの話しが流れ、結局このお女中がどこかへ匿われてしまい、真相がハッキリしないまま、その後釜に別宅の下女中が引き抜かれたようです。
別宅には名主を引退されました伊賀七様が住んでおられます。
私は、このご隠居さまの身の回りのお世話一切にかかわる女中奉公を任されました。
最初は、私が本宅へという話しもあったようなのですが、若旦那様のお悪戯が問題となったというのが真相のようです。
別宅に住み込む女中は私だけのようですが、すぐ近くにご隠居様の工房もあり、工房にも下女中が二人ついています。
不測の事態が発生したときには、いつでも駆けつけてくれるそうです。
ただ、工房も若い独身青年が4名居り、それを下女中2名で廻していますので、ここぞという時には頼るのもよさそうです。
いずれにせよ、飯塚家で雇用する女中は全部でこの8人だけなのです。
そして程度にもよるのでしょうが「多少ゆとりがある時間帯に、手習いなどの手ほどきを上女中のハナさんがしてくれる」ということのようです。
これが評判が良い理由かも知れません。
こうして、私はこの3月から、飯塚様の別宅でご隠居様のお世話をする女中となりました。
奉公を始めて3ヶ月ほどたったある日の朝、まだ朝食をお出しする時間のはるか前、やっと私が起きだした時間のことです
工房に暮らす仲間の内、ご隠居様が一番目にかけていると思われる八兵衛が、息も絶え絶えな様子で別宅の玄関から飛び込んでくると三和台にしゃがみこみ、苦しそうな声でご隠居様を呼んでいるのが目に入りました。
何やら大変なことが起きているようです。
八兵衛さんは工房で働いている四人のうちの一人ですが、下の兄に似た雰囲気があってとても気安く話せる方です。
純粋で真っ直ぐで、丁度十歳くらいの子供の頃のまま大きくなってしまったようで、時折見せる大ボケも愉快なのです。
ご隠居様は、愉快なところよりも飲み込みの速さと確かな細工をする腕を買っているようで、込み入ったカラクリを仕上げるときには八兵衛さんを別宅に缶詰にしてしまうこともしばしばあります。
ご隠居様は玄関に出て八兵衛となにやら話しをすると、私に二人分の朝食の支度を命じました。
そして、しばらく缶詰にすることを本宅と工房に伝えること、人払いすることを指示されました。
結局、この状況のまま夜になり、八兵衛さんは納戸に泊まることとなりました。
私は土間横の女中部屋で寝ます。
本当は、どんな具合なのかを八兵衛さんに聞きたかったのですが、ご隠居様は遅くまで書斎で書き物をしているようで、結局私は女中部屋から一歩も出ることはありませんでした。
翌日、私はいつも通り日の出前に起きて働き始めます。
朝食は前の日のご飯の残りが基本です。
お味噌汁は手早く造りますが、ご飯を炊き直すほどの手間をかける時間はありません。
箱膳に盛って座敷に並べます。
お二方の怒涛の速さの朝食が終わると、また人払いです。
人払いとなると、私は掃除する場所がかなり制限されてしまいます。
なので、ちょっと暇になります。
多分、明日も同じようになりそうな気配です。
今日は夕食を頑張って沢山作ることにしましょう。
夏の日差しがちょっと眩しく暑い夏になりますが、稲も豊かに実ってくれることでしょう。
こんな平穏な日々がずっと続きますように、と神様にお願いしてしまいます。
このトメさんの実家は実は幕府のクサで、その使命を帯びたトメが飯塚伊賀七に接近している。
なんてことはありません。まあ、IF物はなんでもありなのでしょうがね。