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Guiding Star  作者: 綾野雅
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第二章:図書館(3)


勇希はもうどうすればよいのかわからずに、大きな机の前にある古い椅子に腰掛けていた。やっと紅劉国の本を見つけたというのに今度は灯台の地下にあるこの埃だらけの部屋に閉じ込められてしまったのだから無理もない。


勇希は今までに幾度となくこの灯台を訪れているが、つい数時間前まではこの部屋へ通じる階段があったことなどまったく知らなかった。だから、この場所を知っている人などほとんどいなくても不思議ではない。見たところ、長い間、この部屋に入った者はいそうになかった。仮にもし、誰かこの図書館のことを知っている人がいたにせよ、まさか女の子がここに閉じ込められていようなどとは思うはずもなかった。


「ああ、もう。どうしたらいいのよ」


勇希はうなだれた。


母親がいつも緊急事態のために携帯電話を持つようにと口うるさく言っていたのが思い出される。勇希はただの無駄遣いだと言って一度も携帯電話を買おうとしなかったのだ。今更になって母親の言うことを聞かなかった自分に腹がたった。


勇希はそっとため息をつくと、机の上にあった2冊の本へと視線を落とした。大きな皮のカバーがかかった本には「紅劉国之歴史」と記されていた。そしてもう一冊のほうはそれよりもだいぶ小さい。


二冊とも濃い塵がかぶっていた。勇希は息を吹きかけて埃をはらおうとしたが、逆にその舞い上がった埃で息がつまりそうになり、激しく咳き込んだ。咳がなんとかおさまると目の周りにたまった涙を拭って二つ目の小さな本を見た。


本のカバーは虹色に輝き、何の題名も記されてはいなかった。勇希はその光輝く本を手にとると、最初のページをめくった。そこには古代文字でびっしりなにか書かれている。


『21日目、太陽神の時、私は紅鐘(こうしょう)村を父と訪れた』


勇希は続けて読み上げる。


『こんなに美しい場所はいままでに見たことがない。村はたくさんの野生の華に覆われ、人々は私たちを大変歓迎してくれた。始めて、海というものも見た。私が書物から想像していたよりもはるかに大きく、美しかった』


それは、本というよりも、昔に書かれた日記だった。勇希ははるか昔、古代人は今とはまったく違った暦を使っていたことを思い出した。人々は8月とは言わず、「太陽神の月」と呼んでいたのだ。


勇希はさっと次の数ページに目をとおしていたが、突然、その日記に記されていたある言葉に目が止まった。


『今日、カミンと名乗る青年に出会った。彼があの悪いダコスから助けてくれた。カミンは紅劉国の五大戦士の一人だった。ああ、なんて素敵な人なのかしら。彼の深い藍の瞳と甘くて力強く深い声を聞くたびに私は息が止まりそうになる。父は彼にこの紅劉国と私を護るように命令した』


日記は次の数ページの間、延々とこのカミンという名の青年のことを綴っていた。誰の目からみても、この日記の持ち主がこの青年に恋していたことははっきりしていた。


勇希は「カミン」という名を読むたびに胸の奥がチクリと痛むのを感じていた。


「私、この名前を知っている」


勇希はつぶやくと突然、夢に見るあの青年の姿が一瞬頭の中に見えたような気がした。

夢の中のあの青年もやはり深い藍色の瞳をしており、彼の深く、甘い声を聞くたびに勇希は頭がとろけそうになるのを感じていた。


「カミン…紅劉国の五大戦士の一人。この日記の少女と国を護った人」


勇希は目を閉じて、何かを懸命に思い出そうとしていた。と、急に今は失われてしまった帝国の歴史書があることに気が付く。何か、五大戦士についての記事があるかもしれない。そう思って勇希は大きな古い書物のページをめくった。


本のページをめくるたびにかびた埃のにおいが鼻をついて勇希はおもわず顔をしかめた。

その本は何千年も前に書かれたものに違いなく、置いてあった部屋は埃と外からの潮風に満たされていた。そんな最悪な環境下に置かれていたにもかかわらず、本のページはどれもわりといい状態で、どこも破れたり、虫に食われているところは見当たらなかった。


「見つけたわ!」


勇希はとうとう紅劉国の五大戦士についての長い記事を見つけた。


そこにはこう書かれていた。


『五大戦士はその命をかけて、紅劉国の皇女ナユル妃とこの国を滅ぼそうとする悪のダコスの計から護った』と。


「皇女ナユル、お姫様ですって?」


勇希はおもわず声をあげた。たしか、夢の中の青年は勇希のことを「ナユル」と呼んでいた。そのことを思い出して、勇希は自分の心臓が大きく脈打つのを聞いた。


震える手で、ページをめくる。次のページには絵が描かれていた。古い奇妙な服を着た三人の青年と三人の少女が勇希に向かって微笑んでいた。


真中の少女はきれいな、だがこざっぱりとした白いドレスに見を包み、その小さな頭上には小さな冠をかぶっている。


勇希は目を大きく見開いた。なぜなら、その少女は勇希に瓜二つだったのだ。


絵の下には六人の名前が記されていた。

『紅劉国皇女ナユル妃(前列中央)と五大戦士たち(前列右:ケラ・トーラス、後列右:クルツ・アンテス、後列中央:マホーニー・チェリッシュ、後列左:チドル・コナー、前列左:カミン・タイラー)』


「この子が皇女ナユル・・・紅劉国のお姫様。カミンという名の戦士のことをこの日記に書いたのはこの子・・・」


勇希はつぶやいた。


ふと、このお姫様の隣に立っている青年に見覚えがあることに気づいた。ハンサムな背の高い青年が涼しい藍色の瞳で優しく微笑んでいる。


「どうして、彼がここにいるの?彼は…」


言いかけたとき、突然、背後から何かの唸り声が聞こえてきた。その唸り声はあまりに大きく、勇希は部屋全体が揺れたような気がした。


ゆっくりと後ろを振り返る。勇希の震えるセピア色の瞳が彼女の座っているところからほんの数メートルのところに立つ一つの青黒い影を捉えた。


それは約180センチほどの高さで、その暗い影からのぞく一対の赤く光る目を勇希は見た。大きく開けられた口から長い涎が滴っている。


「なっ、なんなの、これ?」


勇希は眩暈を感じた。小さな窓から入ってきていた陽の光はすでに消えうせ、勇希を必要以上に怖がらせた。


その影はまた大きく吠えると、突然飛び上がり、勇希へと襲い掛かった。


「誰か、助けて!」


勇希が声にならない叫び声をあげた時、突然、勇希の体が青い光に包まれ、迫りくる化け物を弾き飛ばした。


その化け物の赤い目は今、ほんの少し前まで無力な少女が古い皮製の本を読んでいた古く大きな机の前に立っている短い紺碧の髪の少年を捉えた。図書館のどこにも勇希の姿は見当たらない。


「我らの姫を傷つけると言うのなら、お前を殺す」


少年の濃い藍色の瞳が化け物の血のように赤い目を睨み付けた。


化け物はまた飛び上がると、今度はその少年に狙いをさだめた。少年は一度たりとも敵の目から目をそらさず、右手のひらを化け物に向けて掲げると、一筋の青い光が少年の右手のひらから噴き出した。


その光はしだいに大きくなり、少年の周りにあるすべてのものを飲み込んでいった。





******





外では、今夜の寝床を探していた一人の年老いた乞食が、灯台が青い光に被われていくのを見た。ただ阿呆のように口をぽっかり開けたまま、灯台が青い光の中に消えていくのを眺めていたが突然、光は消えうせていた。静寂がもどり、古い灯台がいつもと変わりなく海のそばに立っている。


一度灯台から離れようとしていた乞食だったが、強い好奇心に押されて灯台の中を覗いてみることにした。


灯台の中は暗く、静かだった。乞食は古いくたびれた上着の内ポケットからマッチを取り出すと火を付ける。ほのかな光に照らされた空虚な空間には灯台の上へ行く粗末な鉄の階段があるだけだった。


どこにもさっき見たような不思議な光を放つようなものは見当たらない。


乞食は夢でも見たか、と頭を振ると、その灯台の中に今夜の寝床をつくり始めた。


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