第十二章:真実と偽り(2)
暫く目をつぶっていた真津子はふいに自分を押さえつけていた者の手が自分の体から離れるのに気が付いて、そっと目を開けた。
子供達の体は地面の上に無数の屍のように倒れており、その中で一番体の大きな子供が蒼い液体を体から流して倒れていた。その傷口には眞が持っていたあのサバイバルナイフが突き立っている。
しばらく呆然と辺りを見回していると、倒れていた子供と思っていたものたちは次第に干からびたミイラのような姿にその容貌を変えていった。あのウェイターのように、もともと死人を操っていたのであろう。賢い真津子はすぐにその状況を理解した。
「うっ・・・ぐふっ」
苦しそうな声が聞こえてくる。その方向を見やると、腹部辺りを抑えてうずくまる父の姿が見える。指の間から真っ赤な何かが滴り落ちていた。
「父・・・さん?」
真津子は震える声で呼んだ。ゆっくり、真津子のほうを振り向いた眞は真津子が知っているいつもの優しい父親の顔でそっと微笑んだ。
「真津子・・・」
かすれた声で愛しい娘の名を呼ぶと眞の体はどさり、とその場に崩れ落ちた。
「父さん!!」
真津子はあわてて父の側に駆け寄った。満は少し離れたところで立ち尽くしている。
「父さん、しっかりして!父さん!」
真津子の叫び声にふと我に帰った満は急いで眞の側に駆け寄ると止血しようと試みる。だが、傷口から溢れ出した血は留まるところを知らなかった。
「血が、止まらない。このままだと・・・」
満は唇を噛みしめる。
「加瀬・・・君」
眞の声はそんな満をまるで労わるかのように優しかった。
「気にするな・・・私は、もうダメだ・・・。それより、娘を・・・真津子を、頼む」
「何言ってるの!」
真津子は弱気になった眞をしかりつける。
「すまない、私は、お前の期待に答えて・・・やれなかった」
いつの間にか眞の瞳には大粒の涙が光っていた。
「何が、一体何があったの。どうしてこんなことに・・・」
最後に真津子が父の姿を見たのは丁度勇希が灯台に閉じ込められた時だった。あの時、急な仕事が入ったと言って、眞はめずらしく行き先も告げずにクリニックを後にした。
たった数ヶ月見ない間に父はすっかりやせ細っていた。ふ、と自分の腕の中の父の体が軽くなった気がした。
「人間は死ぬとその体重が少しだけだが減るらしい。一説には魂の重さが抜けるからだと言われている」
昔、父がそう教えてくれたことを思い出す。
「父、さん」
真津子は細い体を振るわせて静かに泣き崩れた。
眞は結局、真実を何も告げないまま、最愛の娘の腕の中、永く深い眠りに落ちていった。
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敬介は言葉を失ってその場に立ち尽くしていた。驚きで腰が抜けたように動けなかった。こんな思いをするのは何度目だろう。ついさっきまで自分達を襲っていたルシファーは今や別人の顔で倒れていた。紺碧の髪に藍色の瞳、そしてあの、青い気弾。それは紛れもない、かつての仲間、カミンその人だった。
つくもは後悔にひざが震え、その場に崩れ落ちた。カミンは自分を、こんな裏切り者の自分を助けてくれたのだ。そう思うと、涙が止め処もなく溢れてくる。つくもは小さな子供のように泣きじゃくりながらカミンにすがり付いた。
「カミン!カミン!どうしよう、血がこんなに!」
動揺して何をしていいのか全くわからない。
その時、ふと誰かが優しく自分の頭をなでているのに気が付く。涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げると、カミンの優しい藍色の瞳がやわらかく微笑んでいた。
「大丈夫。こんなことで俺はやられたりしない」
確かにカミンの傷は深かったが、幸い急所を外れているようだった。
「どうして、どうして私なんかを助けたの?」
つくもはしゃくりあげながら、気が付くと、自分の身を呈して護ってくれたカミンのことを責めていた。
カミンはいつもの優しい微笑みを浮かべて答える。
「どうしてって・・・つくもは俺の仲間じゃないか」
「あんたが護るのはナユルで、私のことなんか・・・護ってくれないと・・・」
つくもはカミンの出血を止めようと震える手で自分の上着を傷口に押し当てた。
「何、言ってんだ」
カミンの眼差しはナユルを見るそれとは少し違っていたが、友を想う優しい眼差しでつくもを見つめていた。
「だって・・・あたしが昔、何をしたか、カミンは知ってるじゃない。それに今度だって、あたし・・・」
「駄目だ!」
突然、何か言おうとしたつくもをカミンがきつい口調で制した。つくもは驚いてカミンの藍色の瞳を見つめる。カミンがこんなにきつい口調をしたのを聞いたのは初めてだった。
カミンの瞳は何もかもわかっていると無言で言っていた。
「何も、言わないでいいんだ、つくも。君は俺の仲間で・・・そして、大切な友達だ。危険な目に会っている友達を助けるのは当然だろ」
カミンはいつもの穏やかな口調に戻るとそっと微笑んだ。