第十二章:真実と偽り(1)
その頃、真津子と満は暗闇の中、眞とルシファーの跡を追っていた。穴の中はまるで暗い洞窟のような造りだったがところどころに置かれている松明の灯りで先程いた建物の中よりは足元が見えるようになっていた。
あともう少しで眞たちを捕えられる、そう思ったとき、ふいに数十人の小さな子供達がどこからともなく二人の前に現れた。一瞬の出来事にたじろいで歩を止めた真津子たちに子供達が容赦なく襲い掛かってくる。
「なっ!」
真津子は例え敵であろうとも子供に向かっては手が出せない。なんとか相手を傷つけずに振り払おうともがいたが子供達はあっという間に真津子を地面に押さえつけてしまった。
「真津子!」
満は片っ端から真津子にのしかかっていた子供を乱暴につかんで引き離すと真津子を自分の背にかばうようにして立った。
「なんだ、お前はかわいいクリニックの子たちにまで手をあげる気か?」
ふと、男の声が聞こえる。子供達の後ろには真津子の父である眞が一人、立っていた。
「クリニックの子供、だと?」
その言葉に満は自分の前にいる数十人の子供達の顔をまじまじと見つめるとはっと息を呑んだ。真津子も満の後ろからそっと覗き込んで絶句する。
確かに二人はその子供たちを知っていた。その子たちは眞があちこちから保護を目的に集めてきたクリニックに住む子供達だった。
だが、いつもと様子が違っていた。皆魂が抜けたかのように無表情であらぬ方向を見つめている。
「父さん、一体これは、どういうことなの?」
真津子は半ば発狂したように叫んだ。
「どうってことはない。ダコス様が目的を果たされるよう、私は手助けをしているだけさ」
眞は相変わらずしれっとした態度で答える。
「ダコスを、助ける、だと?何故だ?なぜ、自分の娘の敵を助ける?!」
満の言葉が終わるか終わらないうちにまた子供達が襲ってきた。咄嗟に満が突風を吹かせ、その強い風に吹き飛ばされた子供達は次々と周りの壁へ激突すると動かなくなってしまった。
「満!やめて、みんなが死んじゃう!」
真津子が満の腕を掴んでやめさせようとしたが満は攻撃の手を休めない。
「真津子、こいつらはもう既に生きてはいない。あのウェイターのように取り付かれて操られているだけだ」
満はそう言うと最後の子供が動かなくなるのを待ってその手を下ろした。
「ふん、真実を見破るとは、さすがだな。」
眞は満のほうへゆっくりと歩み寄った。
「流さん、こんなことはもう止めるんだ。あなたが何故、ダコスを助けているのかは知らない。だが、こんなことをして真津子が幸せになるとでも思っているのか?」
満が説得しようと動いた時、倒れていた子供達がふいに宙に浮かび上がると一斉に満へと襲い掛かってきた。突然のことに足をすくわれた満は今や完全に押さえつけられて身動きがとれない。真津子も同じようなものだった。
「いい格好だな、加瀬君。君が私に説教するなど、百年早いのだよ」
そう言った眞の手には松明の光で怪しく光る大きなサバイバルナイフが握られていた。
「いつか死の淵で会おう」
サバイバルナイフを振りかざしながら眞は不気味なほど静かな声で言った。その時、何か黒いものが真津子目掛けて飛んできた。
「!!」
真津子の甲高い悲鳴が薄暗い空洞にこだました。
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「ダブル、エージェントだって?」
敬介は自分の耳を疑った。
まさか、つくもが、自分の恋人が今まで自分を、仲間を裏切ってきたというのか?そんなはずはない。つくもは口は悪いがいつも仲間のために一生懸命だったはず。敬介はそう自分に言い聞かせる。
だが・・・。だが今までのつくもの言動にいくつか不信な点があったことも確かだ。
敬介が診療所に戻った時、つくもは梗平とリビングにいた。つくもの説明では知らない間に梗平が一人で勇希を連れ出し、病院へ収容したということだった。
だが、診療所は車がないとどうにもできないような場所にある。そして今敬介たちが忍び込んだこの建物は満が運転する4x4で約三十分もかかるような場所にあった。梗平が一人で勇希をこの場所に連れて来られるはずがない。そうなると、きっと共犯者がいるはずなのだ。
もし本当にここが病院だったとして、梗平が助けを携帯で呼んだとしても、診療所にいたつくもに全く気付かれずに勇希を連れ出すなど、ありえない。ましてや梗平が言うとおり、勇希が違う人格、つまりカミンに変わったというのであれば、カミンが素直に梗平の言うことを聞いてこんな所に収容されるはずがない。
ならば、やはりつくもは全てを知っていたのか?つくもが裏で手を引いていたから、勇希たちの行方があんなにあっさりと知られてしまっていたのか?そう考えると全てつじつまが合う。
ふと、つくもを見るとどこか怒りを無理やり抑えているような、それでいて今にも泣きそうな複雑な顔をしてその場に立ち尽くしていた。
つくもはそんな敬介の視線を無視すると、妖しく光る剣をラナに向けた。
「そんなことより、例の鍵を渡してもらおうか」
つくもは男言葉になると冷ややかな有無をも言わせぬ力強い声でそう言った。
「鍵、だって?」
まだ呆気に取られている敬介がわけがわからないと言った風に首をかしげる。
「おや、この鍵を僕が持っていること、知ってたんだ?」
そう言ってラナが胸元に光っていた鎖を引き出すと、大昔に使われていたような錆付いた鍵が見える。
「それって・・・」
「そう、僕が勇希ちゃんから盗んだものさ。黄泉の国へ通じる扉のね。」
「じゃあ、お前が」
「ああ、そうさ。あの日、勇希ちゃんを灯台の書庫に閉じ込めたのは、僕。殺すのには失敗しちゃったけど、どうやら彼女、生きててもらわないとダコス様も困るらしいから、誘拐させてもらったんだ」
ラナは相変わらずかわいい子供のような声で悪びれもせずにそう答える。
「まんまとハメられてたってわけかよ、ちっくしょう。」
敬介は今にも地団駄踏みそうになりながら二人を睨んだ。
「ラナ、鍵を」
そんな敬介のことなど全く眼中に入っていないようでつくもは再び鍵を手渡すようラナを促す。
そんなつくもをまるで毒虫かなにかを見るような目で見ると、ラナはぱちんと指を鳴らした。その音に呼ばれたのか、敬介とつくもの前にルシファーがどこからともなく現れた。
「鍵は僕のものだ。裏切り者などに渡すわけにはいかない」
そうラナが言うと同時にルシファーが二人に襲い掛かってくる。敬介とつくもは素早くその攻撃を避ける。ルシファーの攻撃はとても素早く、二人は回避するのがやっとでなかなか反撃できなかった。
つくもでさえ、たった数分の間の攻撃に肩で息をしながら剣を支えにしないと立っていられないほどその体力を使い果たしていた。そしてとうとうつくもの剣はルシファーの攻撃に弾き飛ばされてラナの側の地面に突き立った。
「こいつ、なんて身軽なんだ・・・まるで・・・」
敬介が息を切らしながら、呟く。
「まるで、カミンじゃないか!」
そう敬介が呟いた途端、ルシファーの体がびくんと引きつった。
「まさか、そんな・・・」
何か言いかけたつくもの前でルシファーの骸骨のような細い体がまるで発作でもおこったかのように激しく痙攣する。同時にルシファーのひどく痩せた背に力なく垂れていた長い緑色の髪が左右へと激しく揺れていた。
「くそ。失敗だったか!」
ラナは歯軋りするとつくもの剣を持ってルシファーの背後からつくも目掛けて襲い掛かってきた。
「つくも、危ない!」
敬介がつくものもとへ走りよろうとしたその時、ルシファーの細い体が隼のように素早く動いたか、と思うとその体にラナが持っていた剣が突き刺さった。
「!!」
息を呑む敬介とつくもの前で負傷したルシファーが見る見るうちにその姿を別のものに変えていく。
「き、貴様、まさか、そんな!!」
ルシファーの藍色の瞳に驚愕に顔をゆがませたラナの情けない顔が映っている。ルシファーの細い骨と皮ばかりの手には先程までラナが首からさげていたあの鍵がぶらさがっていた。
「消えな」
どこかで聞いたような深くどこか優しさの漂った声が響くとルシファーの掌から青い光がほとばしる。ラナの断末魔の叫びはその青い光の中に消えていった。