第九章:カミン・タイラー(3)
その日の夜、満たちは早い時間から各々自分の部屋にこもっていた。皆、今日カミンから聞かされた真実を自分なりに考えたかったからだ。
カミンから聞いた話は正直言って信じられない、いや、信じたくない話だった。結局カミンは噂が真実だったのか、突き止めることはできなかった。
だがもしそれが真実だとしたら…。ふと満は思い、自分の考えを跳ね除けるようにぶんぶんと頭を振った。
例え自分たちが完全なる悪だと信じて疑わなかったダコスに正当な理由があったにせよ、それに一体なんの意味があるというのだ。どんな理由であろうと、ダコスが紅劉国を滅ぼそうとしたのは事実だし、今なお勇希を狙っていることに変わりはない。
例えナユルがダコスの実娘だとしても、ダコスのしたことは正当化されるものではない。自分たちが仕えたのは皇女ナユルであり、今もその生まれ変わりである勇希を護らなくてはいけないことに変わりないではないか、というのが満の結論だった。
「ただわからないのは・・・」
満は誰もいない部屋で一人呟いた。
「もし本当にナユルがダコスの娘だとしたら、やつは今一体勇希を捕らえて何をしようとしているのだ?」
満はどすん、とその巨体には似つかないような小さなベッドの上に疲れた体を沈ませるとじっと部屋の天井の一角を見つめる。
その答えは、カミンも知らなかった。カミンが知っていたことは、カミンが勇希と体を共有しているのはダコスの仕業ではない、ということだけだった。ただ、それ以上そのことについて、詮索してほしくない、そうカミンは言った。そして、今日自分から聞いたことは勇希には決して話さないでほしい、そう言い残しカミンは行ってしまった。
結局全てが振り出しに戻ったことになる。一連の事件の発端は、おそらくダコスがその昔、紅劉国から追放されたことから来ているに違いなかった。そしてきっと、ダコス以外には誰にも理解できないことなのだろう。
「とにかく、俺たちは俺たちが信じることをやる。それしか道はなさそうだな」
何があってもナユルは俺が護る、そう言い切ったカミンの真剣な眼差しを思い出す。
自分たちが五大戦士だった頃から、もうだいぶ時が経っていた。それなのにカミンのナユルへの気持ちは何一つ変わっていなかった。それどころか、カミンはナユルの出生の秘密の噂を知って、それでも尚、自分の愛を貫こうとしている。満にはそんなカミンが少しうらやましくもあった。
「俺には、あんな風に女性を愛しつづけることなんてきっと、できない」
ふ、とため息がもれる。哀しくもあったがそれが満の性格だった。好きな人がいても臆してしまう。だから、余計にカミンには幸せになってほしい、そのためなら何でもしよう、そう満は思う。それが、自分の幸せなのだ、と。
満は自分の胸につかえていた何かがすっと消えていくのを感じると訪れた睡魔に身を委ね深く長い眠りに落ちていった。