第八章:つくもの秘密(2)
「一緒に、食べようかと思ってさ。さっき、夕飯の前にたくさん買ってきてたんだ。結構美味しいんだよ」
なぜかつくもは言い訳がましくそう言った。
「わあ、ありがとう。椅子とかないから、ベッドにでも座って」
勇希は言いながら机の一番下についている深い引出しからプラスチックの使い捨てコップを二つ取り出すとその一つをつくもへ渡した。つくもはクッキーの箱をベッドに置くと、勇希と自分用にコーラを注ぐ。
約二十分もの間、二人は気まずそうにベッドに座って何も言わずにクッキーを食べていた。箱のクッキーが全てなくなってしまった時、つくもは真剣な顔になると勇希のほうに向き合う。
勇希はつくもの様子が何かおかしいと気がついた。つくもの緑色の瞳はいつになく真剣だった。彼女は何も言わず、ただ勇希の顔を、何か思いつめたような顔で見つめている。
「どうか、したの?」
とうとう勇希はその沈黙に耐え切れなくなって口を開いた。
「勇希…」
つくもは一瞬躊躇ったが、クルツが使っていた男言葉で言葉を続ける。
「俺は…俺達がカミンと話すことを恐れているんじゃないのか?」
勇希はつくもの顔を不思議そうに見つめ返したが、つくもはそんな勇希の表情にはかまわず続ける。
「あ、あんたは何も心配しなくていいんだよ。きっとカミンから何か良くない事を聞かされるんじゃないかって、心配しているんだろうけどさ。俺はナユルとおんなじくらい、カミンのことを良く知ってるつもりさ。敬介だってカミンがあんたのことをどんなに愛しているか、知ってるんだ。勇希、あんたはナユルだ。俺達の皇女、そして、カミンの愛した女性。カミンはあんたを傷つけるようなことはしないよ」
「なに…言ってるの?」
勇希はそう聞き返したが、つくもが何を言おうとしているか、その答えを聞かずとも勇希にはよく分かっていたはずだった。だが、つくもからは勇希の思いもよらない答えが帰ってきた。
「勇希、敬介はカミンをあんたの家で見たって言ってるんだ」
つくもの緑色の瞳が勇希の驚いた顔をじっと見つめる。
「なんですって?」
「学園祭の夜、敬介があんたの家に行っただろう?あの時、真っ赤な毛に覆われたモンスターにカミンが襲われているのを見たって敬介が…」
勇希はなんと言ったらいいのか言葉が見つからず、つくもの続ける言葉をただ待っていた。
「もちろん、その時、敬介には一体誰なのか、はっきりわからなかったらしい。だけど、後で俺に話してくれたんだ。あれは間違いなくカミンだったって。カミンは敬介にあんたを護れと言ったそうだ。自分だってモンスターに首を締められて死にそうになっていたっていうのに」
勇希のセピア色の瞳はつくもの緑色の瞳に浮かんだ痛みを見逃さなかった。つくもは何かを隠していて、その何かがつくもを苦しめている、そう勇希は思った。
「つくも、大丈夫?何か困っていることがあるんじゃ…?」
勇希は聞いたがつくもは寂しそうな笑顔を浮かべるとそっと首を振った。
「最初はさ、敬介のことで、あんたに嫉妬してるんだって思ってた。だけど、あたしにはあんたが敬介のことなんて、なんとも思っていないこと、分かってたんだ。なのに、なぜかいつもあんたと張り合わなきゃ気がすまなくて…」
つくもはいつもの口調に戻ってそう言うと、ベッドから立ち上がって小窓のほうに歩み寄った。窓から外を眺める。大きな黄色い月が数え切れないほどたくさんの星の瞬きと共に暗く限りなく続く夜の空でやさしく輝いている。
「けど、今、わかったんだ。あたしは昔から、あたしが五大戦士の一人だったあの頃から、あんたに嫉妬していたんだって」
つくもは不意に振り向くと勇希のセピア色の瞳をじっと見つめた。
「その為に、あたしは大切な人を失った。ナユル、あんたの気もちも裏切ってね。嫉妬のせいで、あんたを…カミンを救ってあげれなかった」
そう言うつくもの目に何かが光った。
「つくもが泣いてる…」
勇希は心の中でそう呟いた。
つくもは無理に笑顔を作るとしっかりした口調で続ける。
「あたしは二度と同じ過ちは犯さない。ナユルだった頃から、あんたはあたしに善くしてくれた。今だって…。勇希、もう、あんたを失いたくないんだ。大切な人を失うのは、もう…。カミンの為にも、あんたを失うことはあたしには…」
つくもと勇希はそれから長い間何も言わずにじっとお互いを見つめていた。何も言わなくてもちゃんとお互いの気持ちが通じている、そんな気がしていた。
部屋の外では一匹の蟋蟀が哀しい歌を奏で、蛍がその短い命の限りを暗闇の中で懸命に輝かせている。深い夜の闇が静かに穏やかな世界を包み込んでいった。