第七章:フォーチュン・クッキー(1)
勇希、敬介、つくも、満、真津子と梗平の六人は診療所から車で少しいった所にある小さな中華料理店に来ていた。真津子によると真津子の父、眞がこの場所を買う前から営業している古い店だそうで、なるほど店の内外問わず壁にはみみずが這ったような無数のひびが入っていたし、置いてあるテーブルや椅子も長年使い古されたような粗末なものだった。
そんなひどい有様にもかかわらず、普段お客が多いのは昔ながらの調理法を守った料理を出すのはこのあたりでここしかない、ということからのようだった。まあ、この辺りは山林のすぐ側で避暑地のようなところなので、裕福な家のものが夏休みを利用してここに来る以外はほとんど人が住んでいないので、他の店に行きたくてもいけない、というのが実情ではあった。
それでもそこの料理は手ごろな値段で美味しかったので、この診療所に住むようになってからというもの、勇希や啓介たちはよくこの店を利用していた。といっても診療所は山の奥地にあったので、車なしで外に行くことはよほどの体力自慢の者でないと無理だったので、満や真津子がいろんな雑用処理のために出払っていないときでなければ来ることはできないのだが。
いつ何時ダコスやその一味が襲ってきても他の関係のない人たちをできるだけ巻き込む確立の低い場所というのにこの診療所は打ってつけだった。ただ、最初のうちは珍しい動物や植物を見て気を紛らわせていた勇希たちだったが、もともと街中で育ってきたので、どこにも外出できない、というのは違った意味で辛いものもあった。だから、こんな錆びれた店でも、少しでも外出できるというのがうれしくて、余計にここの店の料理が美味く感じていたのかもしれなかった。
その日も梗平を入れた六人で店に行くと、いつも食事時にはお腹を空かせた人たちでごった返しているのだが、少し夕ご飯には早い時間だからだろうか、今日は不思議と勇希たち以外、客は誰もいなかった。
一通り食事を終えると、六人は他に誰もいないのをいいことに、これからどうやってダコスを倒していくのか話合った。
「ただ向こうからやってくるのを待ってるばかりでは埒があかない。なんとかしてやつらの隠れ場所を探し出し、今度こそ、ダコスを封印するべきだと俺は思うが…」
満は同意を得るように丸いテーブル越しから他の仲間を見渡した。
「でなきゃ、いつまでもくだらない雑魚相手の戦いが続くってわけか…」
つくもはがらにもなくため息をつく。いくら元気だけが取り得のつくもでもこう毎日襲われるといささか疲れも感じてくる、ということだろう。
実際、ダコスが送ってくる刺客はたいして強くもなく、代わり映えのしない雑魚ばかりであったが、連日の襲撃に梗平以外は皆同様に疲れが見え始め、うんざりさえしていた。
「俺もおっさんの考えに賛成だな」
敬介は相槌をうちながら大皿に残っていた最後の餃子を口にほおりこんだ。
「もう、食べながらしゃべるのはやめてよね、みっともない」
つくもはあからさまに嫌そうに眉根に縦皺を寄せてみせた。敬介は食べていた餃子をごくんと飲み干すと、悪ガキのようにつくもにアカンべーをする。
「まったく、二人ともいい加減にしなさい。子供じゃあるまいし…」
真津子は痴話げんかを始めた敬介とつくもを諌めながら、ちょうどお勘定を持ってやってきたウェイターに愛想笑いをしたが古ぼけた白いシャツと黒い綿パンを着た若い中国人のウェイターはまったく表情を変えようとはしない。
背は敬介と同じぐらいだろうか。その体はまるで骸骨のように華奢で色白の無表情な顔はなんとなく生気が失せているようにも見えた。ウェイターはそっと勘定と小さなクッキーを六つ乗せた小さなトレーを真津子の側に置くと、テーブルの上をかたずけながら、「あなた、運命忘れずに選べ」とひどい中国語なまりでぼそりと言った。
「何を選べって?」
敬介はつくもに反論するのを止めてウェイターに尋ねる。
「運よ、運。これは『フォーチュン・クッキー』って言ってね、中に小さな紙切れが入ってて引いた人の運命を教えてくれるってわけ」
真津子は言いながら一つ取ると皆が取れるよう、丸テーブルの中央に残りのクッキーが載ったトレーを押しやった。みんな言われた通り、ひとつずつ選んでいく。勇希が最後に残った一つを取ったことを確認した中国人のウェイターは意味ありげにもともと大きくない目をまるで一本の糸のように細めてみせた。
「謝謝○(シェイシェイ二)」
ウェイターはぼそりと言うと、染みのついたテーブルクロスの上に置かれた真津子のクレジットカードと共に奥のレジへと消えていった。
ウェイターがいなくなったのを確かめると、皆一斉に自分のクッキーを割って中の紙を取り出した。ただ一人、敬介だけが中の紙に書かれていることなどには目もくれず、残ったクッキーをぽい、と自分の口にほうり込む。
「なんて書いてあるか見ないの?」
つくもが自分のを目だけで読みながら聞く。
「見ないね。ばかばかしい。こんな紙っきれに俺の一体何がわかるっていうのさ?俺が唯一信じるのは美味い食い物だけなんだ」
そう言いながら敬介はつくもが割ったクッキーにまで手をだそうとして、案の定つくもに手をはたかれていた。
勇希は隣に座っているうるさい恋人たちに苦笑しながら自分もクッキーを割って中の紙を取り出した。割った片方を口に入れる。少し甘くてバニラのようなにおいが口の中に広がった。残りをまた口にほうりこむと手にした紙を見て硬直する。
「ね〜書いてあることの前にさ〜『ベッドで』って付けると笑えるメッセージになるんだって〜。勇希のはなんて書いてあった?」
まだ敬介の耳をひっぱったままのつくもが無邪気に隣に座った勇希に聞いてくる。だが、つくもの問いに勇希は答えない。
「勇希?どした?なんか悪いことでも書いてあった?」
何か様子がへんだと気付いたつくもは真面目な顔で勇希の顔を覗き込む。勇希がはっと気付くと皆が心配そうな面持ちで自分を見ていた。勇希は思わずわざとらしい笑みを浮かべた。
「あ、いや…なんでもない。くだらないことだった…はは…」
いかにも疑われそうな下手な芝居をしながら勇希はその紙を胸ポケットの奥深くへつっ込んだ。
「へえ〜?くだらないことねえ〜?」
つくもは怪しいとばかりに勇希を見る。
「ほ、ほんとになんでもないんだってば。つくもちゃんったら、や〜ね、そんな風に見ないでよ」
勇希は必死に取り繕いながら話題を変えようと試みた。
「ほう、みなさん選んだ運命はお気に召されましたか?」
突然声をかけられて、勇希とつくもは同時にびくんと体を震わせた。
声がしたほうを見ると、黒い奇妙な服に身を包んだ背の高い、これもまた骨と皮ばかりに痩せた男が 青白い顔にぞっとするような薄ら笑いを浮かべて立っている。先ほどのウェイターにも負けないぐらい細い灰色の目が妖しげに光っていた。細い皮ひものようなものでくくられた長い緑色の髪にはつやがなく、骨が透けて見えるのではないかと思われるような痩せた背に力なくだらりとたれ下がっていた。
表記されない漢字の部分は○としています。