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Guiding Star  作者: 綾野雅
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第六章:動き出す黒い影(2)



その日の夕方、診療所は思いがけないお客を拾うことになった。皆で近くの町まで買い物に出かけた帰り道。突然、小学生ぐらいの男の子が道の中央に飛び出してきたのだ。瞬時に満がハンドルを切ったお陰で大事には至らなかったが少年は気を失っていた。


いったいどこからやってきたのか汗と汚れでどろどろになった服はあちこち裂けていて体のあちこちに薄い血が滲んでいる。肩まである長い緑色の髪には泥と葉っぱが張り付いていた。この辺りには病院もないのでとりあえず、診療所に連れて帰ることにしたのである。


幸い、満は医師の資格を持っていたので診療するには何も問題なかった。満によると栄養不良のため少し衰弱しているだけで、体の擦り傷以外は特にどこといって悪いところはないようだった。


しばらくして目を覚ました少年は大きな褪めた青い瞳を驚いたように見開くと、おびえたように身を堅くした。


「怖がらなくても大丈夫。ほら、スープだよ。お腹すいてるでしょ?」


子供好きな勇希がやさしく声をかける。少年はしばらくじっと勇希たちの様子を伺っていたが、スープと聞いた途端、よほどお腹がすいていたらしく皿を勇希の手からもぎ取るようにして奪い取るとがつがつと音をたてて食べ始めた。少年はあっという間に三杯のスープを平らげると、初めて自分の周りにいる大人がみんな自分に注目しているのに気が付く。


「お腹が一杯になったら話が聞きたいんだけど」


今まで黙ってそんな少年の様子を伺っていた真津子が少し緊張した面持ちで口を開いた。


「何が聞きたいの?」


少年はさっきとはうってかわった堂々とした態度で答える。


「まず、お前の名前は?いったいどこから来た?どうして急に林道に出てきたりしたんだ」


満が落ち着いた声で尋ねる。


「僕は奇葎(きりつ)梗平(きょうへい)。悪い三人組に追われてて、なんとか逃げてきたんだけど途中で道がわからなくなっちゃってさ。長いこと歩いてたらあの林道に出たんだ。それから先は・・・覚えてない」


少年はまだ変声期前の愛らしい鈴を転がすような声ではっきりと答えた。


「悪い三人組?なんでそんなやつらに追われてたんだ、お前?」


敬介が椅子に逆方向に座るとその椅子の背にもたれかかりながら尋ねる。敬介はどうもこの姿勢が好きらしく、時折そのままの格好で居眠りしていたりするのを勇希はよく知っていた。


「あ、僕、ちょっと変わってて・・・」


梗平は言葉につまってうつむいた。


「言いたくないなら言わなくてもいいけど。私たちでできることなら力になるよ」


勇希は優しい言葉をかけながら、そっと微笑んでみせる。そんな勇希を梗平は上目遣いでためらったように見つめていたが、しばらくすると「ありがとう」と小声で呟いた。


「ちょっと、勇希!」


真津子が少しとがった口調でたしなめる。


「力になるって、あなた何を言うの?私たちは今そんな状況じゃないでしょう?」


「でもただのいじめとかじゃないみたいだし。あんなにぼろぼろになっていたんだもの。ほっとけないわ」


人のいい勇希は心の底からこの見ず知らずの少年のことを心配しているようだった。


「あのねえ、そうは言うけど、今みんな例のことで手一杯じゃないの。父さんがまた出張中だから、私や満は流クリニックの業務だって疎かにできないし・・・」


「流クリニックって、君たち、流クリニックで働いているの?」


真津子の言葉を耳ざとく聞いた梗平が急に話に割り込んだ。


「ああ、そうだ。真津子、このお姉さんはあそこの娘さんなんだ。俺もあそこで雇われている」


そう、真津子の代りに満が答える。


「じゃ、じゃあ、僕、ここに置いてください」


梗平は突然その大きな目を輝かして身を乗り出すと、唐突にそう言った。咄嗟のことに真津子はあっけにとられたような顔をする。


「ここにって、あなたお家は?」


今度はつくもが聞く番だった。


「僕、なんだか普通の人と違うみたいで、家には戻れないんです。確か流クリニックって、そういう子供達の施設ですよね?」


梗平は殊勝な顔で言い寄ってくる。


「え、ええ。そうだけど・・・」


真津子はどもりながら答える。


「普通と違うってお前、どう違うんだよ?」


敬介はどう見てもただのチビッコにしか見えない梗平を見ながら聞く。


「えっと、うまくは説明できないんですけど、僕の周りでいろんな説明できないことが起こったりして・・・そのせいであいつらにも追われていたんです。お願いします。僕をここに置いてください」


梗平は必死に懇願してくる。童顔の少年の大きな褪めた青い瞳で上目遣いに見つめられると、びしょぬれになった子犬を見ているような、なんとも言えない気持ちになってくる。皆そんな梗平を見てかわいそうになった様子で、半分困ったような顔でお互い顔を見合わせた。


だが、真津子だけは皆と違う感情を持っていた。初めてこの少年を見た時から、真津子は得体の知れない嫌悪感に苛まれていた。何かがおかしい、そう真津子は感じていた。何がおかしいのか、と問われればその問いに対する明確な答えを持っているわけではなかった。ただ、真津子の第六感がこの少年は何かを隠している、関われば何か大変なことが起こる、そう予感していた。


「ねえ、いいじゃない。部屋はもう一つ空いていることだし、ここにいさせてあげれば」


珍しくつくもまで勇希の意見に賛同してそう言うと、真津子に返事を促した。皆が同意するように首を立てに振る。


賛成四、反対一。


どうあがいたって民主主義の世界で今回だけは真津子の意見は通りそうもなかった。


「はあ、仕方ないわね」


大きなため息をつくと、真津子は渋々承知すると、重い足取りで空いている部屋の準備に向かった。私の杞憂だといいんだけれど、そう心の中で願いながら。


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