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Guiding Star  作者: 綾野雅
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第六章:動き出す黒い影(1)


「ふー」


真津子は自分用の個室に入ると大きなため息をついてベッドの上にどかっと腰を下ろした。ベッドの周りにはまだいくつかのダンボール箱が積み上げられていて小さな個室はほとんど足の踏み場さえなくしている。


「はあ。片付けなくちゃ、だわ」


散らかっているのが我慢できない性分の真津子はげんなりしながら呟いて重い腰をあげる。

勇希が自宅で襲われて十日が経つ。このまま、敬介たちを自宅へ置いておけば関係のない人たちまで巻き込んでしまう可能性がある。そう考えた真津子たちは着の身着のままで真津子の父が所有する診療所までやってきた。


ここは人里離れた森の中で、近くの小さな町まで行くには車に乗っても三十分はかかるほど辺鄙な場所だ。夏にはきれいな森林と大きな湖の癒しの効能を求めて、たくさんの金持ちがここを避暑地として利用していた。だが今はもう十一月。上着がなくては外に出られない季節とあってはこんな不便なところに好き好んで来るものはそうはいない。


そして、真津子とその父、眞以外にこの診療所の存在を知っているものはいなかったので、勇希たちをかくまうのには絶好の場所でもあったのだ。とりあえず勇希たちをこの場所へ連れてきたのは良かったが、それからが大変だった。


まず、敬介が壊した玄関のドアとモンスターに壊された勇希の部屋の窓を業者に手配して直してもらう。勇希の母親が帰ってくるまでに元通りにしておかないと、あとで説明するのに困ると思ったからだ。


その業者の口封じにも一苦労した。興味津々な若い作業者たちが一体何があったのかしきりに聞いてくる。口止め料はかなりな痛手ではあったがまだ根掘り葉掘り聞かれたり、詮索されるよりはましである。


それが済むと今度は勇希たち家族と学校側との交渉が待っていた。真津子は父の名を利用して、三人にクリニックで研修をさせる旨を申し出た。クリニックのほうで紅劉国にまつわるある研究をしている。その手伝いの為に三人をしばらく借りたい。何か学術的に価値のあるものを見出した暁には、その情報を大学側にいち早く提供する。その代わり、三人には休学中も必要な単位を与えること。


それが真津子が提示した条件だった。もちろん、研修など全くの嘘である。大人たちをだましているようで嘘をつくのは憚られたが、本当のことを言うわけにもいかない。始め、大人たちは返事に渋っていたが、真津子が父の名前を出した途端、皆二つ返事で了解してくれた。さすが世界に名を成す実業家、流眞の名前は娘の真津子が驚くほど、影響力があるらしい。だがその説得が終わった頃には勇希が最後に襲われてからもう一週間も経っており、真津子や他の仲間の生活に必要なものをかき集めてきたのはほんの昨日のことだった。


しばらくダンボールの中身を探っていた真津子はその中に見覚えのない黒いケースを見つけ

た。不信に思って開けてみると、ひどく傷ついたつくものフルートが分解された状態で紅いビロード張りのケースの中に収められていた。


「そう言えば・・・」


真津子はふと初めてつくもに会った時のことを思い出す。


突然満が腕に包帯を巻いた若い女性を連れてきたと思ったら、自分に彼女の心の中を読んでくれ、と言う。満にしては珍しく興奮した様子でその日、勇希が襲われたところを救ったのがこの安東つくもという少女で、もしかしたらかつての自分たちの仲間のクルツかもしれない、と息もつかずにまくし立てた。そして自分の前世を覚えていないつくもが思い出すのを手伝ってほしい、と満は続けた。真津子が渋ったのは言うまでもないが、つくも本人までもがぜひに、と言うので真津子は渋々承知したのだ。



***



昔のいろんな思い出が見える。つくもが初めて五大戦士の一人に任命された時、彼女はまだほんの十六歳だった。その小柄な体に似つかわぬ、身の丈ほどある大きな剣を事も無げに操るその腕前は彼女の右に出るものはいないとまで言われていた。かわいい顔をしながら男勝りで自分のことを「俺」と言うのが口癖で、ケラによくからかわれていたらしい。


懐かしいわね・・・真津子がそう思ったとき、何か黒い靄にかかったようなものが見えてきた。いぶかしんだ真津子がもっと良く見ようとその部分に集中すると、それはコンクリートの壁で四方を固められており、唯一見える扉らしきものは黒い鋼鉄かなにかで出来ている。中にはよほどのものが入っているのか、引き手には頑丈に施錠がしてあるため、真津子ですら中を覗くことはできなかった。


「あれは、きっとつくもが思い出したくない、他人に知られたくない闇の部分なんだわ」


真津子が不安そうに呟いた。


「まさか・・・」


真津子には思い当たるふしがあった。昔、五大戦士だった頃、つくもに関してよくない噂がたったことがある。彼女は五大戦士として紅劉国に仕えているが、裏でよくない一味と係っているらしい、と。そして真津子はその噂を聞いた主君から「もし仮に裏切るようなことがあれば、その手で始末しろ」という命を受けていた。あの噂が真実だったのかどうか、それを知る前に真津子は敵の手に倒れてしまったので未だに真実はわからない。


真津子は襲い掛かる不安を打ち消すように首を激しく振った。この不安が間違いであってほしい、心からそう願った。自分の仲間をこの手にかけるなんて、考えただけでも恐ろしい。だが、その不安は消えるどころか日を追うごとに強くなっていく。


真津子は絶えきれずに新鮮な空気を求めて部屋の窓を開けた。少し痛いぐらいの冷たい風が吹き込んできて忌まわしい考えに囚われていた気分を少しずつ癒してくれた。窓の外に望む木々はすっかり冬の様相で葉の落ちた細い枝がわずかばかりの陽の光を求めて空高くへとその腕を伸ばしている。少し気分が良くなった真津子は、うんと伸びをすると、また残りの箱を片付け始めた。



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