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Guiding Star  作者: 綾野雅
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第五章:最後の五大戦士(2)



敬介は勇希の家へ向かってバイクを走らせていた。つくもからの電話でほんの十分ほど前にその日大学で何が起こっていたのかを聞かされたばかりだった。まだ腹の具合がよくなかったのだが、そんなことを聞かされて、ただ自分のアパートで座っているなんてことができる性分ではない。


敬介は流クリニックにいるつくもの所に行くつもりだったが、つくもが先に勇希のところに行くように促した。何かよくないことが起こる気がすると言うのだ。だから、敬介に勇希が無事かどうか確かめてほしい、とつくもは言った。つくもが勇希のことをこんなに心配するのは珍しいことだったので敬介も言われた通り勇希の家に行ってみることにしたのだ。


次の角を曲がればもう勇希の家はすぐそこ、という所になって、敬介は女の切り裂くような悲鳴を耳にした。


「勇希?!」


敬介は勇希の家の前にバイクを止めると、彼女の部屋のある二階を見上げた。家の中に灯りは見えず、まるで誰もいないかのように静かにひっそりと佇んでいる。チャイムを押そうと一歩玄関へ足を踏み入れた時、敬介は足元でなにか固いものが踏み潰されたような音を聞いた。外套の灯りの中、目を凝らしてみると、足元に散乱した無数のガラスの破片を踏んでいる自分に気がついた。


「勇希!」


叫びながらチャイムを何度となく押してみたが誰も出てくる気配はない。ノブに手をかけてみたが、鍵がかかっているようでびくともしなかった。


「勇希はいないのか?」


敬介は首をひねったが、少し前から感じている胸騒ぎを拭い取ることはできなかった。何かがおかしい、敬介の直感が赤信号を警告していた。辺りは静寂につつまれ、敬介が大声で叫んでいるにもかかわらず、近所の住人が何事かと窓から覗き込んだり、うるさいと注意する様子もない。まるで自分以外には誰も存在していないような、そんな奇妙な感覚におそわれた敬介は、自分の想像にぶるっと身震いした。


その時、頭上でなにかがぶつかったような鈍い音がした。敬介は暫く躊躇していたが、意を決したように少し後ろへあとずさると、玄関のドアへと体当たりし始めた。 三度目の正直、というのだろうか、体当たりして三度目にドアの鍵がこわれたのか、敬介はドアとともに玄関の踊り場に倒れこんだ。


「あいててて…マジ、いて〜な」


敬介はドアに強く打ち付けた左肩をさすっていると、二階からなにか野生の獣のような低いうめき声が聞こえてきた。敬介は急いで立ち上がると、靴を脱ぐのも忘れて階段を駆け上っていった。


「勇希!」


思い切り部屋のドアを開けると、敬介はそのままその場に硬直した。


昔、古い映画で見た「キングコング」を思わせるような大きなけむくじゃらの猿がそこには立っていた。ただ映画の猛獣と違ったのは、目の前にいる猿は体中、真っ赤な毛で覆われていることだった。


真っ赤な毛むくじゃらのキングコングの下では敬介より少し幼い感じのする、紺碧の髪の青年が、そのモンスターを自分の体から引き離そうと必死に抵抗している姿が見える。だが、モンスターはその巨体に違わず相当な怪力らしく、その大きな手のひらは青年の白く細い首をやすやすとつかみあげている。


「!!」


青年は声にならない声をあげ、なんとかモンスターの手から逃れようともがいた。青年の顔からみるみる血の気が引いていき、その端整な顔が苦痛でゆがんでいる。とうとう青年の体は後ろへと倒れこみ、モンスターの巨体が痩せた、だがしっかりと均整のとれた青年の体にのしかかっていった。


敬介は目の前の驚くべき光景に、ただ何もできずに立ち尽くしていた。その時、敬介は誰かが自分ことを呼んでいるのに気が付いた。そして、モンスターに羽交い絞めにされている青年の藍色の瞳がじっと自分を見ていることにも。


敬介ははっとした。その青年をどこかで見たことがある、そんな気がしたのだ。まさに青年が目の前で殺されそうになっているというのに、敬介はのんびりと一体どこで知っているのか、そんなことを考えていた。その間、青年は残りの全ての力を振り絞り、モンスターの手を一度は自分の首から離すことに成功したが、またすぐに首をつかまれ、どんどん青年の首をしめていく。


「ケラ・・・」


モンスターの圧倒的な力の下で青年は搾り出すような声を出した。


「ケ…ラ…。勇希…を…すけ…ろ。お…れたちの…姫、を…たす…け…」


その声を聞いて突然、何かが敬介の頭の中に閃いた。自分で何をしようとしているのかわからないままに、敬介は自分の両手のひらを自分の胸の前にかかげると、金色に光る電気が手のひらの間でみるみるうちに野球のボールぐらいの大きさの玉になっていく。


「仲間から離れやがれ、この醜いサルめ!」


敬介は叫ぶと青い髪の青年の上にのしかかっていたモンスター目掛けてその玉を左手でなげつけた。電気の玉は直接赤毛のキングコングにヒットした。モンスターは一瞬苦痛にうめき声をあげたかと思うと、あっという間に敬介の目の前から消えうせていた。敬介は突然のことに自分の手のひらを見つめて自分がしたことに驚いていた。


「な、何なんだ…今、俺ってば、何しでかしたんだあ?」


すっとんきょうな声をあげると、何度となく自分の手をひっくり返して眺めてみたが、どこにも変わったところは見当たらない。とうとう気でも狂ったか、と自分の頭をぽりぽり掻いていたが、今まで首を締められて死にそうになっていたかわいそうな青年のことを思い出すと、床に倒れている青年のほうへ走りよっていった。


「おい、あんた、大丈夫か?」


倒れて意識のない青年の側にひざをついてそういいながら顔を覗きこんだ敬介はまた、息をのんだ。そこに倒れていたのは青年でもなんでもなく、大学で三年の間よく知っている女友達だったのだ。敬介は言葉を失い、ただ、意識を失って倒れている友達の顔を長い間見つめていた。




****




「あ〜あ。このドアって高いんだろうなあ…」


敬介は玄関の壊れた蝶番を見て長いため息をついた。


「はあ〜。せっかく新しいメットを買おうと思って貯めてたのに…これで全てぱあ、だな」


倒れていた勇希をベッドに寝かせてから、敬介は流クリニックに事の次第を伝えるために電話をしていた。話したところで自分の話など、誰も信じてはくれないだろうと思っていたのだが、つい今しがた起こった事件のことを何事もなかったかのように忘れてしまうなんてことはできそうになかった。


半信半疑のまま、電話を取った敬介に真津子は平然と電話が来るのを期待していた、とこたえた。敬介はさっと勇希の家で見たことを説明し、何をすればいいのか指示を仰いだ。まだ興奮さめやらぬ状態の敬介に真津子はその場で待機するように促し、急いで二人を迎えに行くことを伝えた。真津子との電話を切ったはいいが、ただ何もしないで待っていることができない自分に気がついた敬介はめちゃくちゃになった家の片付けをすることにしたのである。


「勇希のおふくろさんが出張で今週一杯いなくてほんとラッキーだったぜ。もしおふくろさんまでここにいたら、マジで大変なことになっていたに違いないからな」


敬介は呟いた。片付けが終わると箒を見つけたところに戻し、それから勇希の意識が戻ったかどうか確かめようと階段をのぼっていった。


外から差し込んでくる冷たい月の光の下で、彼女の白い顔はまるで蝋人形のように見えた。家のなかはひっそりと静まりかえり、敬介はもう勇希が息をしていないような不安に襲われた。


そっと前かがみになると、全ての意識を両耳に集中させて、勇希のかすかな吐息を聞き取ろうとする。かすかだがしっかりした吐息を確かめてほっとした敬介はまるで腰が抜けたかのようにへなへなとその場へ座り込んだ。


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