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Guiding Star  作者: 綾野雅
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第四章:五大戦士(2)



その夜、つくもは流クリニックに泊まることにした。腕の傷は深かったが命に別状があるわけではない。だが、真津子と満から話を聞いて、自分の家に帰れるような気分ではなかったのだ。


会場からあの黒い影が消えた後、勇希はつくもを学校の保健室へと連れていくと手早く腕の傷を手当てした。つくものフルートはあの戦いの中、真二つに折れなかったのが不思議なほどひどい有様になっていた。もし、満が来る前にフルートが折れてしまっていたとしたら、おそらくつくもは命を失っていただろう。


満はつくもがもしや昔のことを覚えているのではないかと期待したがつくもは何も覚えていなかった。それどころか、少し前に突然自分たちに襲い掛かってきた敵に何と言ったのかすら覚えていない様子だった。


つくもが咄嗟に剣を使ったことで前世の記憶を持っているのでは、と思った満だったが、それはつくもの父が剣道の師範であり、つくも自信、一級の腕前だという。だが、満が不信に思ったことがもう一つある。それは、つくもが右利きだということだ。もしかしたら、剣を使う時だけ左利きなのかもしれない、そう思い聞いてみたがすべてにおいて右利きだと言うのだ。

満はつくもがかつての仲間、クルツ・アンテスではないかと考えていた。なぜなら、彼女も左利きの女剣士だったからだ。実際、満がつくもに手渡した剣はその昔、クルツが使っていたものだった。


つくもがあの剣を手にした時もやはり左利きで、黒い影に対して発した言葉はよもや昔のあの出来事を知っているかのような口ぶりだった。もし勇希か敬介がいれば、つくものしゃべり方があの剣を持った途端、急に変わったということにも気付いたのであろうが、まだつくもをよく知らない満には知る由もなかった。


流クリニックにつくもを連れて帰り、真津子と二人で彼女と勇希の身に一体なにが起こったのかを話して聞かせたのだ。勇希も一緒に行きたがったが、満は近いうちに連絡するから、と言ってつくもだけクリニックに連れてきた。


「まず、最初につくもが本当にクルツの生まれ変わりなのかを確かめなければ。もし、仮にそうだとしても、昔のことを思い出してもらわなければ意味がない。ダコスは確実に何かよからぬことを企んでいる。今の勇希に必要なのは我々の過去を知り、彼女をいつも危険から護ってくれる者。それがこの安東つくもなのかはっきりしない限り、誤った情報を勇希に吹き込むことはできない」


というのが満の考えだったからだ。


今のつくもは前世の記憶など何も持ち合わせていない。だが、彼女の記憶は彼女の心の奥底に眠っているだけなのだ。そしてその記憶を蘇らせることができるのは…満は思う。


真津子が、彼女の能力なら、つくもの能力と記憶を取り戻すことができるはずだ、と。


そのことを告げた時、真津子は案の定、その美しい顔を曇らせた。


「私に彼女の心を読めと言うの?」


真津子にはいろいろな能力があり、他人の無意識の世界を覗くことができるのもそのうちの一つだった。現世では毎日の訓練のかいあって、見たものをコンピューターのモニターに、まるでビデオにでもとったかのように、その映像を映し出すことまでできるようになっていた。


だが、何よりも礼儀を重んじる真津子にとってそんな能力は邪魔で劣悪非道以外の何者でもなかったのだ。


「だが、それ以外、今の俺たちには方法がない。幸い、つくもも賛成してくれている。あいつも自分の前世の記憶を取り戻したいと言っているし、第一、記憶をなくしたままでは、これから先やってくるであろう敵とやりあうことなど不可能ではないか」


満は珍しく熱く自分の考えを口にした。


満の側に立っていたつくもも真津子にうなずいてみせる。クリニックに向かう途中、必要なことは満がつくもに話していた。


もちろん、全てを信じたわけではない。だが、今日はじめて手にしたはずのこの剣がなぜかなつかしく感じる気持ちを否定することはできなかった。それに、つくもが五大戦士の生まれ変わりであろうとなかろうと、何者かがつくもと共に勇希を傷つけようとしたのは紛れもない事実である。もし、またなにかが襲ってきた時のためにも、できるだけ状況を把握して次の決戦に備えておくほうが無難というものである。


「流さん、私なら、大丈夫。過去にいったい何があったのか、そしてこれから何が起ころうとしているのか、私に教えてくれるでしょ?ただ何もしないで誰かが殺しに来るのを待つなんて性分じゃないんだ」


そう言ったつくもの顔を長い間見ていた真津子だったが、しばらくすると決意をした様子で、必要な機材などを準備すると、真津子はつくもの過去をクリニックにあったモニターに映しはじめた。




****



「結局、お前はあの娘を殺すのに失敗した、そう言うんだな?」


子供っぽい声が暗く冷たい廊下に響き渡る。


「手を尽くしたのですが、申し訳ございません。しかし、どこからともなくある男が現れたかと思うと、例の剣をあの者に渡したもので…」


黒い影が震える声で言い訳した。


「この役立たずが!」


少年は大声で怒鳴りたて、黒い影は恐怖にその形のない体を震わせた。少年の氷のように褪めた青い瞳が怒りに燃えている。


その幼い子供のような声に反するかのような褪めた青色の瞳は避けようもない冷気を放ち、大男でさえも無力な子猫のように黙らせる、そんな雰囲気を秘めていた。


「僕はお前にあの娘を捕えてくるようにと言ったんだよ。邪魔立てする者がいた時は、誰であろうと殺して構わない、必ず奈波勇希を連れて来いって。それが僕がお前に与えた使命のはず。それがなんだ、剣を持った小娘ごときに怖気づいて命惜しさに逃げ帰ってきたって?なんとか言え!」


怒りで真っ赤になった男の顔は益々幼くみえた。


「し、しかし、あれはただの剣などではありません。あれは例の、五大戦士の一人が持っていた代物」


黒い影は情けなく答える。


「例の剣だと?まさか、クルツ、あの女剣士が生きている、というのか?そしてやつらの姫を護ったと?」


突然、三つ目の影が闇の中で声をあげた。


「う〜む。それはなかなか面白いではないか。カミンはどうだ?奴を見かけなかったか?」


低いハスキーボイスが静かに聞く。


「いいえ、カミンの姿は今回どこにも見当たりませんでした」


「そうか、しかし、これからはもう少し慎重に動いたほうがよさそうだ。もし、クルツが生きているのだとしたら、他の者たちもどこかに生きている可能性がある」


三つ目の影が動くと絹のような月の光が長い金髪の下に光るダコスの亜麻色の瞳を照らし出した。


「ダコス様?それは一体どういう意味で?」


今、若い男にも上司の緊張が伝わってきたらしかった。


「お前にはもう一度、チャンスを与える。次は失敗せぬことだな。もししくじったら…わかっているな?」


青年の褪めた青色の瞳が長い緑色の髪の下で冷ややかな光を放った。


「御意」


「また後で呼ぶ。それまで待機しろ。ラナ、お前は少し残ってくれ。話がある」


ダコスがそういうと、影はすぐに消えうせ、代わりに若い女性がどこからともなく現れた。その女はセクシーな赤いチャイナドレスに身を包み、ラナと呼ばれた青年を挑戦的にその燃えるような赤い瞳で見つめた。


「なんだよ、セラか」


ラナはセラをまるで汚いネズミでもみるかのように一瞥した。


「あら、ご挨拶ね。せっかく最初の失敗をお祝いして差し上げようと思っていましたのに」


セラの嫌味を無視しその場を離れようとする青年を制したのはダコスだった。


「ラナ、どこへ行く。話があると言ったはずだ」


ダコスは続ける。


「これからは、セラと働いてもらう。」


「な、なんだって?!冗談だろ、ダコス!なんだって僕がこんなやつと一緒に働かなきゃいけないんだ!」


ラナは怒りで顔を真っ赤にして反論した。


だが、ダコスはそんなラナの気持ちなどおかまいなしで、いつものように静かな落ち着いた声で続けた。


「ラナ、お前はまだ何もわかっていない。お前は現世で我々の仲間となったもの。我々と五大戦士との間に昔、何があったのか…それをお前は知らないのだ。奴らは…五大戦士の力はとても強大。もし奴らが現世に生きている、というのなら、奴らが能力(ちから)を合わせ、我らに再び刃向かってくるのは免れまい。だが、邪魔だてさせるわけにはいかぬ。幸い、セラは奴らのことを大変良く知っている。なにせ、我が紅劉国の伯爵…神官だった頃から我に仕えているのだからな。よいか、二人で力を合わせ、あの女を連れてくるのだ。今後、セラに相談なく、勝手な行動をとることはならん。わかったな?」


ダコスの声こそ静かで穏やかなものだったが、ダコスの命に逆らえば最後、自分の命がないことをラナはよく心得ていた。そんなラナには為す術もなく、ただ、その命を聞くしかなかった。


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