第八話 これがドラゴンランス!?
「ふぅ~やっと着いたか」
列車を下り、駅を出たところでアヴァンは思いっきり伸びをした。外の空気を肺に取り入れ大きく吐き出す。
やはり列車に揺られての三日の旅は中々に大変だ。
「さあ、のんびりしている暇はありませんよ。頑張って歩きましょう、でないと、日暮れまでに間に合いません」
「は? 間に合わないってまだ午後に入ったぐらいだろ?」
駅を出るときチラリと見た掛け時計の針は午後の1時半を指していた、当然空はまだまだ明るい。
「ここから目的のワゴンタウンまで一般人の脚で半日は掛かるのですよ」
「は? はあ! 本当かよ! こっから更にってどんだけ僻地まで連れて行く気だ!」
「文句を言ってはいけません。冒険者なら今後はこれぐらい平気であるかないといけませんよ」
「いや、まあ確かにそうなんだけどよ」
「はいはい、貴方は所詮新入りなんだから愚痴をいわない、て、つい本音が、新入りさんは苦労は買ってでもの精神ですよ!」
「なんか本音と建前の差が段々なくなってきてね?」
「さあ、行きましょう!」
「そこはスルーするのか!」
そんなやり取りをしながらも、渋々とクリスの後を着いていくアヴァンである。
ただ、意外な事にクリスは中々足が速かった。なので空が茜色に染まる頃にはなんとか目的地の町の辺りについたわけだが。
「……城壁もなしで柵だけか、わりと緩い町だな」
小高い丘の上から町を見下ろした感想がそれであった。ちょっと大きな街であれば大体どこも外壁で囲まれているのが当たり前である。しかも最近は魔導技術の発展で規模の拡大に合わせて壁そのものを移動できたりする。
だが、当然魔導技術を利用した壁は維持費などのコストが結構馬鹿にできない。
なので、小さな町では未だに昔ながらな石造りの壁で囲まれていることも珍しくない。
ただ、このように木製の柵だけで済ましているのは、それこそ本来村レベルの話である。
「あの辺りは魔物がそんなに徘徊していないですからね。だからわざわざ壁なんて築かなくても大丈夫なのです。衛兵もたってないでしょ?」
確かに彼女のいうように入り口の門も開いたまま随分とオープンにしてある。
とは言えこれも今となってはそれほど珍しくもない。少し前までは街にしろ村にしろ閉鎖的であり、顔も知らないような相手がやってくると警戒心を露わにし、多くの通行税を求められたりしたものだが、今時は国内での移動で通行税を取られるようなことは基本的にはない。
犯罪者が入り込まないのか? などの心配もありそうだが、大きな街ほど入り口に設置されている監視魔導具の目が厳しいので前歴があるものなどは入ろうとしても簡単ではないのである。
むしろ賄賂などが横行していた一昔まえの方が犯罪者が入り込むのは簡単だったとも言えるだろう。
尤も今向かうワゴンタウンに関して言えば犯罪者が狙うような魅力ある町でもないので、そういったチェックすらされてないようだが。
「……なんだか平和そうな町だな。そんなところで冒険者の仕事があるのか?」
アヴァンが素直に疑問をぶつける。何せ列車ないでクリスが言っていたように、町の他に見えるのは基本畑だ。本当にのどかな田舎町と言った風景。
そして平和であればあるほど冒険者の仕事というのは減るものだ。
「勿論ですよ。それに、冒険者ギルドがあるけど、その周辺は平和なんてことはこの町に限らずよくあることです。でもね、あくまで周辺だけですよ。例えばその西に見える森は、薬作りに役立つ薬草の群生地だけど、森のなかには魔物が多いのです。それに今歩いてきた街道だって、全く盗賊が出ないってわけでもないのですから」
「……そんなところ普通に歩いてきたのかよ」
「そこはアヴァンの腕を信じてのことですよ」
見た目が美人のクリスにそう言われるのは悪い気はしないが、素直に喜んでいいかは列車での出来事を垣間見ると微妙なところである。
とは言え、確かに冒険者のいる意味がないところにギルドがある筈もないので、色々不安は感じられたものの、アヴァンはクリスと一緒に町へと向かう。
外から見て大体予想はついたが、やはり町にはあっさりと入ることが出来た。案の定、通る人間をチェックするような魔導具も仕掛けられていた様子はない。町自体はやはりどちらかといえば平和なのだろう。
実際町も素朴な田舎町といった様相だ。煙突つきの三角屋根の木造家屋が多く、一軒一軒の間隔も広いところが多い。
全体的にはどこか開放感の感じられる造りである。町なかも地面は基本芝が多い。道は下草を刈り、土を露わにして若干叩いたか程度のものであり、勿論大きな都に見られるような石畳やレンガタイルを敷き詰めたようなものではない。
ただ、クリスの話では基本的なもの、例えば水道管や魔導管(人工的に作り出した魔力を送る為のもの)などは町の中に引き込まれてはいるらしい。煙突が多いのは昔からの名残で暖炉や竈をいまでも利用している家が多いからなようだ。
だがそれも仕方ないか。水道であれば必要なところまで管を引き込んでもらい、蛇口をつければいいだけなのでそこまで費用は掛からないが、魔導設備となればそれ専用のものを一から揃えて設置する必要があるためその分費用はかなり掛かってしまう。
それならばこれまで使っていた設備のままでいいだろうと考える人も少なくないわけだ。
ただ夜の道を照らす為、魔導設備である魔灯が柱に設置されており、魔導管は主にこういった灯り関係の設備に使われているようだ。
そして魔灯は家庭用のものもそれほど値段は高くないので、今は大体どこの家にも設置されている。一般家庭においてはそのためだけに魔導管を引き込む場合も多いのだろう。
そんなことを話しながら――アヴァンは町の随分と奥にまで進んでいく。
それに先ず彼は疑念を抱いた。なぜなら通常冒険者ギルドはできるだけ依頼人を受け入れられやすいよう、町の中心部に構えることが多いからだ。勿論場所によっては区域的に無理という場合もあるが、そういう場合でも出来るだけ目立つところを選ぶものである。
それに、見たところこの町にはもう一つ冒険者ギルドがある。目立つところに一軒、横目で看板を確認したので間違いがない。
看板に刻まれた名前が違ったので目的の場所ではないことは判ったが、ライバルともいえるギルドが他にある状況で、敢えてそんな町の片隅みたいな場所を選ぶ理由が判らない。
勿論ドラゴンランスほど巨大で有名なギルドであれば、例え立地条件が悪くても名前だけで来てくれる人は多いとも思うが――
「着きました、ここが私達のギルドです」
だが――案内されてたどり着いたギルドの姿にアヴァンは言葉を失った。
「こ、これがあのドラゴンランス?」
頭に巨大な疑問符が浮かび上がる。それぐらいに目の前の建物は酷かった。
そもそもこれはギルドとして成立するのかと疑いたくなる。
その様相は非常に寂れた作りであり、しかも木造平屋の見た目にはただのオンボロな物置小屋といった印象。
妙に年季の入った作りでもあり、ただそれは老舗の造りなどといった貫禄とは程遠く、ただただ古めかしくてボロいというだけなのである。
入り口も薄いベニヤ板のような材料で取って付けたようなものであり、そしてその横にこれまた随分とぼろぼろな板切れに手作り感満載の文字が刻まれている。
勿論それも看板屋に依頼したなどという上等なものではなく、いかにもギルドの誰かが手で彫りましたよ的なハンドメイド仕様。
だが、その時アヴァンは気がついた。そう、眼をこらえ、改めて確認するが。
「ど、ドラゴンダンス?」
そう、確かにそこにはそう記されていた。ドラゴンランスではなく、ドラゴンダンスと。
「ちょ! ちょっと待て! おま――」
慌ててクリスに声をぶつけるアヴァン。だが、彼女は全く気にする様子も見せずスタスタとギルドの中へと入っていた。
扉を開ける時のギチギチギチッという立て付けの悪い軋み音がより不安を増長させる。
とは言え、ここまで来て何もしないわけにはいかないのでクリスの後に続くアヴァンであったが――
「あ! 本当に来てくれたのですね! ようこそ冒険者ギルド【ドラゴンダンス】へ! 私は貴方を全力で歓迎いたします!」
扉を抜けた先にいたのは、まだまだ幼さの残る金髪碧眼の少女であった――




