第七話 お礼と助言
列車強盗達は結局護衛の冒険者達の手で縛り上げられ、そのまま駆けつけた車掌によってこういった罪人達を閉じ込めておける部屋に連れて行かれた。
後は次の駅あたりで下ろされ、それ相応の罪が問われ処罰される事となるだろう。
そして当然、この事態を解決に導きある意味乗客の命を救ったとも言えるアヴァンは、事件解決後、車両内の皆から盛大に感謝された。
本人が照れて慌ててしまうほどに――ついでに言えばお礼にとお菓子やら何やらをくれた人もいて、それに関しては最初は遠慮したものの、何かをしたいという気持ちも判るのでアヴァンはそれを受け取る。
結果的に、随分とお腹は満たされることになったわけだが。
「それにしても、凄いですね」
「うん? なんだ少しは見直してくれたか? ま、俺がちょっと本気になればあれぐらう余裕――」
「ハイミスリルの装備に換装の腕輪……やっぱりお金持ちだったのですね」
「そこかよ! 俺の腕前に感心してたんじゃないのか!」
「あはっ、それぐらいはアカデミーを首席で卒業したなら出来て当然かなと。それとも、もしかして褒めて欲しかったですか? 頭なでなでしましょうか?」
いや、流石になでなではいい、と照れくさそうに返すアヴァンである。
「……ただ、肉体には一切傷をつけず、意識を刈り取ったあの技はちょっと興味がありますね。それに、アヴァンはあの女の魔弾、撃つ前から狙いが予想出来てましたよね?」
「それについては……ノーコメントだ。冒険者はそうやすやすと自分の技を教えないもんだぜ」
「そうですか、なら別にいいです」
「いいのかよ!」
フッ、と口にし髪を掻き上げるようにしながら、カッコつけ気味に語ったアヴァンだが、あっさりと引かれ、逆に突っ込んでしまう。
「何? やっぱり聞いてほしいのですか? あ! もしかして、きゃーすごーい流石アヴァン様ーとか巷で流行っている主人公が最強系の小説みたいにちやほやして欲しいのですか? 主役願望ありありですか~?」
そ、そんなんじゃねぇよ! と頬を染めるアヴァン。しかし彼はそういった小説は嫌いではなかった。
「この度は強盗犯鎮圧にご協力頂き感謝致します」
それから暫くし、車掌が改めてやってきて、アヴァン達にお礼を述べてきた。
そして同時に最初に無賃乗車扱いをしてキツイ対応をしてしまったことを謝罪してくる。
「それで、何かお礼をと思うのですが」
「え? いや、そう急に言われてもな~」
「でしたら、例えば今回の分の運賃を無料にして頂くというのは如何でしょうか?」
アヴァンが答えあぐねていると、いともあっさりクリスがそんな提案を車掌にした。
え? と驚くアヴァンだが。
「なんだそんなことですか。ええ、勿論強盗団から危機を救って頂けた方から受け取るわけにはいきませんからな、お安い御用です。それと到着までの食事もこちらでご用意させて頂きます」
車掌はあっさりとそれを受け入れると、クリスに運賃をしかも車両内の割増計算分で四万ジュエルを返金してくれた。
その上食事まで用意してくれるわけだからこんなありがたい話はないわけだが。
「おい、ちょっと待てよ」
「何ですか?」
車掌が立ち去った後、受け取った四万ジュエルを自分の財布へとしまうクリスにアヴァンが待ったをかける。
「何じゃないだろ! そのうちの二万ジュエルは俺が支払った分だろ返せよ!」
「あ、気づいちゃいました?」
「気づくわ!」
白々しいその態度に半眼で返すアヴァンである。
「う~ん、惜しい惜しい、あ、つい本音が」
「いや、お前、本当本音とか隠す気ないだろ?」
呆れたように返すアヴァンだったが、仕方がないですね~とクリスが述べ何故か背中を見せた。
(仕方ないってのが納得いかないが、返してくれるなら良いか)
そんなことを思いながら、二万ジュエルの返却を待つアヴァンであった。
「あ!?」
「うん? どうした?」
「大変です、アヴァンのお札がこんなところに」
「な!?」
そう言って振り返ったクリスの手には、二万ジュエルは無かったが、どういうわけかその服から視える果実、つまりその谷間に深く深く食い込むように二万ジュエル紙幣が挟まっていた。
「どうやったらこんなところに入るんだよ!」
「でも、入ってしまったものは仕方ないですよね」
悪気を一切感じさせない笑顔でそう言われると、アヴァンもなんといっていいか判らない。
「これ、どうしろってんだ……」
「仕方ないですね、でも、とれますか?」
胸を強調するような姿勢で問いかけてくるクリス。冷静に考えれば別にそちらじゃなくても、新たに二万ジュエルを取り出して返してくれればいいのだが、ついつい胸に目がいくアヴァンだ。
しかし、こうなってしまってはもうそこからお金を取り出す他無い。何よりクリスがそう言っているのだから一見遠慮する必要もない。
だが、今の紙幣の位置が問題だ。何せその果てしなく欲望を想起させる魅惑の海に沈みかけた二枚のソレは、端だけ出ているなどという生易しい状態ではなく、間違いなく取り出そうと思えば直にその果実に触れてしまう位置取りだ。
しかも着ているドレスもよく見るとその部分はわりとキツめな作りのようであり、つまり圧が恐らくものすごい。
つまりそう簡単に抜けない可能性が高い。なんなら谷間を一旦こじ開けた上で取り出さないといけないかもしれないが、ここで中途半端な行為に出てしまうと要救助者が滑落し、更なる深淵の底へと沈んでいってしまう可能性がある。
ならばどうするか? 当然この状況で確実な手は一つ、アヴァンんの引き締まりながらも中々に逞しいソレを突っ込み一気に引き抜くしか無い。
(だが、俺にそれが出来るのか?)
黙考する。何せ周りには当然乗客がいる。しかも今の事件もあってアヴァン達は中々に注目の的だ。
そんな状況で、女性の双丘に腕を突っ込むなどしたら一体どう思われることか。
当然、幻滅されよう、それどころか下手したら次の町まで噂を引きずることになるかもしれない。
やはり、アヴァンは悩む。このクリスという女、それを判った上でこの命題をアヴァンに突きつけているなら中々の食わせ物である。
だが、やはり二万ジュエルは惜しい! クリスが不思議そうな顔でアヴァンを見ているが、言い出しっぺは彼女だ、そうだ自分は悪くはない。
それにアヴァンの速度があれば、他の乗客に見つかる前に谷に腕を潜り込ませ、そのまま何事もなかったかのように大事なソレを救出することが――
「え~と、何をしてるんですか?」
いよいよ覚悟を決めてアヴァンが身構えたその時、ふと後ろから声を掛けられた。
へ? と声の主を振り返ると、そこには先程まで強盗団とにらめっこしていた護衛の冒険者の姿。
そんな彼らの視線が、わきわきと指を動かすアヴァンに突き刺さる。
「う、うぅうぅ……」
結局アヴァンは決心したはずのその鉾を収め、二万ジュエルに関しては有耶無耶になってしまうのだった――
「あの、先程はありがとうございます! て、え~と、どうかされたのですか?」
今度は護衛をしていた冒険者三人がやってきた。しかし、項垂れてどこか暗く重たい雰囲気を醸し出しているアヴァンに怪訝そうな顔を見せる。要救助者が犠牲になったからだろう。
「でも二万ジュエル分ぐらいガン見してましたよね?」
「し、してねーし!」
しかしクリスの言葉に反応するアヴァンの様子に、笑みを零す冒険者達であり。
「あの、俺達のこともよく言って頂きありがとうございました」
改めて少年少女が頭を下げた。アヴァンは強盗団を倒し、車掌達が駆けつけた時に、彼らの挑発があったからこそ奇襲が上手く言ったと告げていた。
「それにしてもだ、お前たちは武器の選択があまりになってないぜ」
「え? 武器がですか?」
「そうだ、大剣に長槍に火魔法って、狭い車内じゃ絶対選んじゃいけない組み合わせだぞ」
「う、た、確かに振りにくい……」
「でも、俺達ずっとこの武器でやってきてて……」
「私も火の魔法しか使えなくて……」
なんでそれで護衛なんて引き受けたんだ? と疑問に思うところだが。
「とにかく、大剣や槍は常に持ってればインパクトはある。だからもう少し威圧感を高めるよう気を配るんだな。それだけでも抑止力にはなる。ただ、今回みたいないざというときのため、ナイフの腕ぐらいは磨いておいたほうがいい。戦いになったら車内じゃそれは不利以外の何物でもないからな」
「は、はいわかりました! ありがとうございます!」
「でも俺達は運が良かった、こんな腕利きの冒険者が乗っているなんて」
「きっとBランクぐらいはある冒険者だぜ! そうですよね?」
「え? お、おう」
なんとなくその場の空気に合わせてしまうアヴァンである。
「でも、私は火魔法しか使えない。これじゃあ役に立てないよね……」
「う~ん、杖を使って戦えないのか?」
「私、体術は余り……」
ショボーンと肩を落とす少女。すると、クリスが彼女に目を向けた。
「貴方、その杖マギの木で作られた杖よね?」
「え? あ、はいそうです」
クリスの質問に彼女が答える。
「それなら、魔法のノリもいいし、杖の先端に炎を灯すイメージで、あとは松明ぐらいまで火力を上げて振り回せばいいですよ。動物と一緒で人間だって基本火には恐れを抱くものよ。火のついた杖を振り回されて平気なものはそうはいないですから。今日ぐらいの強盗や盗賊ならそれでも十分効果があります」
「な、なるほど……でも煙は……」
「火魔法の範疇で煙も操作できるはずですよ。というか出来ないとこの先苦労しますね。だけど煙を味方につけることができれば色々応用がききますから。例えば煙を相手にだけまとわりつかせて吸わすことができれば、中毒を引き起こして無力化も狙えるし」
「そ、そうか! ありがとうございます! 私頑張って練習してみます!」
アヴァンやクリスの助言で意気消沈だった彼らの目にも希望が宿った。後はそれぞれが鍛錬を組むことで、十分護衛として活躍できる冒険者まで成長してくれることだろう。
「それにしても驚いたな。随分と魔法に詳しいじゃないか」
「冒険者をスカウトもしている立場上、知識として知っているだけですよ」
「ふ~ん、知識としてね」
「なんでしょう?」
「別に~」
どこか含みのある返しを見せるアヴァンである。
ただ、彼はなんとなくクリスが知識とだけ魔法を知っているわけじゃないことは判っていた。だが、どこか妙な雰囲気も感じられるわけだが――
どちらにせよ、その後は車掌が約束してくれたように食事もサービスされ、残りの乗車期間中もひもじい思いをしなくてすんだわけだが――
「次はウッドベル、ウッドベル、お降りの方はお忘れ物のないよう――」
それから更に残り半分の道程が過ぎ、車掌が各車両を周り、次の駅を知らせて回る。
それを聞いたクリスは降車の準備を始め、アヴァンもそれに続いた。
とはいえ、それほど荷物が多いわけでもなかったが――