第六話 アヴァンの実力
「……は? う、ウッドベル子爵、領だ、と?」
「お、おい! どういうことだ! まさかお前間違ったのか!」
「え? あれ? おかしいな?」
「チッ……」
どうやら多少は手慣れた強盗団かと思った連中は、実はかなりのおっちょこちょいな連中でもあったようだ。アヴァンもその様子に思わず苦笑いを見せる。
「は、はは! なんだお前ら! 間違って乗り込んだのかよ!」
「とんだお間抜けね!」
「本当、こんな大馬鹿連中そうはいないぜ!」
すると、後方に控えていた護衛三人までもが強盗団を馬鹿にし始めた。ただ、これにはアヴァンも頭が痛くなる。
お前らがそこで刺激してどうするのか、とそう思えてならないのだ。
「う、うるせぇ! だったらもうてめぇらでもいい! 金目のものは貰っていくぞ! あとそこの女! てめぇもだ! お前は十分金になりそうだからな!」
言わんこっちゃない、と頭を振るアヴァンである。あの護衛達の言葉がダメ出しだったのだろう。ある意味ヤケになったとも言えるかもしれないが、強盗団はクリスさえもターゲットに選んでしまった。
「大変です、私、このままじゃ捕まっちゃいます」
「いや、自業自得だろ。捕まるのが嫌なら黙って隠れておけばよかっただろ?」
「でも、このままじゃあなたの持ち物だって奪われますよ。それに私だってあいつらにめちゃくちゃに、それでも、いいんですか?」
どこか媚びるような目を見せるクリス。なんとも勝手な言い分だな、とため息を吐きたくなるアヴァンだが、確かに持ち物を取られるのはゴメンだし、連れの女性がそんな目にあうのを黙って見過ごすわけにもいかない。
「でも、人質を取られているのは厄介過ぎるぞ」
「それですが――」
すると、クリスがアヴァンにだけ聞こえるようささやき声でそれを知らせる。
「……間違いないのか?」
「舌打ちするのが聞こえたので。それに、態度とか見ているとなんとなく判ります」
なるほど、とアヴァンは首肯する。確かにあの状況にしては気になる点も多かったのは事実だ。
「おい、そこのメガネの女。怪我したくなかったら大人しくこっちに来い」
ゲスな男の声がアヴァンの耳朶を打つ。やれやれとため息を吐きつつ――クリスの代わりに彼が立ち上がり、そして通路に出て強盗団を睨めつけた。
「あん? なんだてめぇ、もしかしてそいつの彼氏って奴か? だけどな! こっちは男には用がないんだよ!」
「まあ、別に彼氏でもなんでもないんだけどな。でも、一応連れだし、それにお前らみたいな連中に黙って色々持ってかれるのも癪だしな」
はぁ? と顔を歪める男。その様子に後ろで見ているだけしか出来ない護衛達も眼を丸くさせている。
「おいおい、かっこつけるのは勝手だが、一人で俺たちを相手にできると本気で思ってるのか? 第一こっちには人質だっているんだぞ!」
「その人質が本物だったなら、確かにちょっと厄介だったかもしれないけどな」
な!? と男たちが驚愕の表情を見せる。アヴァンはそのまま女の方に目をやるが、わずかに口端に皺が刻まれた。
だが、すぐに懇願するような目に変わり。
「な、何を言ってるんですか! 冗談はやめてください! 貴方だって連れの方だって私から色々購入したじゃないですか!」
「そ、そうだ! この女はワゴン押してたところを見つけて捕まえたんだ!」
「どうやってだ?」
「だから、無理やりだよ! ワゴンを蹴飛ばして! 掴まえて、今があんだよ!」
「ほう、ワゴンを蹴飛ばしてね。でも、そのわりに特に汚れてそうに見えないな。ワゴンには飲み物も乗っていたんだから、そんな派手なことをすれば少しぐらい汚れるだろ?」
「すごい、意外に頭が回るんですね」
意外だけ余計だよ、と目を細めるアヴァン。盗賊たちも慌てて自分の服装をチェックしている。
それじゃあ女は仲間ですよ、と言ってるようなものだろ、とアヴァンは心で突っ込んだ。
とはいえ、そのことがなくても乗務員の女がグルなのは間違いないとアヴァンは判断する。
なぜなら動揺が彼には確認出来たからだ。しかも女は何かを仕掛けてきそうですらある。
「まあ、いいや。とりあえずグルってことで、片を付けるぞ」
「は、はぁ? てめぇ! それでもし違ったらどうする気だ!」
「うん、謝る――」
そう呟きつつ地面を蹴り、ついでに腕輪の力も発動する。瞬時に、アヴァンの身に白銀色の胸当てと籠手や具足が装着された。
換装の腕輪――それがこの腕輪型魔導具の正式名称。効果は装備した状態を記録し腕輪の中に収納、発動することで自由自在に出し入れできる。しかも記録した状態で腕輪に収まるため、出す時は装備しなおす必要がない。
どれを装備状態にするかも自分の意志で決定できる。
「な! あれ魔導具かよ! しかもハイミスリル装備だと!?」
「まさか、こいつも冒険者か!」
「仮だけどな」
「――ッ!?」
強盗団が驚いているその瞬間には、アヴァンが肉薄していた。一呼吸している間ほどの僅かな瞬間にである。
その手にはすでにナイフが握られていた。ただ、これは腕輪の中に記録してあったものではない。もともと護身用として懐に忍ばせておいたものだ。
換装の腕輪による装着も確かに早いが、咄嗟の時にはやはり身につけておいたものを抜くほうが断然早い。条件反射の面もある。
なのでアヴァンはいざという時のためにナイフだけは常に身につけている。いくら昔に比べて平和になったとはいえ、こういった輩が現れることだって少なくないからだ。
「ぐぁっ!」
アヴァンが右手に持ったナイフで人質を取っていた男を先ず切る。すると、案の定、乗務員だった筈の女は男の腕からあっさり抜け出し、後方へと大きく飛び退いた。
その身軽さは、車内でワゴンを押してサンドイッチなどを売り歩いていた彼女とはまるで別物。あきらかにこういった自体に慣れた盗賊の動き。
しかも、男たちよりも、彼女の方が手強そうである。
「チッ、全くドジ踏んだものだよ! あんたらさっさとそいつを取り押さえな!」
「へい! 姉御!」
「がってんでぃ!」
すると、今度は残りのふたりがハチェットとショートソード片手に切りかかってくる。
一人はハチェットで肩を狙い、そのまま脇まで裂くような軌道で、ショートソード使いは突きで膝を狙ってくる。
互いに相打ちにならないよう、しかも上下ほぼ同時の連携だ。もしアヴァンが本当にただの新人冒険者なら無傷というわけにもいかなかっただろう。
だが、アヴァンはそのまま前方向へ跳躍、とはいっても正面ではなく、ハチェットの軌道とは逆側の席へと飛び、背もたれに足を掛け空振りした手斧持ちの延髄に向けて思いっきり蹴りつける。
情けない声を上げ前のめりに倒れたところに背中をナイフで切りつけつつ、アヴァンを一瞬見失ったであろうショートソード持ちの首も切った。
それぞれの攻撃は一撃ではなく何発も重ねるように攻撃が加えられていた。その結果強盗団の男たちはその場に倒れ、完全に動けなくなってしまっていた。
そして残りの一人を捉えようと目を向けるが、咄嗟にアヴァンはナイフを寝かせるようにしてその飛来物から身を守った。
「チッ! 運のいい男だね!」
元売り子の女がいつの間にか両手に物騒なものを持って構えていた。
「魔導狙撃銃か……」
その物々しい物体を認めアヴァンが呟く。姉御と呼ばれていた女が構えているのは長めの銃身を備えた魔導式の銃。
銃に備わったシリンダーに魔莢を込めることで使用可能なこれは、最近では弓に変わる武器としても注目を浴びている。
仕組みとしては魔莢の中に魔力が込められ魔莢そのものに術式が刻まれることで、魔法の弾丸、通称魔弾が撃てるという仕組みだ。
魔力をそのまま弾に変えて撃っており、ただ魔弾を打つだけの単純な仕組みなら魔莢一つで十~二十発ほど撃つことが可能。しかも連射性に長ける上、射程距離も長い。
放つことのできる魔弾も術式次第で爆発の効果を持たせたり、電撃を纏わせたりと多様な種類がある。何と言っても魔莢に魔力が込められているという仕組み上、魔法が使えない者でも使用が可能なのが大きいか。
そんな魔導狙撃銃を女が所持していたわけだが――だが、この場においてはそれを撃ち続けている女のほうが驚愕することになる。なぜなら――
「な、なんで、なんでナイフで弾けるんだよ! おかしいだろ!」
「そうでもないかな」
女はアヴァンに向けて魔弾を撃ち続ける。かなりの連射速度だが、しかしその弾は一発も当たらず、全て彼のナイフで弾かれていく。
その度に悲鳴が聞こえるが、しっかり弾道を計算して弾いているため流れ弾が他の客にあたるようなことはない。
「くっ、くそ! くそ!」
「はい残念、ゲームオーバー」
「あ……」
魔弾を弾きながらも瞬時に近づいた少年の姿に、黒目が点になる彼女だったが、アヴァンは構うことなく女のみを十字に切り裂いた。
結果、強盗団のおそらくは真のボスだったのであろう姉御も通路に倒れ動けなくなってしまう。
この間――アヴァンが動き始めてから三分足らずの出来事であり、本来護衛のはずの冒険者すら口をポカーンとさせたまま完全に固まってしまっていたという。