第五話 トラブル発生
蒸気機関車が走り続けること一日と半、ようやく半分か、とアヴァンがため息をつく。
途中何箇所かの駅にとまり、その度に窓をあけて空気を入れ替えたりなどして気を紛らわしたりしたが、やはり列車での三日間の旅は中々に厳しい。
アヴァンとクリスが乗車している車両とて自由席の一番安い両だ。その為座席も座り心地は決していいとはいえない。
腰も痛くなりそうだ。よくクリスは平気だなと思えるアヴァンである。だが、何よりキツイのは風呂に入れないことか。
一応車内にトイレは設置されているが、流石に風呂までは無理である。アヴァンはわりと綺麗好きな方なのでこれは厳しい。
「後一日と半、この調子か……」
そうこぼしつつキョロキョロと他の席を見回す。
「席も結構埋まり始めたな」
汽車は次の駅に停まり、降車する客と乗車する客が入れ替わっているところだ。
ただ、この駅では全体的に乗車数の方が多い。
「次に止まるレイクロードは結構栄えている地域ですからね。乗ってくるお客も多いのでしょう」
レイクロード伯爵領――皇都と自由商業都市アキナインの中間点に位置する領地。
鉄道はここを超えたところで分岐があり、アキナインとの境にある辺境伯領か、アヴァンがこれから向かおうとしてる田舎の領地にわかれることになるわけだが。
「……そして一気に減ったな」
レイクロードの駅で多くの乗客が降車していった、この列車が向かうのは辺境領ではなく、田舎の子爵領だ。多くの乗客の目的は観光地としても有名なレイクロードかアキナインとの境に位置する辺境領なのだから当然だろう。
田舎の子爵領を目指しているのはそれに比べたら圧倒的に少ない。ただ、レイクロードからウッドベルまで運ばれる荷はそこそこ多いため、それでなんとか鉄道も採算が取れていると言った状況だ。
「ま、この路線は、田舎へまっしぐらですからね」
「俺は、その田舎に配属されそうになっているわけだが……」
「不満ですか? でもいいところですよ。空気はキレイだし畑は多いし、水も綺麗だし、畑は多いし」
「畑しかねぇ!」
思わず突っ込むアヴァンである。畑しか無い田舎で一体何の仕事があるというのか今から不安にもなる。まさか冒険者の仕事が野良仕事ということもないだろうが。
それからまた暫く汽車が走り、途中アヴァンはクリスのためにやはりサンドイッチとオレンジジュースを購入して上げた。その時はちゃんと半分貰えたので、結構良いやつかもしれないと思ったアヴァンが、もともとアヴァンのお金で買ったものであり中々単純なものである。
そして、昼食も終えた後のことである――
「きゃあーーーーーー!」
車内に女性の悲鳴が響き渡る。何事から周囲の乗客がざわつくが、そこへアヴァンからみて前方のドアが開かれ、件のワゴンを押していた乗務員とそれを捕らえナイフを突き立てる男の姿が見えた。
しかもナイフを持った男以外にも数人武器をもった男が並び、威嚇するように周囲を見回している。
「おいおい、こんなところで列車強盗かよ……」
アヴァンが眉を広げて述べると、クリスも背もたれを背にしたまま、顔だけで男たちを覗き込んだ。
男は全部で三人、それぞれが刃が一つだけついたハチェットや、ナイフ、ショートソードを手にしていた。
車内でも振り回しやすい武器をチョイスしているあたり、行き当たりばったりの犯行というわけでもなさそうだな、とアヴァンは推測する。
「お、お前たち無駄な抵抗はやめろ!」
「うるせぇ! こっちには人質がいるんだ! そっから一歩でもこっちに来たら、こいつをぶっ殺すぞ!」
すると、男たちの後に続くように冒険者然とした男女が追ってくる。
線路を走る汽車内では時折こういった不届き者が現れるので、鉄道側も基本専属契約を結んだ冒険者ギルドから護衛用の冒険者を雇い乗車させている。
彼らも間違いなくその類だろう。一人は鎖帷子を身に着け背中に大剣を担いでおり、もう一人は青銅製の胸当てと槍、そして最後の一人は唯一の女性で、ローブを纏い杖を手にしている。
その姿に――アヴァンはため息をついた。どう考えても手慣れの冒険者ではない。護衛自体それほどしたことがないのではないか? といえるレベルだ。
何せ持ち込んだ武器のチョイスが悪すぎる。こんな狭い車内で大剣に槍などでどう対処する気なのか。
振り回したところで天井や座席にあたるだけだ。無駄に車内を傷つけるだけだろう。
アヴァンは考える、こうなると最早魔法使い風の女がどれだけやれるかに賭けるしか無いだろうと――
「あ、あんた達こそ観念しなさい! でないと、私の得意の火魔法が火を噴くわよ!」
アヴァンは顔を手で覆った。使えねぇ――と、思わず漏らす。
よりにもよって火魔法とは――せめて精神干渉系(相手の眠気を誘ったり幻覚をみせたりなど)であればまた救いがあったが、まさかの火である。あの護衛達は列車火事でも引き起こしたいのだろうか? ともすれば列車強盗よりたちが悪いかもしれない。
「もっとマシな護衛はいなかったのかよ……」
「仕方ないですね。こっちの路線は予算もそう多く取れないでしょうし、そもそもこんな田舎に向かう路線に、まさか列車強盗が現れるなんて想定してなかったでしょう」
つまり、護衛の冒険者も形だけということだ。全く対応していない場合、鉄道側も職務怠慢や安全を怠ったているなどクレームが入る場合もあるため、誰でもいいから護衛として乗せているわけである。
だからこそ予算を抑えるために護衛費もケチる。その結果がこの頼りない冒険者達だ。
「護衛って一応基本Cランクからの仕事だよな……」
「あくまで基本で建前ですよ、別に冒険者管理法で定められているわけでもありませんし、予算なきゃDでも送りますよ」
三人の恐らく護衛経験など皆無であろう冒険者の姿に呆れたように述べるアヴァンと補足するクリス。
どうやら彼らがDランク程度の冒険者であることに間違いはなさそうだ。
「おまえらぶつぶつうるせぇぞ!」
すると、強盗犯の一人がアヴァン達に向けて叫びあげる。どうやら目をつけられてしまったようだ。
しかしそれも仕方がないか。何せ他の乗客は突然の強盗犯の乱入に竦み上がり、怯えているのが殆どだというのにアヴァンもクリスにしても余裕がある。
「全くガキの癖に落ち着き払って気に入らねぇな」
「へへっ、あれは怖すぎて何も考えられなくなってるだけだって。ズボンなんかは湿っちまってるんじゃないか?」
そんなはずあるか、とアヴァンは心の中で突っ込んだ。とはいえこれ以上厄介事に首を突っ込んでも仕方がないのでとりあえずおとなしくしておく。
すると、相手から見えないようにクリスがアヴァンの隣に移動してきた。そしてそのまましたり顔で席に座る。
「おい、なんでこっちに来たんだよ? 隠れてろよ」
「相手の顔をもっとはっきりと見ておきたかったんです」
「うん? おいおい、なかなか眩い嬢ちゃんが乗ってるじゃねぇか」
やっぱりな、とアヴァンが心のなかでため息をつく。このクリス、性格はよくわからないところもあるが、見目は良いので目をつけられる可能性は十分にあった。
「それにしても兄貴、乗客の数が随分少なくないですかい?」
「あん? そういえばそうだな。だがな、マグナカルタに向かう列車だぞ? たまたま少ないかもしれないが、金目のものは持ってるだろうぜ」
その言葉を聞いてアヴァンは目を丸くさせる。
(マグナカルタって……こいつらまさか襲う列車間違ってるのか?)
となりにいるクリスもため息を吐く。更に周囲の乗客たちも、マグナカルタ? と疑問顔だ。
「おい! 黙れと言ってるだろ! この女だけじゃなく、てめぇらもぶっ殺すぞ!」
すると、強盗団の一人がまた叫びあげた。後ろに控えている冒険者たちもどうしたらいいか考えあぐねている様子だ。
「うるさいですね~あんた達がマヌケなこと言ってるから悪いんじゃないですか~」
「お、おいおい……」
そんな最中、クリスが立ち上がり威風堂々といった雰囲気を醸し出しながらあっさりと言い放つ。
その様子に、なにをやっているんだ、とアヴァンは頭を抱えた。
「うん? なんだエロそうな嬢ちゃんか。言っておくが勇気と無鉄砲は違うぜ?」
「私はただ、あんた達のまぬけぶりを伝えたかっただけですよ~ってあ、つい本音が。でもマグナカルタ辺境伯領への路線と、ウッドベル子爵領の路線を間違えちゃうんだから、やっぱりお間抜けですよね列車強盗さん」
笑顔で相手を嘲笑するような言葉を自然と吐く。そんなクリスはどこか楽しそうですらあった――




