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第四話 鉄道の旅

「ま、まさか鉄道で移動することになるなんてな――」


 車窓から外の景色を眺めつつ、アヴァンが愚痴るように言った。


 皇都を出た後、クリスに連れられてやってきたのは鉄道の敷かれた駅であった。しかも徒歩での移動でである。


 皇都から駅まで徒歩だと一時間は掛かる。なぜ馬車を使わないのかと、愚痴をこぼしたアヴァンであるが、冒険者は徒歩が基本ですよ、既に活動は始めってると思ってください、とここまで言われると何も言えなかった。


 尤もアヴァンとてたかが一時間歩くことぐらい苦ではない。そもそもクリスが一緒でなければその程度の距離、もっと早くに移動することだって可能だ。


 ただ、気分の問題なのだ。この世界に大量に存在するギルドの四柱とも称される巨大ギルドが徒歩で移動というのに納得がいかなかった。


 とは言え、すでに冒険者としての活動は始まっているというのであれば、文句もいえなかったわけで――こうして駅に到着し、彼女の後をおって構内に入り、そして三十分ほど待ったところで汽車は到着した。


 この世界――アドベルチアでは、徐々に魔導技術も発展し、皇都を走っていたような魔導バスや個人が所有できる魔導車も開発されてきている。


 とは言えこれらはまだまだ高価であり、道路の整備も万全とは言えない。魔導車に関して言えば既存の馬車道がそのまま利用できるが、魔導バスぐらいの規模となるとそのまま走るには強度面で不安が残る。それに各地に生息する魔物の脅威や跋扈する盗賊の存在など、安全面でも課題が多い。


 それ故、遠く離れた地を繋ぐ乗り物としてはやはりまだまだ鉄道が主流か。しかしこの鉄道とてまだまだ歴史は浅い。


 しかし、この鉄道が開発されたことで、物流に多大な貢献をし、離れた町から町への移動もかなり楽になったともいえる。線路を走る機関車は今は蒸気機関車が主流であり、石炭の需要も多く、それが新たな働き手の受け皿となってもいる。


 今まで使われることなくすてられ続けていた石炭が、今や鉄道の普及で各国が欲しがる資源となり、新たな産業を築くための柱となっているわけだ。


 尤もこの機関車もいずれは魔導機関車に取って代わられるだろうという声もあるが――どちらにしてもまだまだ先の出来事であることには間違いがないだろう。何せこの鉄道ですらまだまだ通っていない地域は多い。


 アヴァンはなんとねなく、後方に流されていく黒煙を眺め続けていた。窓は自由に開閉が可能だが、走っている間は開けないというのが暗黙のルールだ。理由は勿論この煙にある。列車の走行中に窓を開けては煙が車内に立ち込めてしまう。

 

 そんな黒煙を眺めつつ、そこでふと考える、一体俺はどこに連れて行かれようとしているのか? と。


 そう、この汽車に乗ってから、クリスは自分からは特に何も語っていない。行き先も告げられず、言われるがまま着いてきただけなのだ。


 よく考えたら流石にこれはおかしい。

 そう思ったアヴァンは、あのさ、とクリスに話しかけるが。


「お客様、乗車証の提示をお願い致します」


 彼の声を阻むように、上から誰かの声が降ってきた。目を向けると、鉄道員の制服を着た車掌の姿。


 アヴァンは視線をクリスに向ける。すると彼女は懐から乗車証を取り出し、車掌に提示する。乗車証は行き先までの金額を先払いし購入する証明証だ。


 ただ、中には乗車証も購入せず無断で車内に乗り込むものもいる。なので乗客を管理する意味で車内では車掌が定期的に巡回している。


 この際、乗車証がない場合は当然無賃乗車となるが、乗車証をなくしてしまったりなど何かしらの事情がある場合もあるので、その場で改めて購入すれば罪に問われることはない。


 尤もその場合は、通常より割増料金で乗車証を購入する必要があるわけだが。


「乗車証の提示をお願い致します」

「……へ?」


 そして――クリスの乗車証の確認をした後、車掌が今度はアヴァンに乗車証の提示を求めてくる。思わず目を白黒させるアヴァン。

 そしてそのまま視線をクリスに向けるが、ニッコリと微笑むだけでそれ以上何もない。


 それに、かなり間の抜けた表情を晒すアヴァン。なぜなら彼はずっとクリスの後を着いていく形でこの汽車に乗り込んだわけだが、彼自身は乗車証を購入していない。


 当然それぐらいはギルド側が持つと思っていたからだ。しかも入り口でも彼女と一緒に門を潜ったが何も言われることもなかったからよりそう思ったのである。


 しかし、彼女の態度を見るに、どうやらアヴァンの分の乗車証は購入してないようだ。


「お、おい! どういうことだよ! 俺の乗車証は?」

「ごめんなさい、言い忘れてましたがそれは自費でお願いします」

「は? いやいや! そもそも俺行き先も聞いてないし! どう買えと、ていうか普通ギルドが持つもんだろ!」

「あ、そういえばいい忘れてましたね。行き先はウッドベルですよ」

「はあぁああぁああぁああ!?」


 アヴァンの素っ頓狂な声が車内に響き渡る。当然だろう、ウッドベルといえばここから東南方向にある子爵領。到着まで鉄道を使っても三日もかかる上、辺境からも皇都からも離れた辺鄙な場所にある地方領だ。つまり相当な田舎である。


「あ、あんなところに俺が? あんな何もないような辺鄙な場所に? おいおい本気か!?」

「お客さん、そんなことより早く乗車証を見せてくださいよ。それとも、まさか無いのですか?」


 ずずずいっと車掌が大きな顔を近づけて詰問してくる。アヴァンも思わず苦笑いだが。


「す、すみません、買い忘れてました」

「……車内購入ですね、割増価格で二万ジュエルです」

「くっ!」


 手痛い出費である。ちなみに本来であれば乗車駅からウッドベルまでは一万五千ジュエルである。


 しかし、こうなっては仕方がない。もしここで支払わなければ無賃乗車扱いになり、次の駅で下ろされ、警備員に取り押さえられてしまう。

 

 こんなことで罪人になるなんて流石にごめんだ。なのでアヴァンはズボンのポケットから財布を取り出し、一万ジュエル紙幣を二枚差し出した。


 少し前までは金貨や銀貨といった貨幣が当たり前であったが、今ではそれも持ち歩くのに不便という話になり、紙幣が当たり前に流通している。尤も細かいお金に関しては、一ジュエル銅貨や十ジュエル銅貨などが今でも利用されているが。


「はい、ではこれがウッドベルまでの乗車証。なくさないようにね」

「ありがとうございます……」


 正直納得いかないといった様子のアヴァンではあるが、とりあえず受け取った乗車証を財布にしまう。


「おい! これちゃんと後から経費で落ちるんだろうな!」


 そして車掌が隣の車両に移ったのを認めた後、クリスに向けて叫ぶ。

 しかし当の彼女は済ました様子で、持参していたのであろう小説に目を通し続けていた。

 

 そう、全くの無視である。その態度にピクピクと浮き出た血管が波打つ。


「無視すんなよ! こっちは二万ジュエルも支払ったんだぞ! こんなの普通ギルドが支払うべきものだろうが!」

「え? ああ、そうですね。今後のアヴァンの活躍次第では経費として落ちるような落ちないような落としてもいいような、うん、落ちますと言えませんけどきっと落ちると言えば落ちるようなそんな感じですね」

「おまっ、それ答えになってないし!」

「そうですか? あ、でも支払わないといっているわけではないですよ。なんとなく支払ってもいいような、でも支払えないような――」

「もういい、判った!」


 もはやこれ以上何を言ったところで彼女からお金を引き出すのは無理なようだ。なのでとりあえずは一旦この事は棚上げとする。


「ですが、貴方はそんな腕輪(・・)をしているぐらいですから、そこまでお金に困ってないのでは?」

「これは冒険者になったらこれぐらいは必要と思って、在学中にバイトしてコツコツ溜めてやっと購入したものだよ。こっちも資金にそこまで余裕があるわけじゃないんだ」

「でも、全くないわけじゃないですよね?」

「いや、まあ、そりゃ少しは蓄えておいたのがあるからな」

「それは丁度良かったです。あ、お姉さん、何かお腹の足しになるものありますか?」

「ちょ、おま、何が丁度いいんだよ!」


 ワゴンを押しながらやってきた乗務員にクリスが声をかける。そのマイノリティさにアヴァンは言葉を失った。


 ちなみにこの乗務員はサービス担当のようで、車内販売の為に定期的に車両内を回っているようだ。


「それでしたらこちらのサンドイッチは如何でしょう?」

「いいですね、飲み物は何が?」

「コーヒーに紅茶、搾りたてのオレンジジュースなどもございます」

「サンドイッチとオレンジジュースでいくらかしら?」

「はい、こちら合計で千ジュエルとなります」

 

 値段を聞いたクリスは、じっとアヴァンの顔を見つめてくる。

 そう、ニコニコとした笑顔でどこか媚びを売るように――


「は? はあ! 何? もしかして俺、俺に支払えと?」

「私、あまり今持ち合わせがなくて」

「いや、だったらなんで頼んだんだよ!」

「お腹が空いてしまったんです」


 答えになってねぇ! と呻きつつも――なんとなくここで駄目だというのも男がすたる気がし、仕方なくアヴァンはその代金を支払った。なお、アヴァンは水だけ頂いた。水ならタダだからだ。


「どうもごちそうさまです」

「納得いかねぇ!」

「でも、美味しいですよ」


 もぐもぐと咀嚼しながら嬉しそうにしているクリスを恨めしそうにみやるアヴァンである。

 

 するとクリスがふと小首を傾げた後、これ半分食べます? と聞いてきた。


「え? い、いいのかよ?」


 お金を出したのはアヴァンであるが、何故か遠慮がちに聞いてしまうのが男の悲しいところか。


「勿論ですよ、はい、あ~ん」

「へ!?」


 半分に割ったサンドイッチを近づけてきてこの所為。白魚のような指に目がいき思わずアヴァンもドギマギしてしまう。


「いらないのですか?」

「い、いや、も、もらうよ――」


 そして目を閉じ、餌を求める雛鳥のごとく口を大きく開けるアヴァンだが。


「もぐもぐ……もぐもぐ――」

「て、やらないのかよ!」


 放置され、変わらずもぐもぐしてるクリスに声を上げて突っ込むアヴァンである。

 そう、結局その指からサンドイッチが移されることはなかった。


「くっ、なんなんだお前は!」

「あはっ、冗談ですよ、はい、どうぞ」

 

 クリスは残ったもう一つのサンドイッチを半分に割ってアヴァンに差し出した。

 それを受け取り、じ~と見つめるアヴァンであり。


「あ、もしかしてしてやっぱり口でして欲しかったんですか?」

「ふぁ!?」

「え!」

「なんだなんだ!」


 その発言に周囲の乗客が(特に男性が)にわかに反応する。

 ち、違う違うんです! とごまかすアヴァンであったが。


「おま! 馬鹿誤解をまねくような言い方するなよ!」

「誤解?」


 こてんっと首を傾けるクリス。どうやら理解してないらしい。


「あ、それより、こっちのジュースも飲みます?」

「え!?」


 差し出されたオレンジジュースは今の今までクリスが飲んでいたものだ。ストローが刺さっていたもので、当然それはクリスが口をつけたものだ。


 さっきの発言と相まってついついクリスの口元に目が行くアヴァンである。


 アカデミーでも持てたアヴァンだが、だからといって経験が多いわけではなく、はっきりといえば実はまともに女性と付き合ったことはない。

 

 だからか、こんなことでもドギマギしてしまうが、とはいえ折角の行為を無下にも出来ない(アヴァンが購入したものであるとはいえ)。


「……ありがとう」


 なのせ素直に受け取り、ストローに口をつけるアヴァンだが。


「て、入ってねぇ!」

「あ、そうだ、全部飲んじゃったんでした」


 何なんだ一体、と額を押さえるアヴァン。しかもそれから間もなくして、く~く~、と寝息を立て始めた。


 本当にマイノリティである。ただ、寝顔は間違いなく可愛らしかった。

 そしてそんな顔を見ながらアヴァンはあることに気がつく。


「そういえば結局俺四分の一しか食ってねぇし……」

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