エピローグ
「な、なんだこの女! 全然近づけないぞ!」
「へ、へんな文字が浮かび上がってこれ以上手を出せねぇ!」
「ホワイティ様に何をしてるんですか!」
『ギャフン!』
ホワイティを捕まえようと躍起になっていた冒険者達であったが、彼女の聖詠魔法は唱えている間はどんな攻撃も通さない。
攻撃手段を持たない彼女も防御能力は高いのである。そしてホワイティを狙おうとする不届き者をクリスが魔法で蹴散らしていく。
「な、なんだこのアマ!」
「クソ! ふざけやがって!」
「でもよ、あの胸とか脚とかたまんねぇぜ! 絶対やってやるぜ!」
「何をやるつもりよ! 指一本触れさせるものですか!」
クリスの行使した魔法によって襲いかかる冒険者たちの身体が燃え、豪風によって吹き飛ばされ、石の礫で気を失い、奔流によって押し戻されていく。
「ホワイティやクリスも中々やるな」
そんなふたりの様子を認めながら、アヴァンは武器を片手に近づいてくる冒険者の魔脈を次々と断っていった。
「な、なんで、なんで剣で切られて傷もつかず倒れていくんだよ」
「お前たちが弱いからだよ」
信じられないと言った形相で叫ぶ冒険者もあっさり切り伏せる。
実際魔脈を斬られたとしても、ある程度精神力の高い相手であればそれだけで倒れるようなものじゃない。
つまりこの連中はアヴァンにとってその程度の相手ということでもあるが。
「ば、馬鹿な、こいつらは全員B級の冒険者だぞ! なのに! なぜこんな、こんな底辺ギルドの連中に手も足も出ないのだ!」
「し、支部長! ど、どう致しましょう、も、もう、冒険者の数が――」
「くっ! だったらお前がいけ! それだけ肥えてるなら戦えるだろ!」
「そ、そんな無茶、ヒッ!」
言い争うふたりの間に冒険者の一人が飛んできくる。それに思わず悲鳴を上げるふたりだが。
「おいおい、支部長ともあろうものが、部下に任せて自分は戦わないのか?」
いつの間にか近づいてきていたアヴァンが、カウンターを挟んだ向こう側で怯えるふたりをみやりながら言い放つ。
そしてその後ろからクリスとホワイティも近づいてきていた。
「本当に、色々とやってくれましたね。このお返しはどうしてくれましょうか? その薄汚い丸顔を燃やしましょうか? 土に埋めましょうか? 水没させましょうか? それとも風で切り刻みましょうか? あ、失礼つい本音が。そうですね、ふためと見れない顔に致しまそうか?」
「クリス、それ、あまり変わっていないというか、あまり過激なことは……」
「とは言え、それなりの落とし前はつけてもらう必要があると、俺は思うけどね」
笑顔で額に浮かんだ青筋をピクピクさせるクリスと、あまり事を荒立てなくないホワイティ、対象的なふたりではあるが、しかしここまでやっておいて何もなく終わるわけにはいかないだろう。
「お前たち一体何をしている! それにこれは――一体どういうことだ!」
その時、アルマゲドンの入り口から中々威勢のある女の声。
それに反応する三人であったが。
「あ、あああぁあ! 貴方は、炎剣のフレイア! どうしてここに!」
すると、カウンターの向こうで怯えていたウィスが、彼女を指差し叫んだ。
かなり驚いているようであり、アヴァンもそんな彼女に注目するが、炎のように紅い髪に、吊り上がり気味の灼眼が印象的な女性である。
「どうしてとは? 何を言っている、お前たちからオーガのユニーク種が出たと聞き、私が派遣されてきたのだ」
「え? あ、いや、確かに申請は致しましたが、ま、まさA級でも指折りの貴方様がやってくるなんて、し、しかもこんなに早く――」
「なんだ? 早く来ては何か問題があったのか? それに、この有様は何だ! なぜ冒険者が一人残らずのされている?」
フレイアがその目を尖らせ、ウィスに問う。この様子から、この女剣士はアーマゲドンの中でもかなりの腕前であることが推測できた。
「そ、それが、そ、そうだ! こいつらです! この三人が突然やってきて、ギルド内で暴れまわったんです! この連中ドラゴンダンスというケチな弱小ギルドの奴らで、私達がこの町の仕事を殆どこなしているのが気に入らないといい出して!」
「は? お前、突然なにを言い出してるんだよ?」
「最低なゲス野郎ですね。あ、つい本音が。え~と、クソ野郎ですね!」
「ああ、またあまり違いのないことを……」
ウィスの口から吐き出されたデタラメな説明に憤る三人。
だが、フレイアはそれを信じたのか、厳しい目つきを三人に向けてくる。
「ち、違います! それは嘘です! 私すべてを知ってますから!」
だが、そんなウィスの嘘を、あっさりとバラしたのは受付嬢であるベルであった。
「うん? 嘘だと? 君は何か知っているのか?」
「はい! 実は――」
「ば、馬鹿やめろ! くそ! 誰かその女を!」
「黙れウィス! 私は彼女に話をきいているのだ!」
「む、う、ぐぅ――」
フレイアにどなられ、唸ることしかできなくなるウィス。
そして、ベルの口からこれまでの経緯が説明されたわけだが――
「本当にもうしわけなかった! アーマゲドンの冒険者として、私などが謝って済む話ではないかと思うが、本当に、本当に申し訳ない――」
結局、ベルの説明によりウィスの行為が明るみになることとなり、フレイアが三人に向けて頭を下げる形となった。
そしてカウンターの奥では支部長と受付の男が死んだように転がっていた。フレイアの手によって炎剣の名に恥じず文字通り焼きを入れられた形である。
「あ、あの頭を上げてください! 私たちは判っていただければそれでいいですので」
「いやしかし、それでは私の気が済まない。一体どうすればいい? 私にできることがあれば――」
「と、言ってもな。頭をいくら下げられても、別に何があるわけでもないし、どうせならしっかり形あるものでお詫びして欲しいところだ」
「そ、そうですね! 確かにそのとおりです!」
アヴァンの意見にはクリスも同意した。それに苦笑気味のホワイティであるが。
「形あるものとは? 一体どうすれば?」
「別に大したものじゃないさ。これまで回してもらった仕事や俺達のギルドが買い取ってもらった素材、勿論今回のオーガやユニークオーガも含めて、その気持とやらを乗せた上で、しっかりと査定してもらえれば――」
そこまで話してフレイアも察しがついたのだろう。そしてその上で、それぐらいは当然の権利だ! と断言してくれた上で、改めて査定をしてもらい、その結果――
◇◆◇
「はああぁああ、見てくださいホワイティ様~三百万、三百万ジュエルですよ~」
「はう、さ、三百万ジュエル! はわわ、はぁ~」
「ああ! ホワイティ様気をしっかり!」
「いや、どれだけ金がなかったんだよ……」
結局、アーマゲドンに関しては本来貰う予定の報酬の倍に当たる三百万ジュエルを受け取る形で手打ちとなった。
どうやらアーマゲドンの中ではフレイアはかなりまともな冒険者だったようであり、支部長のウィスや受付の男などは今後フレイアの報告書により本部にその愚行が知れることとなり、ほぼ間違いなくその任も解かれるだろうとのこと。
また、支部長の命令を聞いて三人に襲い掛かってきた冒険者たちも、何らかの処罰を受けるのは間違いがなさそうであった。
アヴァンたちとしても、そこまでやってもらった上で、報酬まで倍の金額を貰えるとあっては、これ以上は特になにも言うことはない。
後は出来れば次にやってくるであろう支部長がまともである事を願うのみである。
「あ、あの、それでアヴァン、クリスがあなたにどうしても話したいことがあるって」
「うん? クリスが?」
そんなこんなで、ドラゴンダンスに戻り、三百万ジュエルを前にして驚いたり、慄いたり、失神しそうになったりしていたホワイティだが、ふとアヴァンにそんな事を述べ、すると頬を赤く染めたクリスが前に出てきた。
「あ、あの、その、色々と助けてくれて、そ、それにギルドに戻ってきてくれて、あ、ありがとう、あ、つい本音が! これは、その――」
「ば~か」
恥ずかしそうにわたわたするクリスであったが、アヴァンは一言そう述べ。
「そういうのは本音でいいんだよ」
更に言葉を付け加え、クリスの頭をぽんぽんっと軽く叩く。
するとクリスの顔が更に真っ赤に染まり、ばかっ、と一言だけ漏らした。
それに、くすくすと笑みを零すホワイティでもあったのだが。
「あの、もしかして私の事って忘れられてます?」
ふと、後ろからそんな不機嫌そうな声。アヴァンが振り返ると、そこには、むぅ~と頬を膨らます、ベルの姿があった。
「あ、いや、当然覚えてたさ!」
「本当ですか? 何か怪しい、それにふたりとも、何かいい感じだったりするのですか?」
「へ? な、何言ってるんですか! そんなわけありません! これは本音で絶対ありえません!」
「そ、そうだぞ! 大体俺はこいつに騙されたり散々だったんだ! なのにそんなはずないだろう!」
「むぅ、ムキになるところがやっぱり怪しいです」
ジト目のベルである。
「あ、あの、ところで、ベルさんはそういえばどうしてこちらに?」
すると、ホワイティが不思議そうに尋ねる。確かになぜアーマゲドンの受付嬢であるベルがわざわざドラゴンダンスにまでついてきたのかといったところなのだが。
「あ~それなんだけどな、実は今回の件、ベルに色々協力してもらう代わりに――うちに入れるよう口添えするって約束したんだ。ま、そんなわけで俺共々、ベルも受付嬢として宜しくな」
アヴァンの発言に、は? とクリスが眉を顰め。
「え? それ、聞いていませんが?」
「うん、だから今言っただろ?」
「そんな大事なこと何故今言うんですかーーーー!」
「仕方ねぇだろ! ギルドの件で色々あって言うタイミングなんてなかったんだから!」
「というわけで、アヴァンからご紹介に預かりました受付嬢のベルです、今日から宜しくお願い致します」
「あ、はいこちらこそ」
ペコペコと頭を下げるホワイティ。すると、ちょっと、とクリスが待ったをかけ。
「ホワイティ様もそんなあっさり!」
「いいじゃねぇか。どうせ受付嬢もいなかっただろ? ベルもあそこまでやったらもうアーマゲドンにも居づらいだろうしな」
「はい、既に辞表は提出済みです」
「もう!?」
「まあ、それは、仕方がないですね」
「ホワイティ様! だからしっかり考えてください! 雇ったらお給金だけ支払わないといけないのですよ!」
「そんなの、今回の三百万ジュエルがあればなんとかなるだろ? あ、俺はその中で百万ジュエルぐらいでいいぞ」
「ありえないです! 本音でありえないです! 大体あとふたつきで合計六百万ジュエルあつめないといけないのに! そんな余裕があるわけないのですよーーーー!」
クリスが叫ぶ。すると、はあ? とアヴァンが眉を顰め。
「く、クリス……」
「あ、すみません、つい、口が滑ってしまいました」
口を両手で覆い、しまったという顔を見せるクリス。
その姿を認め、アヴァンが、はあ~、と大きくため息をつく。
「どうせ、そんなこったろうと思ったぜ。その調子だと、やはりギルド継続の更新の為の資金がたりてないんだな」
「え!? わ、わかっていたのですか?」
「ああ、色々思い出してな、委員会の本も読んだりして調べたのさ。それで気がついた、冒険者ギルドは年に一回、正しく運営できているか審査される。更新審査ってやつだな。それに合格する条件が、一つ資本金を最低の六百万ジュエル保有している事、もう一つギルドマスターを除いた登録冒険者が最低五人いることだ」
アヴァンの指摘にクリスもホワイティもしょぼーんとした顔になる。
すると、ベルも慌て顔になって言う。
「そ、そんな! ギルドを移ってそうそうギルド解体なんて困ります!」
「わ、わかってますよそれぐらい、だから、色々頑張らないといけないんです」
「その結果がこれだったんだから笑えないな」
「う、うぅ」
「返す言葉もありません」
クリスもホワイティも罰が悪そうにうつむいてしまう。ベルも不安そうだ。だが、アヴァンはそんな三人に向けて言い放つ。
「ま、約束したしな」
「約束?」
「ああ、俺が来たからにはこれまでと同じようにはさせないってな。だから、この俺が入った以上この程度の危機は絶対に乗り越えてやるよ。そう、この最弱で最底辺な冒険者ギルドは、この俺のセンスで最強の冒険者ギルドへ改革してやる!」
自分を指差し、アヴァンはそう言い切り誓った。そう、これまでアヴァンは自分という最高の器を収める最高の棚となるギルドを探していた。
だが、その考えを改めたのである。大事なのは場所ではない、自身の生き方だ。それに、最初から出来上がったギルドなんかじゃ面白くもなんともない。
ボロボロで最低なギルドを、アヴァンの手で建て直す、最強の冒険者を目指すなら、それぐらい出来なければ夢のまた夢なのだから――
これにて完結となります。
第二部もとは思っていたのですが現在の他作品の更新分と色々練っている作品の事もありこのまま放置し続けるよりはと思いここで一旦完結とさせて頂きます。
ここまでお読み頂きありがとうございましたm(__)m




