第二十二話 俺のセンス
「クリス! 馬鹿! 心配したんだから!」
「え? あ、ホワイティ様、逃げられたのではなかったのですか?」
「貴方を置いて逃げられるわけじゃないじゃない! 馬鹿~~~~~~!」
ホワイティがポカポカポカとクリスの身体を叩く。力がないせいか、見た目には子供がじゃれてるようにしか見えないのが物悲しいが、ただ、涙目になっているあたり本当にクリスのことが心配だったのだろう。
「クリス、今のはお前のミスだな」
「え? 私のミス、ど、どういうことですか?」
ふぅ、とアヴァンがため息をつく。彼女は本当に判っていないようだ。
「どうせお前、私がひきつけるからその間に逃げろとでも言ったんだろ?」
「……」
視線を落としての沈黙。図星だな、とアヴァンは確信する。
「それが駄目なんだよ。お前は結局相手の気持ちを完全には判ってなかった、理解してるつもりでもな。そんなんじゃ今後やってられないぜ。冒険者を勧誘したくてもそんな考えじゃすぐ離れちまうぞ?」
「グォオオォオォォォォオオオ!」
アヴァンがクリスに向けて語っていると、前方からオーガの猛る声。そして巨体をアヴァンへと向け直した。
「ようやくいなくなってることに気がついたか。ユニーク種らしいが、やっぱ鈍いのは普通のオーガと一緒なのかね」
「……でも、あのオーガには魔法が全く効かないの。それに能力も普通のオーガと段違いよ」
「ああ、そうだろうな。多分あれの持つセンスが魔法耐性とかなんだろ」
「魔法耐性のセンス? それで、クリスの魔法が全く効かなかったのですね! で、でもそうなるとどうしたら――」
「そうだな……」
ホワイティが心配そうに声を発す。
すると、ドスン、ドスン、と大きな足音を響かせて近づいていくるユニークオーガ。
ソレを認めたアヴァンは、ためらうことなく近づいてくるオーガに向けて直進する。
「そんな! いくらなんでも危険です!」
ホワイティが叫ぶ。相手はA級相当の特殊個体だ。
単身で挑んで勝てるわけがないと、普通ならそう思えるだろうが。
「俺のセンスを見せてやるよ!」
ユニークオーガが拳を振り下ろす、だが、それをまるでくるのが判っていたかのようにヒラリとかわし、ガラ空きの脇腹に顕現した長剣を叩き込む。
「魔脈・破!」
その瞬間、強い衝撃がオーガを直撃、爆轟と共に蒼色の光が大きく弾け、ユニークオーガの巨体がそのまま後方へと吹っ飛んでいった。
「……す、凄い威力」
「そうか、やっぱりアヴァン、あなたセンス持ちだったのですね」
ホワイティが目を白黒させ、そしてクリスが何かを思い出すようにしながら呟く。
彼女は恐らくあの列車強盗の件からその可能性に気がついていたのかもしれないとアヴァンは考える。
そう、センス持ち――センスとはこのアドベルチアの世界において特殊能力とされる力。
剣とも魔法とも異なるこれらは、時に異能とも称される杞憂な能力だ。
人にも魔物にも宿ることのあるこのセンスは、しかし備わるのは非常に稀なことである。先天性と後天性があり、一般的には先天性の方が良いセンスに恵まれるとされるが、その力が宿る可能性は、先天性であれば約五十万人に一人、後天性に関しては約十万人に一人程度と非常に低い。
そしてそのセンスの種類は千差万別、同じように見えてもその内容は微妙に異なっていたりと多種多様だ。
そんな中、アヴァンの持つセンスは――
「ああ、そのとおり、俺は先天性の魔眼のセンス持ちさ」
クリスを振り返り、自らの目を親指で指し示しそう言いのける。
よく見るとアヴァンの瞳はいつのまにか蒼い輝きを放っていた。
魔眼のセンス――瞳に特別な力を宿すセンスである。そしてアヴァンの魔眼は、相手の魔脈を視ることが出来る。
そう、魔脈は本来不可視の器官だが、アヴァンにはその脈が、そして魔力の流れが手に取るように判るのである。
そしてこの世界に存在する生物には大なり小なり魔力が生成され、魔脈内で循環している。これらの魔力は何かしらの行動を起こすと如実に反応するものだ。
アヴァンは魔脈内に流れる魔力の反応を見ることで、相手の次の動きをある程度予測することが可能。これを彼は魔脈・瞳と読んでいたりもするが――
そしてだからこそ、アヴァンはあの列車強盗を相手にした際も、相手が銃を撃つタイミングを完全に読んで見せたのである。
「アヴァン――センス、しかも魔眼持ちだなんてね」
「でも、私が思っていた通り、只者ではなかったようです」
クリスが言うように、魔眼はセンスの中でも強力な物が多い。
ホワイティが感嘆するのも判るというものだろう。
「さて、後はこれからだな、お前たちはどうしたい?」
アヴァンがふたりを振り返り尋ねる。すると、え? とクリスが目を丸くさせた。
「だから、さっきも言ったろう? 俺はたまたまこの現場に出くわしただけだ。それに、あのユニークオーガだってまだ死んだわけじゃないしな。何もないなら、面倒事はゴメンだし、このまま引き返すぞ」
「へ? え? ほ、本気なの?」
「本気も本気、大本気だ」
両手を広げながらのアヴァンの回答にクリスが眉を顰める。
「そんな顔すんなよ。大体、あれだけの相手にタダ働きってのは虫がよすぎるだろ? どうしてもっていうならそれなりの金額で依頼してもらわないとな」
「そ、それなりの金額……」
「貴方、それ本気で言ってるの?」
「本気さ。何せ俺はもうこのギルドを辞めた身。お前とも本来何の関係もないわけだ。まあ、尤も再度俺がこのギルドに入ると言うなら、話は別だけどな」
瞳を尖らせて聞いてくるクリスだったが、アヴァンの答えに、え? と眼をパチクリさせる。
「ただな、俺も一度は辞めた男だ。本来ならどこへいっても大活躍間違い無しのこの俺を、またギルドにとなるとな、それ相応のお願いの仕方があると思うんだけどな、おっとそうこうしてるうちに、オーガがまた戻ってきたぞ」
「え、あ、あの! 戻ってきて頂けるなら、こんな嬉しいことはありません! ですからお願いします、ドラゴンダンスに、入ってください!」
ドシンドシンっと重低音を響かせながら再度迫る鬼。その手にはどこかでへし折ったのであろう丸太が握られていた。
そんな中、ホワイティが懇願する。
そしてアヴァンはクリスを見やり、お前はどうなんだ? という目を見せるが。
「お、お願いします、ドラゴンダンスに戻ってきて、そして、ホワイティ様を助けてあげてください!」
クリスも頭を下げて懇願した。今度は契約書などで騙すような真似はせず、心からのお願いとしてアヴァンに伝えたのだ。
しかも、自分のためではなく、ホワイティの為にと――
「……なるほどな。自分よりも相手を守りたいってわけか――いいぜ、だけど、俺が入る以上、これまで通りとはいかせないぜ。何せ俺は最高級品だからな」
そう言って、迫るオーガに視線をやる。
「……でもなクリス、そうやって誰かのために一生懸命なお前は、嫌いじゃないぜ」
「……馬鹿」
クリスの言葉を背に受けながら、アヴァンは再びユニークオーガに向けて疾駆する。
咆哮が耳に届いたが、臆することなく瞬時に肉薄。
「魔脈・裂!」
そして剣戟を無数にオーガの肉体へ叩き込む。だが、注目すべきはどれほど切ってもその肉体には一切傷がついていないということ。
だが、アヴァンの瞳が捉えた魔脈は、その剣戟によって切り刻まれていった。
そう、魔眼によって相手の魔脈を視る事が出来るアヴァンは、それを応用し、相手の魔脈だけを断つことが可能なのである。
魔脈を切るということは、損傷した箇所から循環している魔力が漏出するということである。
そしてどんな生物であれ、魔力を一気に大量に失えば、身体に何かしらの影響を受ける。
魔法が得意なものであれば、上手く魔力が練れなくなり、魔法の行使に多大な影響を及ぼす。
たとえ魔法使いでなくても、相当に魔力を失うことで身体の力が抜け身動きがとれなくなったりする。更に言えば、特に魔力というものに依存する魔物であればその効果が顕著だ。
故に、アヴァンは狩りの時、相手の肉体を一切傷つけることなく、魔物を無力化してみせたのである。
だが――
「グオォオォオォオオォオオ!」
オーガが手持ちの丸太を横殴りに振った。アヴァンは魔脈を読みそれを避けたが、みたところいくら切ってもオーガの意識は保たれたままである。
そう、このマナキリングも万能ではない。そもそも魔脈は自己再生力が非常に高い器官でもある。
その為、多少傷つけたところで、その傷は一瞬にして修復される場合が殆どだ。
だからこそアヴァンはこのマナキリングを使用する際は手数を優先させる。
しかし、それでもある程度高い能力を持つものであれば、魔脈を損傷し、魔力が外に漏れ出したとしても、倒れることなく凌いでみせたりする。
このオーガにしても、アヴァンの攻撃で、多少ふらつきこそしたものの、これだけではやはり弱い。
「なるほどな、伊達にユニーク種ってわけじゃないんだな」
相手を見据えながら、敵のことを見直すアヴァン。だが、その表情にはまだまだ余裕が感じられた。
「だったら、今度はもうちょい強めで、アレを決めさせてもらうかな」
そして再び丸太を振り上げ迫るオーガを見据えながら、長剣の剣先を相手に向け、構えを取る。
「これで終わらせる、俺のセンスに跪きな! 魔脈・破!」
オーガのある一点めがけ、アヴァンは全体重を乗せるようにして突きを放つ。
丸太を振り下ろそうとしたオーガの胸部を、鋭い刺突が捉え、かと思えばその厚い胸板が内側から破裂した。凄まじい衝撃が広がり、内側から蒼色の光が膨張する。
これは先程もオーガを吹き飛ばしたアヴァンの秘技、攻撃を加えると同時に相手の魔脈へ己の圧縮した魔力を一気に注ぎ込み膨張させ内側から対象を破壊する。
しかも事前にマナゲイズによって相手の魔核の位置を把握していた。アヴァンはその一点を狙って突きを叩き込んだのである。魔物にとって最も弱い部位は人の心臓にも等しい魔核であり、魔脈の集中している箇所でもあるからだ。
「す、凄い――」
クリスが呟く。その光景に圧倒されているようでもあった。
何せアヴァンの剣によって貫かれたオーガの青い身体には、見事なまでの巨大な風穴が出来上がっていた。そしてその巨体が前のめりに倒れ、アヴァンの身が風穴を潜る。
ズシーンっと重苦しい音を残し、ユニーク種のオーガは絶命した。
そんなオーガの遺体を、いや、その内側から砕け落ちたソレを眺めながら、アヴァンが呟く。
「……ちょっと、やりすぎちまったかな――」




