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第二十話 冒険者とは……

「……なんでしょうか? どこか皮肉めいた言い方にも思えますが、勘ぐりすぎでしょうかね?」

「さぁね。ただ、この契約書を見ていながら登録した冒険者が喜んでるとしたら、随分と頭がお花畑だなとは思うがね」


 紅茶を啜り、再び皿に戻した後はっきりと断言する。


「はて? この契約書に、どこか不満に思う点がありましたか?」

「不満とまではいわないが、だが、あんたの説明はあざといなとは思う。例えばさっきの話だと仕事のあるなしに関わらず年間決まった報酬が支給されるように感じるが、契約書をよくみるとそうではない」

「ほう……」


 一言呟きアヴァンを見据えるウィス。

 その目をしっかり捉えながら更にアヴァンは続けた。


「たとえばここにはこう謳っているな、この報酬はギルドの求める成果を満たすことを条件とする、とね。そしてギルドの指定した依頼は特別な理由がない限り必ず実行すること、ともね」


 アヴァンは契約書の一部を指し示し取り立てて述べた。つまりこの説明どおりであれば依頼の多寡に関わらず報酬が支払われるという前提が崩れてくる。


「……それにどこか問題がありましたでしょうか? 確かに依頼の多寡に関わらず年間定めた報酬を支払うとはしてますが、だからといって全く依頼もこなさないのに報酬だけ貰えると思われるのも心外です。正当な報酬を得るためにはそれ相応の実績は残して頂かないと」


 だが、ウィスはその点を反論。確かにギルド側からすれば、何も依頼をこなさず報酬だけを持って行かれてはたまったものじゃないだろう。


「なるほどな、だけど、その報酬に関しても説明不足なことがあるだろ?」

「はて? 何の事でしょうか?」

「契約書には更にこうある、なお以上の報酬について、支払いは分割で行うものとし、最初の二ヶ月間は試用期間とし最低限の二十万ジュエリーとし、三ヶ月目以降、残りの報酬を十分割で支払うものとする、とね」

「……随分とよく目を通されてますな。ですが、そこも正直批難されるいわれはありませんな。そもそも最初に一括で支払い、逃げられでもしたらたまったものじゃありません。それに冒険者側からしてもいっぺんに全てを貰うよりは分けて貰ったほうが使い込んでしまう可能性が減ります。こういってはなんですが、例え腕は良くても生活態度については問題があるという冒険者も少なくありませんからね。そういった方への抑止力になっているのですよ」


 よく目を通しているという点では、それは当然のことでもある。何せアヴァンはつい最近契約書で痛い目を見ている。ならば同じ轍を踏むわけにはいかないだろう。


 だが、アヴァンが何を指摘しようが、もっともらしい言葉で反論する支部長。しかし、そこがなおさら胡散臭く思えるアヴァンである。


「なるほどね、流石支部長だけあってそれなりの回答はしっかりと用意しているってわけだ」

「……褒め言葉として捉えておきますよ」

「けれどな、それでもやはりいやらしい書き方をしている箇所はある、例えばここ、契約冒険者の勤務態度に問題がある場合、また成果が当ギルドの許容範囲に及ばない場合、一方的に契約を解除する事ができる、とこうある」


 更に頁を捲り、指摘を重ねる。


「……そこに何か問題が?」


 だが、ウィスは眉を寄せ笑みを残したままではあるが、どこか辟易とした様子で言葉を返した。


「敢えて問題があるとは言わないが、少々セコいんじゃないかと思ってね」

「セコい?」

「そう、この文の示す意味を考えれば判る。つまり、ギルド側は試用期間内に相手が気に入らなければその時点で契約解除が可能、そういう事になる。しかもこれであれば支払う報酬は最低二十万ジュエルで済むわけだ。年俸で釣っているわりに、実際は必ずしもその金額が保証されているわけではない。そこがセコいと俺は思うわけだけどな」


 そう、アヴァンはそこが気に入らない。結局のところ安定を謳っている割にはギルドにとって都合の良い内容が要所要所に散りばめられている。


「ははっ、それは貴方がギルド運営について理解されていないからですよ。こっちだって慈善事業でこんなことをやっているわけではない。それにもし契約してみて使い物にならなければ、そこまで保証していてはギルドそのものが成り立たない。そうなれば結果的に所属している冒険者に迷惑が掛かる。それを避けるために少しでもリスクを減らそうと考えて何が悪いと言うのか?」


 だが、どこか開き直った口調でウィスが答えた。うちは何も間違ったことなどしていないと、そんな自信も窺える。


「……別にそのことが悪いだなんて言ってはいないさ。ただ、そのさも冒険者のためにという言い方には納得できないけどな」

「貴方はまるでわざわざここまでやってきてケチを付けに来ているように思える。ですが、ここまで来たら伺いましょう。一体何が納得出来ないと?」


 不快そうに顔を顰めつつも、アヴァンに先を促すウィスである。


「単純な話さ。この契約書を見る限り、契約を交わした冒険者は確かにそちらの希望に沿う仕事をすればこの年俸は保証してもらえる」

「そうですね、そしてそれは決して間違いではない。言っては何ですが、当ギルドで年俸契約を結んだ冒険者の内、八割はしっかりと報酬を受け取っているのだからね」


 得意げに語るウィスであるが。


「それは逆に言えば、二割は受け取れずに終わっているということだと思うけど?」


 しかしアヴァンは的確にそこをついた。八割を多いと考えず、二割ももらえてない事例があることをしっかりと指摘する。


「……それは中には仕事を全くしなくなるような勘違いした馬鹿もいますからな」

「フッ、今ちょっとだけ笑みが歪んだな? そっちのほうがよっぽどお似合いだぜ?」

「……」


 遂に仮面が剥がれ始めたその様子に、アヴァンは意地の悪い笑みを見せる。


「とは言え、その事自体はどうでもいい。問題なのはこの年俸契約を結ぶと、通常の報酬は一切もらえなくなるということだ」

「あっはっは、それが悪いことと? 馬鹿言っちゃいけない。年俸として支払う報酬には当然そういった分も含まれている。それは契約書にも書かれていることだ」

「そう、だから俺はこの契約書を見て喜んでいる冒険者の頭がお花畑だと言っているのさ。だってそうだろ? この契約を結んだ瞬間、冒険者は本来の稼ぎならどの程度の金額になるのかを知ることが出来なくなる」


 アヴァンが確信を突いた発言をするとウィスがその顔を若干歪めた。


「……つまり、何が言いたいのですか?」

「判らないかな? つまり、本当なら二千万ジュエル分の仕事をしていたとしても、一千万ジュエル分の報酬しかもらっていないって可能性も十分ありえるってことさ。この年俸を盾にしてな」


 つまりギルド側はこの年棒制を逆に利用し、報酬を勝手に天引きしていると、アヴァンはそう察したわけだ。


「中々面白い話だが、証拠もなしに憶測で物を言うものじゃない。大体そんな馬鹿な搾取をしていてはどこかでバレてもおかしくないだろう」

「ああ、そのとおりさ。今のはあくまで極端な話だ。だけどな、事前に管理委員会の登記簿で調べておいたからある程度は予測もできる。何せ登録冒険者数と請け負った依頼量、そしてその報酬、それらのバランスが妙に臭い。それは些細な違いにも思えるかもしれないが、確かにギルドへより多くの利益がうまれる形で記録されていた」

「……そんなところまでよくチェックされたものだ」

「契約書では一度痛い目みてるのでね。だけど、それでわかったことは、半分とまでは行かなくても、一割から二割程度は間違いなく抜いている。つまり年俸一千万ジュエルの冒険者であれば、その仕事量は一千と百万か二百万ジュエル相当に値するってことだ」

「……なるほど、いやはや見事です。その洞察力には舌を巻く思いですよ。だから、ここははっきりと言いましょう。その通りです、年俸制を取っている冒険者からは確かにギルドが一割から二割ほど抜かしてもらっている。ですが、それが何か問題が?」

「開き直りかい?」


 思いの外あっさりと認めたウィスに眉を顰めつつ反問する。だが、彼は肩をすくめこう答える。


「とんでもない! むしろうちは十分良心的だ。先程も申し上げましたが、貴方はギルドの運営に関しては無知が過ぎる。慈善事業で冒険者に仕事を割り振ってるわけじゃないのですよ。それに当然こちらとてリスクがゼロではない。依頼途中で冒険者が憂いの目にあってしまうことだって少なくないのです。そうなれば場合によってはこちらの損に繋がる。にも関わらず一年を通して貰える報酬をある程度保証しているんだ。それならば一割か二割程度ギルド側に利があってもバチは当たらないでしょう。それにこれはしっかりと利益として上げているものだ、法律的にはなんら問題になることではない」

「法律的にはね、だけど冒険者が憂いな目? はは、流石にそれには俺も呆れた笑いしか出てこないですよ」


 苦笑しながらアヴァンが言葉を返す。冷めた紅茶を一口啜り、眉を顰めながらウィスが言った。


「だから、何が問題だと?」

「ウィス支部長は、冒険者の年死率はご存知かな?」

「……随分とバカにされたものだ。当然それぐらいは理解している」


 笑みは消えムスッとした表情で返した。


「へえ、それなら今いえます?」

「……冒険者の年死率、つまり冒険者として従事した年数ごとの死亡率、一年死亡率が約15.8%、三年死亡率が約28.6%、五年死亡率が約52.4%、そして十年死亡率が――約97.8%以上だ」


 これはアカデミーの冒険者科では真っ先に教えられる事だ。つまり冒険者は一見華やかな職業にも思えるが危険も伴う、冒険者として十年以上生き残っていられればそれだけでも賞賛されるほどに。


「流石支部長ともなれば違いますね。大正解」

「……君は私はおちょくっているのかね?」


 明らかな不機嫌を顔に宿しウィスが尋ねた。それに大げさに両手を広げ応じるアヴァンだ。


「とんでもない。ただ、この数値はあくまで冒険者全体での数値、だけどそれをこのギルド限定、つまり公にされているアーマゲドンの数値で見ると中々面白い結果が出てくる」

「…………」

「そうですね、今度は俺から言ってあげましょう。アーマゲドンの年死率、一年死亡率が約1.8%、三年死亡率が約3.5%、五年死亡率が約5.5%、そして十年死亡率は――7.8%だ。あれれおかしいな? この計算だと、さっき言ったようなリスクはほぼない事に、なりませんか?」


 茶化すようにアヴァンが問う。すると、ふっ、とウィスが鼻で笑った。


「――だとして、何か問題が? 死亡率が低いこと、それは冒険者にとってはありがたい話ではないですか。危険がより少ないわけなのですから」

「その通り、危険が少ない。だけど、これはつまりこのギルドのある側面を浮き彫りにし、最大の欠点を露わにしてしまっている」

「最大の欠点? はは、一体内に何が――」

「堅実過ぎる」

「……はい?」

「だから、欠点ですよ。そう、このギルドは堅実過ぎる。簡単に言えば危ない橋は決して渡らない。だからこそ死亡率が極端に低いという結果が生まれる。さっきから貴方自身もいってましたが、リスクを回避する、ギルドの運営の為にも当然。そう、その考えが結果として如実に現れている。このギルドは絶対に達成できると自信のある依頼しか請け負わない。だから、少しでも不安があれば、そんな依頼は請けない。そうやってやってきたからこそ、ランキングの上がり方も非常に地道なものだ」


 淡々と述べるアヴァンにウィスはため息を一つ吐き出し答えた。


「ですから、それが、何か問題でも?」

「いえ、ただね、これではあまりに面白くない。俺の理想の冒険者は時には危険をおかしてでもそれが困難と判っていても立ち向かっていく、そんな冒険者だ。そしてそれこそが本来の冒険者としてのあり方だと思う。で・す・が――」


 そこまで口にし、アヴァンはウィスにグイッと顔を近づけ言い放つ。


「このギルドはさっぱり冒険をしていない――」

「…………」


 アヴァンの言葉に押し黙るウィス。しかしその拳は若干震えていた。


「堅実で利益の出る運営? まるで考え方が冒険者じゃなくて商人だ。革命の丘が聞いて呆れる。だから、俺はこのギルドには登録しない。それが答えだ、俺が今言いたかったのはこれですよ」


 そんなウィスに向かって、アヴァンははっきりとそう断言した。自分を高めるのが目的な彼にとっては、既にこのギルドに対する関心はない。無難で堅実、冒険者にとっても安心な依頼しか請け負わない腑抜けたギルドにようはないのである。


「……そんな戯言を言うためにわざわざここに? しかし疑問ですな。それだとまるで契約書を見る前から腹は決まっていたようではないですか」


 だが、ウィスは得心がいかないといった様子でそれを口にする。わざわざ支部長室にまで呼び、歓迎する心づもりでいたのにあてが外れて随分と悔しそうでもあった。


「ああ、そうだな。勿論そのこともそうだが、俺は相手の立場が下だからといって、偉そうな態度をとる連中も気に食わないし、それに、表向きはいい顔をしながら陰では相手を貶めるような発言を平気でする、そんな人間が支部長を務めるようなギルドもまっぴらごめんでね」


 だが、アヴァンの発言でウィスも得心がいったようだ。


「……ふふっ、なるほどなるほど。そういうことですか。まさかあの最低なギルド、ドラゴンダンスに情でもわきましたかな? ですが、その選択はあまりに愚かだと私は思いますよ」


 嘲るように笑い忠告する。それにアヴァンは肩をすくめる。


 ただ、その指摘が必ずしも間違っているわけでもなかった。アヴァンは確かにあのギルドを自分から辞めた。だが、にも関わらずクリスに見せた連中の態度、それに人を舐めてるようなやり口、それがどうしても気に入らない。


 だがら、アヴァンは条件を聞いてみたいという理屈で動きながらも、何かしらの爪痕をこのギルドに残してやりたかったのだ。


「……なるほど、どうやら色々知ってはいたようだな。だけどな、愚かかどうかなんてあんたに決められる筋合いはない。それに――」


 だから、そこまで言ってすっとアヴァンは席を立つ。それが完全な決別の証。そして支部長室のドアの前で足を止め振り返ることもせず言った。


「冒険をしない冒険者ギルドに何の価値がある? 俺にはこんなギルドの方がよっぽど価値がない」

「……その回答、我々に対する挑戦状と受け取りましたよ」

「好きに取ればいいさ」


 そして最後にそう言い残し、アヴァンは支部長室を後にした――

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