第十九話 契約の誘い
「いやはや、まさか貴方様から私どものギルドに声を掛けていただけるとは驚きましたよ」
支部長室にて、高級そうな机を挟みアヴァンはアーマゲドンワゴンタウン支部支部長のウィス・ブルーと対面していた。
今彼の腰はやはり高級そうな革製のソファの上に落とされている。沈み込みがまろやかで長時間話していても腰が痛くならなさそうな座り心地。
どうやらこの部屋は本来それなりに重要な相手と交渉などをする場合にも用いられる空間なようだ。
その為、支部長室とは言え調度品も見栄えの良いものが揃っている。
そんな部屋になぜアヴァンが招かれたか――もともとアヴァンは先ずカウンターで受付嬢にこのギルドについて尋ねようとした。
だが、そんな彼に直前までクリスと話をしていた支部長が気がついた。そしてどうやら彼はアヴァンを既に知っていたようで、一度話をしてみたいと思っていたらしい。
故にここではなんなので、と二階に位置する支部長室へと通された形だ。
「失礼致します――」
すると、一人の受付嬢がトレイに紅茶入りポットと陶製のカップを乗せて部屋へと入ってきた。彼女はアヴァンが最初に声を掛けた女性でもある。
年齢としてはまだ若く、クリス同年代ぐらいに思える少女だ。ゆるふわの金色の髪を肩の当たりでカールさせた、中々愛嬌のある女の子である。
パッチリとした碧眼といい、男受けしそうな面立ちをしていた。クリスと違いどこか守ってあげたいと思えるような少女である。そういった意味ではホワイティに誓いが、あそこまで儚げというわけでもない。
「失礼致しました」
テーブルの上に紅茶セットを置き、それぞれのカップに紅茶を注いだ後、一言添えて下がる。その際に、チラリとアヴァンの顔を見てきたが、そういったことはよくあることなので今更アヴァンも気にはしない。
「それにしても、まさか俺のことを知っていたなんてね」
そして受付嬢が退室したタイミングを見てそう切り出した。
ニコニコとした変わらずの笑みを浮かべたウィスは、返事の代わりに紅茶を薦めてくる。
なので一口だけそれを啜った。しかし目だけは決して外さない。
一体どんな態度に出てくるかが気になっていた。本来アヴァンは初見の相手には余所行きの顔を見せる。口調とてそういった相手ならば一人称も"私"だ。
しかし今回に関しては敢えて素のままで接している。色々と理由はあるが、すでに受付嬢との会話でも地はみせているので、今更取り繕っても仕方ないと考えたわけだ。
「貴方様のことを知らない人など、この町にはもうおられないでしょう。あの天下の冒険者ギルド、ドラゴンランス、その五本の指に入ると称される一撃竜殺のドリュウに果敢にも挑んだのですから」
「……だったら、その結果も知っているだろう? 何も出来ずに打ちのめされたのだからな」
その勇気を称えるように語るウィスであったが、アヴァンはそれを好意的には捉えられなかった。むしろどこか胡散臭くも感じられる笑顔と相まって、皮肉ってるようにしか感じられなかったのである。
「いやいや、結果はどうあれ、あのドリュウに挑む豪胆さには目を瞠るものがあります。それに、何も出来なかったということはないでしょう。少なくともあのドリュウがルーキー相手にガードしたなど聞いたことがありません」
ガード? と怪訝な表情を浮かべるアヴァンであったが、すぐに自分が絶対の自信を持って放った一撃が両手で受け止められたことを思い出す。
この男はその時の事を言っているのだろうが、少なくともあの観客の中にウィスがいたようには見えなかった。
と、いうことはあの場にいた何人かの冒険者の誰かから聞いたのだろう。
ただ、どちらにしてもアヴァンからすれば手放しに喜べない話である。彼からすれば本来あれは外れ用のない一撃であった。
だが、それをあのドリュウは同じ人間とは思えない超反応で受け止めたのである。アヴァンは相手の行動を読むのに長けるセンスの持ち主だが、それでも基本的な身体能力があそこまで違うと意味をなさない。
「何を言われようと負けた試合だ。そんなものを褒められてもさっぱり嬉しくないな」
「これはこれは失礼致しました。では、少し別の切り口で持ち上げさせて頂きましょう」
「別の? 俺に他に何かあると?」
「はは、ご冗談を。いくらでもおありではありませんか、例えばアカデミーを首席で卒業した事、それに全ての判定で軒並みSランクを叩き出したこと――王都のアカデミーでは史上初の快挙らしいですな」
アヴァンの片眉がピクリと跳ねた。
「そこまで知っていたのか」
「勿論ですよ。何せ本部のスカウトが是が非でも所属してもらいたいと鼻息を荒くしていたぐらいですからな。そんな御方にわざわざ出向いていただけるとは光栄至極です」
「……別に、たまたま見かけた名前が、受け取った名刺のものと一緒だったので立ち寄っただけさ。まだ登録すると決めたわけじゃない」
どうもこの男、既にアヴァンを手に入れたも同然みたいな顔をしている。それがどこか癇に障るアヴァンでもあった。
「確かにそうですな。ですが、当ギルドの仕組みを聞いていただければ、きっとアヴァン殿も納得されると思いますよ」
「仕組み? どこか他のギルドと違う点でもあるのか?」
「そうですね、細かい点を上げればきりがありませんが、その中でも最も特徴的なのは報酬の面でしょう」
「報酬? 依頼を達成した時に貰える報酬のことか?」
「はい、そのとおりでございます。ですが当ギルドでは、ある一定以上の水準を満たす冒険者には年俸という形で報酬を決めさせて頂いております」
「年俸? あまり聞き慣れない方式だな」
得々と話を進めていくウィスに眉を寄せるアヴァン。すると彼は一笑いし更に説明を続けた。
「ハハッ、確かにこれはうちオリジナルの方式ですからな。ですがそれほど難しい話ではありません。ようは一年間で必ず貰える報酬を先に決めておくわけです」
「先に? 年間の報酬を?」
アヴァンが尋ね返す。確かに他の冒険者ギルドでは聞かれないやり方だ。
「左様です。そしてここで決めた報酬は取り決めた冒険者には必ず支払われます。仕事の多寡に関わらずね。そのおかげか当ギルドに登録いただいている冒険者にも大変好評を頂いているのですよ」
「……なるほどな。だけど、それがどうして好評なんだ?」
そんなアヴァンに、自信ありの表情で語るウィス。確かに彼の言うことが本当であれば、冒険者にとってこんなありがたい話はなさそうだが――しかし念のため、更に質問を重ねる。
「はい、この年俸制のいいところは、年間を通して確実に貰える報酬が決まるというところです。何せ冒険者という職業は本来、明日がどうなるかわからないというのが基本。今日得た稼ぎが明日も得られるとは限らないのが冒険者です。つまり収入が非常に不安定なのですよ。ですが、この仕組みがあれば少なくとも一年間はその心配から開放されます」
ウィスが笑みを零したまま語る。その説明は確かにそのとおりで、限りある依頼の中で安定した収入を得るのは本来かなり難しい事だ。
だが、この年棒制がそのままの意味であるなら確かに報酬は安定する。
「……確かにそれが本当なら画期的な仕組みともいえるかもな」
「ええ、その通りでございます。そしてここからが重要なのですが、本来であればこの年俸を採用させて頂く腕利きの冒険者でも、その金額は初年度は五百万ジュエル~一千万ジュエル程なのですが――アヴァン様に関して言えば、いま登録して頂けるなら初年度二千万ジュエルからのスタートとさせて頂きます。勿論、実力次第では二年目から更に倍などに増加することもあります。成果によって報酬も上がっていくのがこの仕組みの特徴でもありますので」
両手を広げ熱を持って語るウィス。この年俸、例え最低の五百万ジュエルであっても冒険者の平均年収を超えている。
その上二千万ともなればかなり破格の金額にも思えるが――
「……契約書はあるのか?」
「はい、勿論ございますよ」
口元を緩め、ウィスがどこからか契約書を取り出しテーブルの上に置いた。
随分と用意がいいな、と思いつつアヴァンは契約書の中身を確認する。
そして一通り目を通した後、その瞳を支部長のウィスへ向けなおす。
「なるほど、確かに中々理にかなった内容のようだな」
「これはこれは、そう言って頂けると、気に入って頂けたなら何よりです」
「何を言っているのかな?」
「はい? いえ、ですから納得して頂けたのですよね?」
「俺はあくまで理にかなってるとそう思っただけだ。非常に合理的だと思ってだけどな、このギルドにとって」
どこか棘のある言い方で返すアヴァン。どうやら契約書の内容に納得しているわけではないようだ――




