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第一話 自信家の少年と逆ナン美少女

「ふっ、これで軽く百枚を超えたか」


 学苑を出るなり少年は一人ほくそ笑んだ。アカデミーを首席で卒業した彼は、当然冒険者ギルドからの注目度も高い。


 サクラという東の島国から輸入されたという樹木が生え並ぶ並木通りを歩きながら彼は今後のことを考える。


 途中すれ違う女性の視線が熱いのは、彼の名がこのあたりではそれなりに知られていることと、そして容姿によるところが大きいか。

 

 上背は百八十そこそこと長身であり、決して太くなりすぎず、しかし日々の鍛錬を欠かさず作り上げられた引き締まった肉体。


 少し余裕のある黒のスラックスと、ベルトで締めるタイプの白地のアウターの上からでもよくわかるメリハリの聞いたボディだ。


 毎日の鍛錬として剣を振るうことにも余念がなく、その成果が腕にも現れている。手首に嵌められたおしゃれ感漂う銀色の腕輪もアクセントの一つか。


 そして当然顔も良い。清潔感のある黒髪に全てを見透かすような輝きを放った黒瞳。鋭い目つきは若干の怖い印象を与えることもあるが、その整った容姿は間違いなく色男といって差し支えないレベルである。


 そんな彼は並木通りの途中にあったベンチに一人腰掛ける。そして鞄から革製の名刺ホルダーを取り出し改めて冒険者ギルドの名称を確認していく。


 冒険者ギルドにとって人に見せる名刺はかなり重要なファクターだ。冒険者ギルド自由化に伴って多くの冒険者が独立し、また冒険者だけにとどまらず貴族や商人、場合によって王族や王自身がわざわざ退任し、冒険者ギルドを立ち上げたなんて話も少なくない。


 当然その分冒険者ギルドの数は年々増加傾向にあり、現在は世界中で万を超える冒険者ギルドが存在している。


 つまりそれだけ冒険者が利益を生みやすい存在と言えるだろう。


 かつての戦乱期とはことなり、今はかなり安穏とした日々が続いている。


 こうして大きな戦も起きにくくなった現代においてはフットワークの軽い冒険者のほうが重宝される事が多い。一応は各国とも軍事として騎士団を抱えてはいるが、全盛期に比べるとその規模は縮小傾向にあり、その分冒険者の数が増えているのが現状だ。


 だからこそ、彼、アヴァン・スターツが卒業した学苑のように、各国が冒険者の育成に力を注ぐため、学苑に冒険者科などを設けたりしているのである。


 そして、当然だがアカデミーで優秀な成績を収めた人物は冒険者ギルドから注目されやすい。

 一人の卒業生に対し、同時にいくつもの冒険者ギルドから声が掛かるなんてことは珍しくないし、そのためのスカウトというのも存在する。


 だが、それでもアヴァンのように卒業後百を超える冒険者ギルドから声が掛かるなど前代未聞のことだ。恐らく世界中のアカデミーの歴史を見てもそうはないことだろう。


 勿論、そんな彼に提示される条件も破格なものだ。


 基本的に冒険者になるには、直接冒険者ギルドに出向き受付で手続きし登録すれば冒険者として所属できる。


 しかしそれでは優秀な冒険者が他に取られる可能性がある。なのでアカデミーの卒業生に関して言えば、各冒険者ギルドが事前に成績などを調べ上げ、卒業式にスカウトを送り込むのが通例となっている。


 だが、成績優秀で将来性豊かな卒業生はどこの冒険者ギルドも喉から手が出るほど欲しい逸材だ。なので各冒険者ギルドは少しでも優秀な人材を確保しようとあの手この手で勧誘を試みるのである。


 そんな中、アヴァンに関して言えばアカデミーの成績が加味されギルド登録前から冒険者ランクがCからスタートすることは決まっている。


 通常冒険者がギルドに登録した時に得られるランクはE、これは見習いと言われるレベルであり、この段階では請け負える依頼も決して多くはない。


 そしてEである程度実績を掴むとDランクに上がり、それでようやく一人前の冒険者と認められる。


 そしてDランクから更に実績を積むことで中堅とされるCランクに上がれるのである。

 だが、多くの冒険者はD止まりでCに上がれず一生を終えるものも多い。


 EからDにはある程度真面目に活動すればよほどのことがない限り上がれるが、Cにはそこに到達するための壁が存在する為だ。


 そしてある程度報酬が高めの要人の護衛などもCランクからでないと請け負えないことがほとんどであり、DとCの開きは収入面でも大きな差がある。


 そんなCランクが、彼は卒業間もなくして保証されているのである。数多の冒険者ギルドが彼に目をつけるのも当然と言えるだろう。


 勿論Cランクになってもその上にはBランク、そしてAランクが存在し、更に最上級としてSランクというものも存在する。


 尤も――冒険者の一生でSランクまで到達できるものなど、正に奇跡とも称される一握りの人間だけだが。


 とは言え、アヴァンには自信があった。いずれ自分も、しかもそれほどの時間もかかることなく、そう史上最速でSランクに上がれることだろうと。


「ふぅ、それにしても、な。名刺の中にあのギルドはないか」


 改めてホルダーに収めた名刺に目を通しながら零す。

 その表情にはがっかりとした様子も感じられる。

 

 多くの冒険者ギルドがアヴァンに声を掛けてきた。条件も様々であり、ギルドで一番の受付嬢を専属でつけるといったものや、契約金として五千万ジュエル(ジュエルはこの世界の共通通貨単位)を支払うと約束してきたり、貴重な装備品を進呈するというものから屋敷の提供、貴族の爵位を賜るよう手を回すなどといったものまで正に多種多様であった。


 中にはハーレムを約束するなんていう奇抜なものもあったが――しかしそのどれも彼の心を射止めるにいたってはいなかった。彼の有すスピリチュアルにエキセントリックにフィットしシンパシーを感じさせるギルドは一つもなかったのである。


 なぜなら彼は物欲で動かされる男ではなかったからだ。勿論女もそうだ。そういったものに全く興味がないというわけでもないが、アヴァンは自分の実力があればそんなものは冒険者として活動しているうちに自然についてくるものだと確信している。


 だからこそ――彼にとって重要なのは舞台、つまり冒険者ギルドそのものの質なのである。


 勿論、彼が受け取った名刺の中にはそれなりに有名なギルドのも存在した。だけど、あくまでそれなりだ、最高のではない。


 そう、彼が所属するギルドは自分という器が収まる(ギルド)は当然器に見合った最高級なものである必要があるのだ。


 そうでなければ意味が無いのだ――しかし名刺の中にはその最高級品が存在していない。


「あの、少し宜しいでしょうか?」

 

 名刺を一通り確認し終えた頃、ふとそんな声が彼の耳に降ってくる。

 艶のある女性の響きだ。男心を擽るようなハーモニーにつられて視線を上げる。


 予想通りレディだった。しかも声の色に違わない見目の良い少女であった。年齢的にはアヴァンと同じか少し上か――派手すぎずかといって地味でもない適度なオシャレ感漂う青いドレスに見を包まれた少女だ。


 スカートの丈も男の視線を拒否するほど長すぎることもないが下品にひけらかすほど短すぎるわけでもない。丁度いい露出度であり雪のように白い肌と細い美脚はしっかりと確認出来る。


 そして見せすぎてはいないが、女性の魅力を余すことなく伝えられるぐらいには開いたドレスが艶めかしい。

 

 そのダブルスタンダード(巨大な双丘)はかなりのボリュームであり、男ならついつい目がいってしまうことだろう。尤もアヴァンはそのような有象無象な男どもとは違うので、改めて視線を顔へと移す。


 先ず目についたのは陽光をたっぷりと浴びて輝きを増した銀色な髪だ。それをボブカットとし前髪もきっちりと切りそろえている。


 顔には洒落たメガネを掛けており、それも相まって知的な雰囲気も醸し出していた。目鼻立ちが整っており、吊り上がり気味のアーモンド型の瞳はどこか気の強さを思わせるが、そこがまたいいと思う男もきっと多いことだろう。


 そう、全体的に見れば間違いなく彼女は美少女だ。そんな彼女が、どうして自分に声を掛けてきたのか、ふと疑問に思うアヴァンだが。


(もしかして――逆ナンという奴か?)


 そんな考えが頭をよぎる。だとしたら悪い気はしない。アヴァンとてやはり男だ、ギルドに加入する見返りに女性について色々提示されたのは全て無視すると決めているが、こうして日常の出来事としての出会いにかんしては悪い気はしない。


 そもそもアヴァンは自分の容姿にも自信がある。イケメンかそうでないか? と問われれば間違いなく自分はイケメンであると即答できるほどに顔には自信があったのだ。


「あの、念のため断っておきますが、声を掛けたのは別に逆ナンというわけではありませんよ?」


 しかし――まるで心を見好かれたように告げられたその言葉で、顔には出さないまでもかなりの恥ずかしさを覚えたアヴァンである。


「は、はは、そんなことは判ってるさ。で、一体なんの御用かな?」


 だが、そこは必死に取り繕い、ごまかすアヴァンである。何故か少女が嘲笑したかのような目を見せた気がしたが気のせいだと信じたいアヴァンでもあった。


「ふふっ、いえ、その名刺と一緒ですよ」


 すると彼女はアヴァンが手にしていたホルダーを指差しながらそう伝えてくる。

 これに当然アヴァンも察しがついた。


「なるほど、つまり君もスカウトってわけだね?」


 にこりといい笑顔を見せて返す。スカウトが女性であることは別に珍しい話でもない。実際学苑内で声を掛けてくるスカウトには女性も多かった。

 

 男ならば、やはりむさ苦しい男と話すよりは女性と話した方が気分が良いという場合も多い。単純に色仕掛けという場合もある。


 ただ、一旦アカデミーを離れたあとだったので、アヴァンも完全にその可能性を失念していたわけだが。


「はい、そこでぜひともお話を聞いていただきたいのです。申し遅れましたが私は冒険者ギルド、ドラゴン――」


 スカウトだと知った途端アヴァンの興味は完全に少女から外れていた。

 だが、彼女がどこのギルドからやってきたかを耳にした途端、彼の目が見開く。


 そして改めてまじまじとその姿を見やるが。


「良かった、興味を持ってくれたようですね。それでは、ここでは何ですので場所を移しましょうか?」


 ニッコリと微笑み少女がアヴァンを促してくるのだった――

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