第十八話 アーマゲドン
「ここか――」
翌日、アヴァンは最初に町に着いた時に、チラリと目にした建物の前までやってきていた。
それはこの町におけるもう一つの冒険者ギルド。 と、言うよりはどちらかと言えばこちらのが主流のギルドなのかもしれない。
――アーマゲドン。
ギルドランキング:第352位
登録冒険者数:178名
資本:25億6500万ジュエル
それがアヴァンの知るこのギルドの情報。尤もこれも名刺の裏に記載してあった情報でもある。
そう、このギルドはアカデミーの卒業式の日、アヴァンを勧誘してきたギルドの一つなのである。だからこそなんとなく名前に記憶があり、昨晩名刺ホルダーを確認してみたら案の定だったわけである。
ちなみに、こういったランキングや登録冒険者数、資本などは冒険者管理委員会によっても管理され、冒険者だけではなく一般の人々も自由に閲覧出来るようになっている。
その為、名刺に書いてある情報が全くのデタラメということはないだろう。そんな嘘を書けばすぐにバレてしまうからだ。
そんなギルドの建物を繁々と眺める。以前も思ったことであるが、ドラゴンランスに比べるとやはり無難な作りといったところか
突出した何かがあるわけでもないが、二階建てのよくあるタイプのありきたりな造りである。
そして当然だがドラゴンダンスの掘っ立て小屋のような建物よりは遥かに立派だ。
とはいえ――いま見ているギルドは支部である。つまり本部は別にある。そして当然だがこういった建物は本部に比べれば支部のほうがこじんまりとしている場合が多い。
逆に言えば支部でこれだけの造りなら、それなりの余裕があるギルドとも見ることが出来るだろう。
さて、そんなギルドにアヴァンが赴いた理由だが、当然所属するに値するかを判断するため、つまり話を聞きに。
実は既にここに来る前に冒険者管理委員会の施設にも立ち寄っている。冒険者ギルドのある町などには大なり小なり必ず冒険者管理委員会の施設も存在する。
そうでなければ新規冒険者の登録が面倒なことになってしまうからだ。
そして管理委員会では定期的に更新されるギルドランキングの公示もされている。尤も流石にこれだけ数多くのギルドが存在する中全てのギルドのランキングを載せるのは不可能なので張り出されているのは上位500位までである。
ただ、その町に存在する冒険者ギルドに関しては窓口で開示請求が可能だ。また、その町には存在しなギルドであっても手数料を支払えば郵送で取り寄せもしてもらえる。
そして窓口で開示してもらえる情報には名刺に記されていたような、名称、登録冒険者数、ランキング、資本の他にも、これまでのランキングの推移なども記されている。
それで確認した結果、このアーマゲドンは現在はギルドとしては中堅どころといったところだが、それでもここ数年はじわりじわりと順位を上げてきていた。
何せ四年前まではアーマゲドンの冒険者ギルドランキングは四桁台であったにも関わらず、毎年着実に上昇していき今は352位である。
つまり、このギルドは今正に上り調子のギルドであり、そのようなギルドであれば自身の実力も遺憾なく発揮できるかもしれないと、そのような魂胆もあった。
正直言えば、昨晩のクリスについてなど、若干気になるところはあったが――改めて話を聞いてみてもいいかもしれないと、そうアヴァンは考えたのである。
勿論出来れば四柱ギルドなどの巨大な組織に所属したほうがいいのかもしれないが――ドリュウとの戦いの後ではどうしてもドラゴンランスに登録しようという気持ちにはなれず。
かといって、少なくとも四柱の内、二柱はアヴァンにとっては論外であり、残り一柱に関してもその性質上難しいだろう。
勿論、上位のギルドは他に沢山存在するが、そちらに関しては現実問題としてギルドに赴くための費用の問題もあった。
名刺をもらったギルドであれば貰った時点で話を聞きに行っていれば、ドラゴンダンスとは違い、費用は全て負担してくれていただろうが、それも今更なのである。
なので――とにかくアヴァンはアーマゲドンの扉を開け、中へと入っていった。
午前中ではあるが、大体どこのギルドも朝の受注の為に混み合う8時から9時の間は避けている。
なので流石に目に見える冒険者の数もそこまで多いわけでもない。
ただ、この時間は装備品や佇まいに熟練した空気の滲んでいる物も多い。
こういった人物は大抵はCランクより上にいるような冒険者であろう。Bランククラスの依頼となるとこなせる冒険者も一気に減り、需要と供給のバランスラインがいい感じに重なる。
なのでそこまであくせくして依頼を探す必要などないのである。故にこのランクにいる冒険者は時間にこだわらない。
逆にフリーの依頼や低ランクでも可能な依頼に関してはその量も多いが、同時に依頼を請けようとする冒険者の数も相当数いるため取り合いになる。
その為、ギルドが一番込み合うとされる時間が午前中であれば8時から9時なのである。なぜならこの時間帯がE~Cランク冒険者にとってのゴールデンタイムだからだ。
大抵のギルドは朝は8時から開かれるため、こういったことが起きるのである。そして逆に午後は夕方の6時から7時が一番込み合う時間となる。
依頼を終えたものが達成報告のために数多く押しかけるからだ。
というわけで、アヴァンはとりあえず話を聞きたいだけなので混み合う時間を避けてやってきたわけだが――
(おいおい、なんであいつがこんなところにいるんだよ……)
思わずギルドに設置されたテーブル席に移動し、こそこそと隠れるようにして席に着く。
他の冒険者から変な目で見られたがそれも仕方ない。
なぜなら――
「はい、これが報酬と、素材の買い取り金ね」
「……ありがとうございます」
カウンターの前に立っていたのがクリスだったからである。そしてカウンターを挟んで向こう側にいるのは受付担当と思われる男性。
一応冒険者管理法により、冒険者は男女の差別なく登録可能とする、と明記されているため、女性だからと冒険者が差別されることはないが、それでもやはり冒険者を目指そうとするものは男が圧倒的に多い。
その為、カウンターに立つ受付も女性、いわゆる受付嬢のほうが圧倒的に多いのが通例だ。
事実、このアーマゲドンにおいてもカウンターに並んでいるのはほぼ女性であり、窓口業務に関してけば受付嬢の専門と化しているようでもある。
だが、にも関わらずクリスの相手をしているのは男性受付である。しかも遠目から見ていてもあまり態度が宜しくない。
「なに? まだ何かあんの?」
そんな小太りな男が偉くぞんざいな態度でクリスに問う。こんな態度の男、アヴァンのイメージにあるクリスならばここまで言われれば本音という体で何かしら言い返しそうだが――しかし彼女はこれまでアヴァンがみたこともないほどに殊勝であった。
「……お願い致します、また何か依頼があれば、回しては頂けないでしょうか?」
深々と頭を下げてあのクリスがお願いをしている――その様子に、少なからず動揺が生まれるアヴァンでもある。
だが、そんな彼女に掛けられた言葉は、あまりに辛辣だった。
「なんだ、また仕事がないの~? あのさ、うちだって依頼が常に余っているわけじゃないんだよね~困っちゃうんだよねぇそれじゃあさ~本当素材の買い取りだって手間だけ増えてボランティアみたいなもんだってのに、更に依頼を寄越せとか、いけしゃあしゃあとよく言えたもんだよねぇ? 大体それでこっちに何かメリットはある? 昨日の薬草採取だってそっちに回したおかげでこっちは儲けゼロよゼロ? 判ってるの?」
チッ、とアヴァンは思わず舌打ちを見せる。応対している男の声はギルド全体に響くほど大きい。
当然、わざとそうやって晒し者にするようにやっているのだろう。
大体、あの依頼でアーマゲドン側に儲けがないなんてことはありえない。
遠目からではあったが、アヴァンも目には自信がある。クリスが受け取っている金額はしっかり確認できたが、いくら間に他のギルドを挟むと言ってもあまりに少なすぎるものであった。
つまり連中はそれだけ多く本来の報酬から抜いている。特に薬草採取に関しては顕著だ。あの依頼は本来、相手する魔物にしても採取する薬草にしても面倒が多く、そのわりに相場で考えても報酬が中途半端だ。
故に冒険者が手に取りにくい、だが、依頼を回して欲しいと自分から頼み込んでくるようなギルドなら、例え割に合わないような依頼でも請け負う。
連中はそれを見越して面倒な仕事を押し付けたに過ぎない。しかも、報酬の多くを自分の懐に入れてだ。
だが――かといってこれは責められることでもないのは確かだ。素材の買い取りにしても依頼の丸投げにしても、結局譲って欲しいと頼む側が一番立場が弱い。
まして、見ている限りクリスはそれに納得して契約している。ならば後からいくら文句を言っても後の祭りだ。
「大体さぁ、こっちも一応は耳に入ってるんだけど、あんまり言いたくなかったけど、お宅さ、どうなのギルドとして? 一応まだギルドとして残ってはいるみたいだけど、今登録冒険者もいないって話じゃない。それなのに依頼なんて請けて大丈夫なわけ?」
「……それは大丈夫です。問題ありませんので」
「そんなこと言われてもさ~君、クリスちゃんだっけ? あくまで噂だけどさ、君さ、過去に冒険者登録抹消されたんでしょ~? 何したか知らないけどさ、登録抹消なんて相当なアレだよね~?」
登録、抹消? とアヴァンは眉をひそめた。それは彼も聞いていなかった事実である。
そもそもクリスは冒険者ではなくドラゴンダンスの会計担当と言っていた。
だから、そのあたりはあまり気にしてはいなかったのだが――ただ、確かに昨日見せたアレは冒険者としても十分通用するものだろう。
それはアヴァンが自ら喰らったことなのでよく判る。
「――大丈夫です、マスターが、C級の資格をもっていますので」
「ふ~ん、マスターがねぇ。それってつまりあれだよねぇ? マスターが直接動かなきゃいけないほどお宅のギルド、え~となんだっけ? トカゲのダンス? そこは瀬戸際に立たされているってことだよねぇ?」
「……ドラゴン、ダンスです」
目を伏せ、拳をギュッと握りしめた後、名称を訂正する。すると、男は後頭部を擦り、
「ああ、すまないね。ドラゴンダンスね、いやいや、あの四柱ギルドみたいな名称でね、逆に忘れちゃったよ。だってね、ありえないでしょ? そんな恐れ多い、似たような名前をつけてさ。本当、私なら無理だねそんな恥知らずな真似。ふざけてるよね本当、そうやって似たような名前つければ、どこかの誰かが引っかかって間違って依頼を持ってきてくれるとか、そんな考えなのかな?」
そのセリフに胸が痛くなるアヴァンである。自分はこの男と同レベルだったのかと思うと、自分で自分に腹が立つ思いである。
「どうしたの黙っちゃって。あれ? もしかして図星だったとか? ごめんねぇ本当に悪気はなかったのだけどねぇ。でもね、私は別に君のことを責めているわけじゃないんだよ? 本当さ、でもほら、勿体無いじゃない? そんな乞食みたいなギルドにこだわってないで、君見た目は良いし、スタイルもいいのだから、もっと他に稼げる手段はあると思うよ。どうせ身体を使うなら、もっと別なことに――」
「依頼を!」
あまりの言い草に、思わず腰が浮きかけたアヴァンであったが、クリスが顔を上げ、キッと男を睨めつけながら語気を強め。
「どうか、依頼を、回して頂けませんか――」
強い眼力で男を睨めつけながら、再度頼み込む。
それは人に物を頼む態度では決してなかったが、しかし鬼気迫るものも感じられた。
「おい、その辺にしておきなさい」
「し、支部長!?」
すると、男の背後から四十代ぐらいの中年男性が声を掛けた。襟付きのピシッとした白シャツに、エンジ色のベストを羽織った男で、丸い顔にどこか人の良さそうな笑みを浮かべている。
「いやいや済まないね、確かクリスと言ったかな? うちのものが失礼なことを口にしたようで」
「……いえ、こちらこそ、お仕事を回していただいている身ですので」
頭を下げつつクリスが言う。最初こんなことで頭を下げる彼女になんとも言えない感情を覚えたアヴァンであったが、改めて観察していると、へりくだっているようなこともなく、その双眸には強い意志、そう、意地でも仕事をもぎ取ってやると行った覚悟が感じられた。
だが、貰える仕事の条件は決して良くはない。なのになぜそこまで、と考えるアヴァンでもある。
「ふむ、仕事、ね。だが、彼も言ったようにうちもそこまで余裕があるわけでもない。当然だが登録してもらっている冒険者を最優先に考えていますからな」
「それは重々承知ではございます。ですが、町の仕事の多くはこのギルドに集中しております。それであれば、昨日の薬草採取の依頼のように、手付かずで残ってしまいどうすれば良いのか、と処理に困っている物もお有りではないですか? そういったものがございましたらどうか――」
「ふむ、なるほどね。なら、貴方は運が良い、今思い出しましたが、確かに一つそういった依頼がありましてね。依頼自体はオーガの討伐依頼なのですが、ここから東のガオの山で発見されたらしく、しかも結構麓近くまで下りてきてしまっているようなのですよ。その依頼でよければ回しても宜しいですが如何でしょうか?」
オーガ、とアヴァンが呟く。オーガとは人に近い体型をした魔物である。ただ、あくまで体型が似ているというだけであり、体格そのものは遥かに人間より逞しく、頭に一本角を生やし、三メートル近くある巨体を誇る。
性格も凶暴で動物も人間も見つけたなら手当たり次第殺しそして喰らう。
当然それだけの魔物だ、討伐に必要なランクも最低C級からと定められている。だが例え相手が単体であったとしてもパーティーを組んで挑むのが推奨されている。
ただ、パーティーはあくまで推奨なのでどうするかは自己責任である。なのでクリスの言うように、あのマスターのホワイティがC級の資格を有するなら、請けられないこともない。
「勿論、謹んでお受けさせて頂きます」
そして、クリスは特に迷う素振りも見せずその申し出を受けた。そして契約書にサインをし、依頼書を受け取りギルドを後にする。
その後姿に、一瞬大丈夫だろうか? といった思いも過ぎったが――昨晩のことを思い出し考えを改めた。
なぜなら、クリスは魔法が使える。それは自身が喰らっているから間違いがない。そして今初めて知った事だが、元冒険者であったという事実。
なぜそれが剥奪されてしまったかまでは判りようもないが、ただ、魔法が使えるならば単体のオーガであればなんとかなるだろう、というのがアヴァンの考えだ。
確かに本来であれば、登録抹消された冒険者では依頼を請け負うことも、その為に動くことも出来ないが、これはあくまで冒険者としての活動の範囲では出来ないという意味である。
メインで動くのがC級のホワイティでクリスがそれを手伝うという形ならば問題はない。
冒険者は冒険者以外と手を組んではいけない、冒険者以外の相手に手助けしてもらってはいけない、などといった規則は存在しないからである。
ただ――
「支部長、どうしてあんなのに依頼を? いつもあのギルドのこと、毛嫌いしていたではないですか?」
「ああ、勿論だよ。それは今だって変わらないさ。だけどだ、あんなドブネズミにいつまでも居座られていても迷惑であるしな。それに、だ、まあ、とにかくあの依頼が余り物だったのは確かでな」
そういいつつ、支部長が控えの依頼書らしき紙を男に見せる。
「……なるほど、なるほどそういうこと。だけど、それでも優しすぎだと思いますよ。本当支部長は人が良い」
「ふふっ、うちみたいなギルドはある程度人の役にも立たないといけない。哀れな乞食のような貧乏ギルドに施すぐらいは、なんてことはないさ」
「そんなこと言って、本当はあとでどうにかしてやろうとか、お考えでは? ほら、あの女身体だけはいいですし」
「おいおい、滅多なことは言うものじゃないよ。まあ尤も、向こうからどうしてもという話になれば別だがね」
そんなことを言いながら下品な笑い声を上げる。向こうは外側には聞こえてないと思っているのかもしれないが、アヴァンはこれで中々耳がよく筒抜けである。
さらに言えば受付嬢の中にもしっかり聞いているものがいるようで、軽蔑の眼差しをふたりに向けていた。
「ま、それはそれとしてだ――」
アヴァンは席を立ち、カウンターへと向かう。彼女のことが全く気にならないと言えば嘘になるが、オーガレベルであればあの腕なら問題はないと考えている。なぜならオーガは魔法全般に弱い。
戦い方さえ間違いなければ、むざむざとやられるような事もないだろう。
なので、アヴァンは当初の予定通りカウンターへと向かい、そして受付嬢に声をかける。
「俺はアヴァン、この冒険者ギルドについて話を聞きたいと思っているのだが、いいかな?」




