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第十四話 アヴァン、ギルドを辞める



「……ギルドを辞める? 本気ですか?」

 

 クリスが問いただす。だが、アヴァンの目は真剣そのものだった。


「ああ、本気だ」

「理由を聞いてもいいでしょうか?」


 クリスが眉を顰めつつ更に問う。それに呆れたようにアヴァンは肩をすくめた。


「察しろよ。こんなボロボロのギルドに俺の活躍できる場なんて用意できるはずが無いからだよ。全く、せめて請け負える依頼がまともなら考え用もあったが、依頼料からしてありえない上に、素材処理士もいないなんてな。こんなの既に冒険者ギルドでもなんでもないだろ! おまけに登録冒険者が俺一人? ふざけるな!」


 右手を振り抜き、強い口調で訴える。アヴァンの本音が今まさに爆発した。


「……いいたいことはそれだけでしょうか?」

「これだけ言えば十分だろ? とにかく俺はこのドラゴンダンスを抜ける、文句ないな?」


 確認をとっているようだが、アヴァンには有無を言わせない雰囲気が感じられる。


「……本当に、どうしても抜けるのですか? 違約金は六百万ジュエルにもなるのですよ?」


 だが、今度はクリスが淡々と述べた。そしてどこからともなく取り出した契約書をヒラヒラさせる。


「支払うかよ、そんなもん」


 だが、アヴァンはあっさりと言い捨てた。その言葉にクリスの細い両眉が眉間に寄る。


「え? ですがこれは貴方自身がサインした契約書ですよ。それを忘れたのですか? 魔印だって押しているのですよ?」

「だからなんだ? そもそもこんな契約何の意味もないんだよ。本来冒険者をしばれる期間は一年程度と冒険者管理法で定められている。俺が何も知らないと思っていたのか? それに違約金もこんな馬鹿高い金額は設定できない。例外を除けばこんないつまでも自分のギルドに縛り付けるような契約も暴利な違約金も認められないんだよ」


 契約書の該当項目を指し示すクリスであったが、アヴァンとて負けてはいなかった。むしろ絶対の自信をもって彼女に反論する。


「そう、ですか――あはは、アカデミーを卒業したばかりの甘ちゃんかと思ったのですが、おっとつい本音が、ですが意外とやりますね。でもそれでも考え直すなら今ですよ? 言っておきますがこんなことで揉めても――」

「おっと、そんな脅しは意味が無いぜ。言っておくが俺は卒業後にいくつものギルドから声が掛かるほど期待されてたんだ。その中には俺がこんな目にあってると聞けば協力してくれるギルドだってあるだろうさ。それこそこんな弱小ギルドあっさり捻り潰すぐらいは逆にしてくれるだろうよ」


 アヴァンの態度に乾いた笑いを浮かべつつも、クリスが語る。

 だが、アヴァンの覚悟は本物だ。例え、これをきっかけにクリスがアヴァンのことを外に言いふらそうが問題ないと確信している。


 昨晩は頭に血が上り冷静に考えられなかったところがあったが、宿に泊まりいろいろ考えた結果この結論には達していた。


 だが、それでもとりあえずは納得した体で登録したギルド。その為、試しに依頼をこなしてみたりはしたが、その結果ここはダメだと判断した。


「……弱小ギルドだから潰す? なんですかそれ、他のギルドの力まで借りてって、まさかそれ本気で言ってるのですか?」

  

 だが、そんなアヴァンの態度をみたクリスは肩を震わせ、軽蔑するような目を向け問いかける。


「……そっちがそういう態度でくるなら、仕方ないだろ? 大体この契約書で言えば俺は被害者だ」

「……そうですか、結局貴方も他の冒険者(・・・・・)と一緒なのですね。そうやって平気で裏切るのですから」


「はあ? 言っている意味がわからねぇよ。裏切るもクソもないだろ。大体な、やることがセコいんだよ。どうせお前らもあれだろ? 冒険者ギルドを始めれば手軽に金が稼げてラッキーとかそんな浮ついた気持ちで始めたんだろ? 外でも乞食ギルドなんて呼ばれてる有様で全く情けないぜ。大体このギルドの名前がいい証拠なんだよ。何がドラゴンダンスだ! そうやって敢えてあのドラゴンランスに近い名称にして騙すようなブホッ!――」


 その瞬間、右頬に痛烈な痛み。アヴァンの顔が横に流れ思わず手を頬に当て唖然とした顔でクリスを見た。


 ビンタ? いや、違う、グーである、グーパンがアヴァンの顔を捉えたのだ。その相手はクリスである。メガネの奥に光る瞳をアヴァンに向け、ギリリッと唇を噛みしめる。


「ちょ、く、クリス?」

「何も知らないくせに勝手な思い込みで語ってるんじゃないわよ!」


 オロオロするホワイティだが、構うことなくクリスが吠えた。どうやらアヴァンの口にした何かが彼女の逆鱗に触れたようだ。


「くっ! わけわかんねぇんだよてめぇ! 大体こっちは――」


 しかし、流石にアヴァンも女に殴られたまま黙ってもいられない。反論しようと睨み返すが――クリスの目には涙が浮かんでいた。その様子に流石にアヴァンも言葉を飲み込む。


「貴方に、何が判るのよ、貴方に――」


 どこか悔しげに語るクリス。するとホワイティが彼女の手を取り、そしてそっと寄り添った。

 そして、ありがとうね、と優しい瞳でつぶやいた後、アヴァンの正面に立つ。


「この度は、本当に申し訳ありませんでした」

「え?」

「その、話を聞いていたなんとなく理解しました。貴方を騙すような真似をしてしまい、本当にごめんなさい。ギルドマスターとして深くお詫びいたします」


 深々と頭を下げるホワイティ。後ろに控えるクリスは顔を背け、視線を下に向けていた。


「ただ、クリスも悪気があったわけじゃないんです。本当にギルドのことを思って、なんとか助けになろうとそう考えてのことなのです。本当は心の優しい子なのです。私もクリスのおかげでここに立っていられます。ですから、どうかそのことだけはわかってほしいのです」


 頭を下げながら懇願するように述べるホワイティ。その姿に、アヴァンもこれ以上は何も言えなくなった。


「……チッ、別に俺だって面倒事を起こすつもりはないさ。ただ、このギルドにはもういられない、それだけだ」

「はい、判ってます。ギルドマスターとして今回のことには責任も感じております。ですので、アヴァン様の好きになされて結構です。勿論違約金も頂きませんので」


 ニッコリと微笑みホワイティが言った。まるで聖母のような優しさに溢れた笑顔であった。


 その姿に、何故か心がチクリと痛くなる気がしたアヴァンだったが、その気持に変化はない。最強の冒険者を目指し、その素質もあると疑わないアヴァンにとって、このギルドはあまりにそぐわない。


 最高級品の器を収めるのに、道端で捨てられたようなボロボロの棚ではあまりに力不足である。


 だから――じゃあな、と一言だけ言い残し、アヴァンはドラゴンダンスを後にした。一日だけ身をおいたそのギルドを……。





◇◆◇


「申し訳ありませんホワイティ様。私の力及ばずで……私が冒険者を必ず連れてくると約束したのに」

「クリス、判ってますよ。貴方はよくやってくれてます」


 アヴァンがギルドを去った後、クリスがホワイティに謝罪の言葉を述べた。そんな彼女を見ながらホワイティは労いの言葉をかける。


「ですが、やはり今回はやり方が悪かったかもしれません。貴方がこのギルドの為を思ってくれているのは判りますが、この契約書では騙されたと思っても仕方ないですしね」

「でも――それでも、冒険者という人間は信用は出来ません。何か縛りがなければ彼らは平気で裏切る、でなかったらホワイティ様だって……」

「クリス、それは過ぎた事ですよ。それに私は彼らを恨んでません、仕方のないことだったのですから」

「……あんな目にあったのに、ホワイティ様は人が良すぎます」


 クリスの発言に、そうかもしれませんね、とどこか物憂げな表情を見せるホワイティ。その姿を認めつつ、あ~あ、と一つ零し。


「でも、あの男ならもしかして他とは違うかもと一瞬でも思ったのですが、とんだ期待はずれでした。でも、次は失敗しないように二、三人まとめて掴まえてきますよ」

「そんなネズミじゃないのですから」


 クスクスと笑いながらホワイティが語る。そして――


「ですが、他とは違うという意味では私もそう思います。もしかしたらしっかり話を聞いてもらえれば、判ってもらえたかもしれませんね」

「……ですが、もう辞めちゃいましたから」

「そうですね……辞めちゃいましたものね――」


 そう口にしつつ、なんとなく彼の出ていった扉を見やるホワイティとクリスである。そう、もう戻ってこないであろう、その扉を――



 




◇◆◇


「イテテ――くそ、あいつ女のくせに普通グーで殴るかよ」


 ギルドを出て暫くすると右頬に鈍い痛みを感じ始めるアヴァンであった。尤も言うほど痛みが強いわけではないが、しかし妙に後に残る痛みではある。


「それにしても、これからどうすっかな……」


 道々そんなことを独りごちるアヴァン。確かにわざわざ皇都から鉄道で三日も掛かる田舎町まできてしまったわけで、この先の見通しもつかない。


 なにせ路銀が大分心もとなくなっている。自分の腕があれば冒険者になってしまえば余裕で平均の数倍は稼げると踏んで頂けにこれはとんだ誤算であった。


 なにせ受け取った報酬が想定より遥かに低い。猫探しと薬草採取、それに素材の売却、それらを合わせて本当なら今日一日だけで四万ジュエルぐらいは稼げたはずだ。


 それが蓋を開けてみると本日の稼ぎは僅か六千と四百八十ジュエルである。これでは宿も二日しか泊まれない。かといって今からまた鉄道を頼るほど財布に余裕があるわけでもない。


(そういえばもう一つここには冒険者ギルドがあったか、支部とはなってたけど……)


 ふと、頭に浮かんだギルドの名前。ドラゴンダンスに向かう途中に見かけたギルドで、あそことは違いこの町の随分と目立つところに建てられたギルドだ。門構えも流石に上位にあるギルドには劣るだろうが、十分に見栄えのするものだ。


 尤も、薬草採取の最中に出会ったあの冒険者も、ほぼ間違いなくそのギルドの登録者であろうが、とはいえそれをいちいち気にしていたらキリがない。


 どこの世界にだって生意気だったり態度が悪かったり、そんな相手はいるものだ。


 それに、そもそもそのギルドはアヴァンには聞き覚えのある名称でもあった。そう、確か――


「お、おい聞いたか?」

「ああ! 知ってるぜ、あのドラゴンランスの冒険者がこの町に来てるんだろ?」

「そう! なにか依頼の途中で立ち寄ったらしいぜ。しかもSランクの冒険者だ!」

「マジかよ!? どこに、どこにいんだよ!」

「こっちだよこっち!」


 歩きながらアヴァンがそんなことを考えていると、にわかに周囲が騒々しくなり、そしてそんな会話がアヴァンの耳に入った。

 

 思考の海から浮き上がり、ハッとした表情をアヴァンも見せる。


「ドラゴン、ランスだと?」


 聞き間違えかと思った。もしかしたらあのドラゴンダンスの事じゃないのか? とも思い耳を疑った。


 だが、冷静に考えたらそれはありえない。あのような矮小なギルドが町の噂に上がる筈がないからだ。


 それに、確かに町中が慌ただしくなり始めている。既に空は茜色に染まり、本来ならば夕食の支度などに追われ、子どもたちも家に帰宅する時間であろうが、その子どもたちも一斉にある一点に向けて駆けていっているのだ。


 これは、まさに何か大きな出来事があったのが原因と見るべきであり、それがドラゴンランスのS級冒険者が来ていることに起因しているなら十分に理解できる。


 なにせ冒険者はここ十数年子どもたちの憧れる職業1位の座をキープし続けている。数多くの冒険譚を残す冒険者という職業は、子どもたちにとってもかっこいいと思え尊敬できる存在なのだ。


 しかもやってきたのが世界の四柱であるドラゴンランスの冒険者とあっては、町が騒がしくなるのもうなずける。


「俺も、うかうかしてられないぜ!」


 気がつくと、アヴァンも疾駆していた。人々の集まる方向に向けて、そして――ドラゴンランスの冒険者がどの程度のものかを確認する為に……。

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