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第十話 初仕事

「ふぅ~……朝か……」


 全く冗談じゃねぇっての、と頭を乱雑に掻きむしりながら、アヴァンはベッドから起き上がった。

 

 昨日はあの後、既に時間も遅いということもあり、と同時に精神的に疲れたということもあったので登録用の用紙に基本情報などを記入し、ギルドを出で適当な宿を探しそこに一泊した。


 そして思い返すにつれ、やらかしてしまったかな、という後悔も湧き上がってくる。


 とはいえ一度口に出したことは仕方がない。とにかく先ずはあのギルドから始めて見る他ないだろう。


 そして改めて自分の財布を開く。ふぅ、と短い息を吐いた。ただこの宿には助かった、何せ値段は三千ジュエルと安く、それでいて決してボロいといったことはない。勿論部屋は多少手狭感があったりはしたが、ベッドもそれなりに寝心地はよく、トイレや洗面所、そしてお風呂も宿泊客共同のものであるものの設置されている。


 食事に関しても別料金を支払えば提供してもらえるので特に不満に思うところもなかった。

 正直アヴァンは手持ちも大分少なくなってきている。なので出来るだけ費用は抑えておきたい。


 クリスはアヴァンの所持していたハイミスリルの装備品を見て、金持ちと判断していたようだが、実際はそんなことはない。


 これらの装備品は訳あって贈呈してもらった品にすぎないのであり、自分で購入したものではないのである。


 つまりここからの生活費はアカデミーに在学中でこつこつアルバイトをし貯めた分しかない。


 だから――正直冒険者に登録した今、色々と不満はあるものの、すぐにでも仕事に掛からなければいけない。


「とは言え、この俺の最初の仕事がこれかよ……」


 昨日、ギルドを出る直前、アヴァンは、直ぐにできる仕事が何かないのか? とクリスに尋ねた。

 出来ればギルドに寄ることなく、起きてすぐ取り掛かれる仕事が欲しかったからだ。


 そしてそれはちょうどよく一件だけあるとクリスは言った。


「ギルドに登録して初めての仕事ならやはりこれですね。でも重要な仕事ですよ、まあ、アカデミーを首席で卒業できた貴方なら余裕だと思いますけどね」

 

 そして依頼書をアヴァンに渡してきたのだ。その中身は――


・依頼名

うちのミーちゃんを探してきて!

内容

タントさんの家で可愛がっている猫のミーちゃんが行方不明です。ぜひ探して上げてください。


 そう、猫の捜索だったのだ。


「てか、これよく見たら報酬書いてねぇし……」


 うっかり見逃していたアヴァンである。とは言え、ギルドの依頼において基本的な分の相場はアカデミーでも教わっていたことなので大体計算が出来た。


 こういったペットの捜索というのは冒険者の仕事としては決して少なくない。何が冒険なのか? と問われると中々言葉に詰まる思いだが、冒険者は街の便利屋と思われている側面もあるし、何よりEランクから始めた冒険者はいきなり外に出て魔物なんかを相手するよりは、こういった仕事から始めたほうが無難である。


 とは言えペット探しの相場はギルドの請負金額で大体一万ジュエル程。そこからギルドの取り分が三千から四千ジュエル程で残りが冒険者というのが基本だ。


 なので一日で見つけることが出来れば六千から七千ジュエル程が実入りとなる。尤もこれは上手くことが運んだ場合であり、気まぐれのペット探しは一日では終わらず二日や三日程掛かってしまうこともあるし、場合によっては町の外にまで出ていってしまっており、魔物や野獣に食われてしまったりしているケースもある。


 こういった依頼は基本生きている状態で引き渡しが条件なので、そんな場合は当然報酬はゼロだ。


 尤もそんなケースは滅多にはない、ペットで買われるような動物は臆病なので町の外に出れば危険だと多くは判っているからだ。


「ま、とにかくミーちゃんを見つけないといけないわけだが――」


 町で一番高い建物――それは教会だった。

 正しくは教会堂だが――こういった建物はだいたいどこの町にも一つはあり、時計台とセットであることが多い。人々が外で時間を確認するのに大いに役立ち待ち合わせの場に利用されることも少なくない。

 

 何より定期的に時刻を知らせる鐘の音が響くので、外で畑仕事に精を出す農民達にも優しい。

 そんな教会の頂上に登り、そして町を俯瞰する。


 視界を妨げるものがあまり多くない町なので、高いところから探すのが彼にとって一番楽であった。


 そして案の定、探してる猫はすぐに見つかった。後は上手いこと近づき捕まえれば依頼達成だ。


「……そう、楽勝だ、これぐらい、冒険者なら、楽勝の筈なんだ――」


 だが、アヴァンの表情は何故か固かったりする――





「こら待ちやがれ!」

「うにゃにゃにゃにゃにゃ~~~~~~!」


 町中を駆け巡る猫(ミーちゃん♂)をアヴァンは必死になって追いかけていた。

 だが猫は意外と足が速く、またどういうわけかアヴァンがどれだけ頑張って気配を消して近づいてもすぐに気づかれてしまう。


 おかげで猫の捜索を始めてから既に午前中が過ぎ、間もなく正午になる今になっても、未だ猫は捕まえられていない。


「くそったれいい加減にしやがれ!」


 声を荒げながら、止まれと命じるアヴァンだが、止まれと言われて止まるなら苦労はしないだろう。


「さっきからなんだいあれは?」

「ああ、多分新人冒険者だろ。猫を捕まえる依頼とは正に新入りの仕事って感じで微笑ましいじゃねぇか」

「おう兄ちゃん、頑張れよ! 猫との追いかけっこも大事な修行の一つだ!」


 そんな町内の声を一身に浴びるアヴァンは、頬を紅く染めなんとも気恥ずかしそうだ。

 一体なんでこの俺が、といった様子も感じられる。


 しかしそれも仕方がない、午前中はずっと猫との追いかけっこを続けているのだ。その分町中駆け回ることになる為、どうしても目立つ。


「はあ、はあ、追い詰めたぞ畜生め……」


 だが、この追いかけっこもいよいよ終わりが見えてきた。壁際に猫を追い詰めたからだ。


 しかもこの場所は、左右も壁に囲まれた袋小路。袋のねずみ、もとい袋の猫というべきか、とにかく、後はアヴァンが捕まえれば依頼は達成だ。


「さあ、覚悟しやがれ!」


 そしてアヴァンがミーちゃんに飛びかかる! だが――


「うにゃ~~~~!」

「な!? 俺を踏み台に!」


 なんとミーちゃん、飛びかかってきたアヴァンの頭を踏み台にして、そのまま後方へと走り去っていく。


「ち、畜生!」


 その後姿に歯ぎしりするアヴァンであったが。


「うにゃん♪」

「あらあら、甘えん坊さんですね」


 なんと猫のミーちゃん(♂)は、いつの間にか袋小路の入り口近くに立っていたクリスの胸へと飛び込んでいった。

 

 それを抱きしめ、頭を撫でる彼女。開いた胸元に顔を埋め、うにゃん、うにゃん、と気持ちよさげにしている猫の姿に、殺意を覚えるアヴァンである。


「怖い顔~。猫相手に大人気ないですよ、あ、つい本音が、え~と子供っぽいですよ」

「子どもっぽいのほうが何かいやだし!」


 それだったら本音のままでいいと文句を述べたアヴァン。そして、なんでこんなところにいるのかを彼女に尋ねるが。


「『この最強に最も近いアヴァン様にかかれば、猫探しなんて余裕、明朝すぐにでも掴まえて見せる!』 なんて豪語していたのに、昼になっても全く顔を見せないものですから、気になって様子を見に来たのですよ」

「それ俺のマネかよ!」


 アヴァンの口調を真似て、しかも本人が気づかない内に取っていた、斜に構えながら髪をかきあげ、フッ、と漏らすところまでもを再現して話してくるものだから、アヴァンは悔しくてたまらない。


「ごろにゃ~ん」

「よしよし、本当、こんなに人懐っこい猫なのに、どうしてここまで無様、あ、つい本音が、ではなくて、みっともないのでしょう?」

「だから殆ど変わってねぇ!」

 

 抱きしめた猫を撫でながら呆れたように目を細めるクリスに、思わずアヴァンが語気を強めた。


 しかし、確かに彼女が言うように、ミーちゃんはアヴァンに追いかけられていたときとは比べ物にならないぐらいに大人しい。


「くそ! だいたい苦手なんだよ、動物が!」


 そして思わず気持ちを吐露するアヴァンであったが、それを耳にしたクリスが、へぇ、といたずらっ子のような笑みを零した。


「……ほ~ら、ほらほら」


 かと思えば、スタスタとアヴァンの前までやってきて、彼の鼻先に猫を掲げてくる。


「ふにゃー! ふにゃにゃにゃ! にゃー!」

「……何のつもりだ?」


 彼女の行動にジト目で訴えるアヴァンである。そして彼の正面では再びクリスの手の中で暴れまくるミーちゃんの姿。


「苦手なんですよね? 動物が? だから少し慣れてもらおうと思って」

「――ふっ」


 笑顔でおせっかい、というかちょっとした悪戯心であろうが、そんなことを言うクリスに、不敵な笑みを零すアヴァンである。


「言っておくが、俺が動物が苦手なんじゃない。動物が、俺を苦手なんだよ!」

「……へぇ~」

「にゃーにゃ、ふ~~~~! しゃーーーーーー! にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃーーーーーー!」


 そして遂に猫の方が何かに耐えきれなくなったのか、爪を立てアヴァンの顔面を引っ掛けまくった。


「あらあら、本当ですね、ミーちゃんのほうが嫌すぎて限界突破(リミットブレイク)したみたい」

「……おい」


 クリスが再びミーちゃんを胸の前に持っていくと、多少は落ち着いたようだが、顔中に無数の引っかき傷を残されたアヴァンは不満を露わにして声を上げた。


「でも、どうしてこんな可愛らしい猫ちゃんに嫌われるんですかね~? 不思議でちゅね~?」

「ごろにゃ~ん」

「ごろにゃんじゃねぇよ……てか謝れよ」

「猫のしたことに流石に大人げないですよ? それに猫は謝れません」

「いや、猫じゃなくて仕掛けたのは……」

「あ、でも、何か傷がついてるとちょっとかっこいいですよ。箔が付いたみたいで」


 ブツブツ文句をいうアヴァンだが、クリスはそんな彼の顔を見ながら褒めてみせる。


「ん? そ、そうか?」

「あはは、嘘です~」


 こてんっと首を倒して笑顔で言葉を返すクリス。彼女には全く悪気がない。


「さ、それじゃあミーちゃん、一緒にギルドに向かいまちょ~ね~」

「にゃ~♪」

「くっ! 本当こいつ判っちゃいたけど、俺と態度が違いすぎだろ!」

「そんなにアヴァンのことが嫌いなんでちゅか?」

「にゃっ!」

「にゃっじゃねぇ!」


 そんなやりとりをしながら、結局クリスとふたりギルドに向かう事となったアヴァンであった。

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